第八話 多分先祖代々何も考えない血筋
「袖でケチャップ拭くなよ汚らしい。子どもかお前は」
「そんなこと言ったらその子どもによくじょーするアッシュ君は変態さんじゃない!」
「奇声あげて走り回ってわけのわからないことを言って色気の欠片も無い奴にどうやったら欲情するんだよ!? おい、言ってみろコラ!」
「あがががががが! やめれ! アッシュ君ほっぺ! ほっぺいひゃい! ひっひゃらないで! ごーめーんーなーさーいー!」
「安心しろドルカ。俺は優しいから反省さえしてくれたらちゃんとヒールをかけてやる。頭にもついでにヒールをかけてやるから、ちゃんと正気に返るんだぞー。」
「いひゃい! アッシュ君いひゃい! ごへんね! ごへんねってりゃぁ!」
流石に我慢の限界が来たのだろう。両手でドルカの両頬を引っ張りながらアッシュがドルカを問い詰めていると、『不純喫茶 筋肉ゴブリン』のマスターであるゴブリン似のオカマことマスターゴブリン(アッシュ命名)が間に割って入ってきた。
「アッシュちゃん、気持ちはわかるけどそれくらいにしておいてあげなさい。話がちっとも前に進まないわ」
「確かに。結局まだドルカが何で追われてるのか聞けてないもんな。なあドルカ、お前やご先祖様が代々の由緒正しい遊び人で勇者を助けた英雄の血筋だって話は置いといて、何でショイサナに来て早々チンピラに追われることになったのかを教えてくれよ」
アッシュはぐにぐにと引っ張っていたドルカの頬を離し、そのまま両手をかざしてヒールをかけ始めた。何故か途中からドルカがアッシュの両手を掴んで自分の頬っぺたに無理やりくっつけて「えへへー」と笑いだした為、治療は終わったと判断し残念な頭が少しでも回復すればと、すかさず右手を頭に持っていき、再度ヒールをかけ始める。
ほっぺたから手を離されたドルカはこの世の終わりのような顔をしたが、右手がすぐに自分の頭の上に移動したのを見て、またもや「うへへへへ」としまりの無い顔で笑いだし、自分からかざされたアッシュの右手に頭を擦り付け、さらには両手でアッシュの右手を掴んで無理やりドルカの頭を撫でさせようとしてくる。
「……お前は本当に何がしたいんだ」
「うへへへー。ヒールしてもらうよりアッシュ君に撫でてもらった方が回復するかなぁって! アッシュ君の手、なんかちょっとだけゴツゴツしてるけどあったかいねー! うひょー!」
本当にこの少女は何なのだろうか。ほとんど初対面のアッシュに頭を撫でられるのがそんなに嬉しいことなのだろうか。あまりに屈託のない、そしてだらしのない笑顔を見せるドルカに故郷に残してきた妹や弟達、これまでの弟子入り生活で面倒を見る機会が多かった師匠や親方の子ども達の姿を重ねてしまい、アッシュは怒る気も失せてしまった。
「もう十分だろ、続きを話せよ」
「あー! 終わっちゃったー。しょうがないなぁ。何でチンピラさんに追われてたかっていうとねー。チンピラさん達のインチキ! って言ったら怒られたの」
「……もうちょっと前から何が起きたのか、順番に説明してくれ」
「えっとねー、最初はね、街に着いてすぐ市場を見に行ったの。そこで色々お買い物してたらあっという間にお金が無くなっちゃって、宿も取ってないのにどうしようかなーって困ってたらおじさんが来てね、『お金に困ってるなら良い所があるよ』って言って、お金を貸してくれる所に連れて行ってくれたの」
「……何処から突っ込めばいいのかわかんねぇな」
「……奇遇ね、アタシもよ」
長いうえに順番がめちゃくちゃなドルカの話をまとめると、要するにこういうことだった。
・市場で買い物をしたらお金が全部なくなった。
・困ってたらおじさんが金貸しの店まで連れて行ってくれた。そこで10万ペロ借りた。
・金貸しまで連れて行ったおじさんがギャンブル屋さんも案内してくれた。
・ギャンブル屋さんでイカサマをされてお金が全部なくなった。
・イカサマを指摘したらチンピラが出てきて捕まりそうになったので逃げ出した。
・逃げている途中で茶髪のかっこいい男の子が助けてくれた。運命を感じた。
「……それでね! アッシュ君は私の手を引いて『今だ! 行くぞ!』って言ったの! 私その時もうわかっちゃったの。アッシュ君私に一目ぼれしちゃったんだなって。迷いなくチンピラさんに魔法ぶつけて『今だ! 行くぞ!』って言ったんだよ! 『今だ! 行くぞ!』って! うひょー!」
誰が誰に一目ぼれしたというのか。仮にその時その瞬間の俺がドルカの見てくれの良さにほんの一瞬惹かれてしまったとして、その後の振る舞いと言動で帳消しどころかマイナスまで一気に振り切れただろうが。あと人の発言何度も繰り返すな。一度言えばわかるだろうが。そのせいで周りの筋トレしてた連中まで全員こっち見てるじゃねぇか!
