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第三十六話 毒を盛られて動きを封じられてまで人の親の馴れ初めを聞かされるってなんだよ

「そもそものことの始まりは私のお父様とお母様の出会いにまで遡るわぁ」


 ドルカを毒で眠らせ、アッシュを痺れさせ、一人自由に動き回れる状態でマヤリスは話し始めた。


「私のお母様はね、由緒正しい暗殺者(アサシン)一族の長の元に産まれた一人娘だったの」


 マヤリスが淡々と語り始めた話は、おおよそまとめていくとこういうことだった。

 かつて勇者と共に魔王を封印した伝説の英雄の一人、盗賊(シーフ)の血脈は、その途中でいくつもの流派に分かたれたのだという。有名なところでいうと忍者もその一つである。忍術と呼ばれる東方の島国の技術による、独特の術式や動きによって相手を翻弄する回避に特化した前衛職で、無数の暗器を使いこなすだけでなく、その場にあるあらゆるものを駆使するトリッキーな戦いを得意としているという。

 そして、もう一つ、忍者とは似て非なる、更に昏い闇の世界の住人である暗殺者(アサシン)。闇夜に、群衆に、そして何もない平野にさえ気配を決して溶け込み、狙った獲物の命を背後から一瞬で刈り取ることに特化した集団である。


「……まあ、他にも今もなお盗賊(シーフ)を名乗り続ける一族や遺跡やダンジョンの探索に特化した盗掘者(ローグ)なんて派閥もあるのだけれど。なんにせよ、私のお母様は元を正せば英雄の末裔、暗殺者(アサシン)一族の党首になるはずの人間『だった』らしいのよ」

「だっ、た……?」


 そのアッシュの呟きは、マヤリスにとって一番聞いてほしい所をつついてくれた最高の相槌に聞こえたらしい。マヤリスの声のトーンが、淡々とした真面目な口調から少しずつ、いつも通りのくすくすと笑いながら話す、聞くものを否応なしに惹きつける不思議な声色に戻っていく。


「そう、『だった』なの。私のお父様は最初、お母様が命じられた暗殺のターゲットだったのよ」


――いや、それをさも『ロマンチックな出会いでしょ?』とばかりに言われても困るんですが。


 痺れによって舌がもつれ、ゆっくりと片言でしか話すことのできないアッシュは、言葉にする代わりに心の中で思いっきり突っ込んだ。


「お父様はね、錬金術史における稀代の天才だったらしいの。錬金術の大家と呼ばれる素晴らしい功績を上げた錬金術師に弟子入りして、同期どころかお父様より10年以上も前に弟子入りした兄弟子たちをも追い越して、あっという間に免許皆伝を言い渡されたんですって」


 そして、『お父様』は門下生どころか錬金術界全体からあの大家の叡智を継いでいく偉大なる二代目の後継者となると噂され、嫉妬と羨望を一身に浴びる生活を送り始めたそうだ。


「でもね、お父様は後継者にはならなかった。お父様にとって錬金術は、自分の夢を叶える通過点でしかなかったのよ」

「ゆ、め……?」


 それが事実なら、なんと贅沢な夢なのだろうか。そして、なんと意志の強い人だったのだろうか。錬金術という分野で誰からも羨まれる才能を発揮したにも関わらず、その地位を、自身の夢の通過点でしかないとあっさりと捨てていけるだなんて。

 『お父様』の生き様は、アッシュにとってあまりにも衝撃的で、眩しいものに見えた。気が付けばアッシュは、今の自分がどういう状況に置かれているかさえ忘れてマヤリスの話に耳を傾け始めていた。


「そう、『夢』。そのお父様の夢が、香水屋。お父様は、稀代の天才とまで言われた錬金術の腕を駆使して誰も嗅いだことのない、自分にしか作れない香水を作ることだったのよ」


 錬金術とは、ざっくりと言ってしまえば通常の方法では混ざり得ない物、分離できない構成要素を魔力的な介入によって融合、分離させる技術体系の総称である。鉱石を分離させれば純粋なインゴットを抽出できるし、水と油を融合させれば、何の役に立つかはさておき本来混ざり得ない二つの性質を併せ持った新しい液体を生み出すことが出来る。

 マヤリスの『お父様』は、この融合・分離という二つの技術があれば、まったく新しい香水を作ることも可能だと考え、錬金術師を志すに至ったのだ。


「実際、錬金術師の大家の門下生という一大派閥から抜け出すまでには引き止められたり脅されたり、色々と大変だったみたい。だけど、お父様は諦めなかった」


 そして、香水屋として一からスタートし直した『お父様』であったが、元々が凄腕の錬金術師である。その香水は他の追随を許さないほどに素晴らしい香りのものばかりであり、瞬く間に財を成し、大きな商店を構えるまでに成長したのだという。


「お父様の香水は、香水職人はおろか並の錬金術師が真似をしようとしても出来ないような、特別なものだったの。作れるなら作ってみろと原料や製法を公開して見せたことがあるくらいだったけれど、それでも誰も真似することが出来なかった。何せ、原料が原料だったから。製法を聞きにいった人たちの誰もが、その原料を使っていると言われても信じることが出来ずに騙されたと思って怒って帰って行ったくらい、お父様の発想は斬新だった」

「げん、りょう……?」


 稀代の錬金術師だからこそ扱えた、誰も真似することも出来なかった素材を原料とした幻の香水。


「お父様はね、『毒草』と呼ばれるありとあらゆる植物を原料に香水を生み出すことを思いついた、世界で唯一の香水職人だったのよ」


 その父の在り方は、まさに今のマヤリスの原点とも呼べるようなものだったに違いない。マヤリスの話をただただ聞いていたアッシュは、マヤリスの言葉の端々から『お父様』に対する深い尊敬の意が溢れているのを感じていた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

次話の投稿は明日7時の予定です。


よろしくお願いいたします。

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