第三十四話 初めてのお泊まり会に舞い上がる子供、その名はドルカちゃん15歳
「うちとしちゃあ、それでも『邪毒』が泊まり続けてくれた方が儲けがいいんだからしゃあねぇわなぁ」
他の客を毒で怯えさせ、フロアを貸し切り状態にしてしまっているマヤリス。それでもドログがマヤリスを追い出して冒険者達が気兼ねなく泊まれるようにするという強硬手段を取らなかったのは、マヤリスが年単位での長期契約を結ぶ上客中の上客だからである。
一般的に、中堅以上の冒険者にもなるとそのうちの大半が未開の地の探索やその地に住まう魔物の討伐、ダンジョン攻略などによって、数日、長い時には数週間もの間町を離れ野営が続くような生活を送るようになっていく。
そんな中で、『帰る場所』として宿を取り、自分達が冒険に出ている間も決まった部屋を確保して宿代を払い続けようと思えるだけの余裕を保てている冒険者は圧倒的に少ない。
大半の冒険者は長期の依頼を受ける際には一旦宿を引き払い、冒険者専用の倉庫にありったけの私物を放り込んで旅立っていく。そして無事に依頼をこなして街に戻った所で再び宿を取り直すことで、不要な出費を限りなく抑えていくのがある意味定石となっているのだ。
その点マヤリスの場合、植物を育てていたり、取扱いに最新の注意を払わなければいけない毒物が山ほどあったりに加え、部屋の中に錬金道具一式まで持ち込んでいたりと、完全に部屋を我が物としてしまっている。モノがモノであることもあって長期遠征の度にそれら一式を細心の注意を払いながら貸し倉庫に持って行くというのは現実的ではないし、何より洒落にならないレベルの劇薬も数多く存在する為、イカれた冒険者しか住んでいない魔窟エリアの貸し倉庫屋でさえ中身を確認した時点で即預かり不可と突き返されてしまうだろう。
そんなわけで、ドログからしてもマヤリスの年間契約による利益はそのフロアの全部屋をまばらにぽつぽつと利用されるよりも大きく、空き部屋があること自体はもったいないと思いつつも追い出したいと思う程には迷惑になっていないという絶妙なバランスでこの生活が維持されていたのである。そもそも、よっぽどのことが無い限りドログの宿はマヤリスが寝泊まりする4階以外のフロアにも常に空きがあり、満室になることは滅多にない。たった一部屋分でもコンスタントに入って来る収入をもたらしてくれるマヤリスは、ドログにとって非常に心強くありがたい存在であった。
なお、当然の如くマヤリスはその辺りのドログ側の利益まで計算した上で自分は追い出されることはないであろうことを理解しており、部屋の内装を無断で植物栽培や錬金術に向いた仕様に造り替えて後から了承を取るなどやりたい放題であった。その上、ドログがそのことに対する苦言や他の客からの苦情をマヤリスに伝えようとする日に限って『いつもお世話になってるから』などとそれらしいことを言いながら、ダンジョンや魔素の濃い森の奥地などにしか生えない珍しいハーブやキノコといった素材や食材をお土産と称して持ち帰ってくるのである。流石は悪女、この辺りのバランス感覚は絶妙であった。
「というわけでな、『邪毒』と同じフロアなら当分の間は格安で泊めてやる。名が売れたとは言えひよっこはひよっこ、金はいくらあっても足りないだろ? 先輩冒険者からの餞別だと思って気兼ねなく使ってくれや。それでもしうちを気に入って『邪毒』と同じように長期契約してくれるってなったら、その時も1泊分の値段は今と同じで良い。精々長く使ってくれや」
ドログはそう言ってアッシュに向かって部屋の鍵を投げ渡し、顎でアッシュ達に用意した部屋がどれであるかを指し示した。
「おじさんありがとー!」
「ありがとうございます! 実際当面はずっとマヤリスと一緒に行動するだろうから、しばらくお世話になると思う。はやく一人前になってちゃんと本来の代金を払えるように頑張るよ」
「おう、頑張んな。冒険者は身体が資本だ。しっかり休めよ?」
そう言ってドログは階段を降りていった。
「それじゃあ、私の部屋はこっちだから。明日、7の鐘が鳴ったら下の食堂で落ち合いましょう? 『剛腕』お手製のスープ、人気だから寝坊しちゃうと食べそびれるから気を付けてね」
「わかったー! マーヤちゃんもおやすみー!」
「おやすみドルカちゃん、それにアッシュちゃんも? ドログも言ってたけど、初めての依頼の緊張で想像以上に疲れているはずだから、しっかり休んで明日また頑張りましょうね」
「わかった、明日もよろしくな、マヤリス。」
ひらひらと手を振りながら、マヤリスもまた自分の部屋へと入っていく。というかマヤリスの部屋だけ扉からして豪華さが違う。どれだけ好き勝手やっているんだあいつは。
そんなことを考えながらマヤリスを見送り、ドルカと二人になって初めて気付く。
「ねーねーアッシュ君! マーヤちゃんも部屋に行っちゃったし私たちも早くお部屋に入ろー?」
――俺とドルカ、二人部屋かよ……!?
本来であれば見た目だけは素晴らしい美少女であるドルカと二人、一つ屋根の下どころか狭い密室で二人きり、喜ばない男などいるはずもない事態である。しかしドルカはアホであった。想像を絶するアホさと奇行としまりの無い表情でアッシュは落ち着きのない近所のちびっことしかドルカを見ていない。
――こいつ、絶対舞い上がって中々寝付かないんだろうなぁ。
村や様々な師匠たちに弟子入りしていた頃の暮らしの中で幾度となく経験した、ちびっこ達が初めてのお泊まり会で興奮してはしゃぎまわり、それを必死で寝かしつける自分の構図を思い出し、喜ぶどころか憂鬱な気持ちでいっぱいになるアッシュであった。
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