「そのくだりはもういいだろ! ってかお前、そんな無計画なお金の使い方して、ショイサナに来るまではどうやって生きてきたんだよ?」
こっぱずかしさを誤魔化しつつ、アッシュはなんとか本題に戻そうと身振り手振りの一人芝居でアッシュがいかにかっこよかったかを熱演していたドルカを無理やり遮った。そのアッシュの様子さえもはや見世物となってしまっており、マスターだけでなく周りで筋トレしたりワセリンを塗ったくっていた筋肉達も、生暖かい目でアッシュとドルカを見ている。
「今まで? なんかなんとかなったよー! かっこいーお花を見つけて摘んで行ったらなんかすごい薬草だから是非売ってくれ! って言われてお金と交換したり、そのお金でその街の名物のお菓子をいっぱい買ったら貴族にプレゼントするお菓子がダメになっちゃった商人さんが買った時のお金よりいっぱいのお金でお菓子を買ってくれたり。後はその時おまけで貰った変な人形をどうしても買いたいっていう骨とう品コレクター? とかいう変なおっさんがいてね、人形一個に100万ペロもくれたの! そのお金でショイサナまでやってきたんだから!」
「……は?」
「ここに来るまでっていうか、私のお父さんもじーじも、みーんなそういう感じで生きてきたの!」
少女曰く。500年前、勇者が魔王を封印した際、それを手伝った伝説の遊び人である初代ルドルカ。それ以降、ルドルカ家は代々降って湧いた幸運や賭け事、勝負事で勝ち続け、食い扶持を稼いできたというのである。
3代目は道端で拾った藁束を道行く人々の持ち物と交換して回っていったら最終的に屋敷が手に入ったとか。
7代目は地図に向かってダーツを投げて選んだ山を後先考えずに借金をして購入。穴を掘ってたらミスリル鉱脈を見つけて一代で借金の何倍もの財産を築いてみせたとか。
8代目はその山で脇道に迷いこんだ結果温泉を見つけて麓に温泉街を作り上げ、9代目で『穴掘りは飽きた』と土地を丸ごと売り払ったらその直後に山にドラゴンが住み着き難を逃れたとか。
11代目がとある大都市でバカンス中に拾ったネコが領主の家から逃げたネコで褒賞を頂いたとか、13代目は運は悪かったがイカサマが得意で賭場を荒らしまわったとか。
15代目はいたずらとガラクタが大好きで、あちこちでわけのわからないものを集めては倉庫に放り込んでいて、鑑定に出してみたら国宝級の遺失物が見つかったとか。
「……でね、15代目っていうのがひーじーじで、まだ生きてるんだけど、そのひーじーじがどっかで拾ってきた枝でおとーさんが作った麺棒がこれなの! すごいんだよ! これで打った蕎麦を食べるようになってからひーじーじもじーじもすごい元気!」
「お、おう……。ってかお前が武器みたいに腰に下げてたその木の棒、麺棒かよ! そんな装備でここまで旅してきたのかよ!」
ドルカの言っていることが全て事実なら、本当に恐ろしい一家である。完全に持って生まれた運だけで500年もの間、家が続いてきている。
「でも、そうか。だからお前バカなんだな。全部運で何とかなってきたんだな」
「まぁねー! 6代目のばーばなんて『考える位ならサイコロを振れ』って言ってたらしいよ。ただまあみんなやりたいことやって生きてるから、自分が稼いだ分は大体みんな自分で使い切ってから死んじゃうんだって! だからお金自体はあんまり無いっておとーさん言ってた!」
「……ミスリル鉱山の稼ぎを丸々一代で使い切ったご先祖様がいるってことよね?」
「本当に恐ろしい一族だなおい」
アッシュは自分の常識とはかけ離れ過ぎた金銭感覚に打ちのめされ、軽くめまいすら覚えていた。
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