表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/144

第三十一話 美味しければ何でもいい、どうなっても自己責任というのが魔窟的価値観

「……その様子だと、私のあのヒント一つで無事『G』の意味まで辿り着いたみたいね? 流石はアッシュちゃん、その洞察力だけならもうそこらの冒険者よりよっぽど上なんじゃないかしら」


 アッシュの様子を見て『答え』に至ったことを理解したマヤリスが、なんでもないことのように目の前の料理を口に運びながら言う。


「なあマヤリス。ブルーノさんが言ってたレストランが、例のヤバい料理を出すレストランで、そこの料理を食べると身体に変化が生じて、それで『G』の意味は……」


 恐らく今この瞬間にもブルーノは喜々として『G定食』を食べているに違いないとか、マヤリスが止めてくれていなければ自分も今この瞬間に同じものを食べていたかも知れないとか、それだけ恐るべき効果を持つ料理を平気で出しているレストランがこれからも魔窟の一角で繁盛し続けるであろうといった考えが、アッシュの脳内でぐるぐると駆け巡り、思考を支配していく……。


「はいストップ。……ちょっと刺激が強すぎたかしら? 洞察力がベテラン顔負けでも解き明かした『真実への耐性』が伴っていないんじゃ、勝手に一人で考え込んで真実に到達して自爆しておしまいよ?」


――ふわり。


 甘酸っぱく爽やかな柑橘系のような香りがアッシュの鼻孔をくすぐり、その香りでアッシュの思考は途切れた。香りが漂ってくるのと同時に話しかけられていたことに気付いたアッシュが声がした方に顔を上げてみると、に淡い橙色の液体が入った小瓶を持つマヤリスと目が合った。


「この香水はね、嗅いだ人の思考を強制的に中断させるの。薄めてない原液なら睡眠や魔法の詠唱なんかもキャンセル出来るわ。どう? 便利でしょう?」

「ああ、助かったよ……」


 どうやら、思考のドツボに嵌りそうになったアッシュをマヤリスが助けてくれたようである。アッシュは爽やかな香りに気を取られ妙にぼーっとする頭を必死で働かせながら、マヤリスに礼を伝える。


「あ、そうそう嗅ぎ過ぎると丸一日何も考えられずにぼーっと過ごすことになるから気を付けてね?」

「……やっぱそれも毒じゃねぇか!」

「やぁねぇアッシュちゃん、私が毒以外のものを使う訳ないじゃないの」


 上手く働かない頭にじんわりとしみ込むように入ってきたマヤリスの言葉に、アッシュは辛うじて危険を察知して辺りに漂っていた香りを振り払う。

 その様子を見てくすくすと笑うマヤリスに対し、アッシュは改めて恐ろしい相手だと背筋を寒くさせた。


「感謝していいんだか怖がるべきなんだかわけわかんないじゃねぇか……。それはそうと、マヤリスはその、ヤバいことに気付いたのに平気なんだな」



 世間一般の社会通念として、魔物を食べるという文化自体は存在する。むしろ、強力な魔素を身に纏った魔獣は食材としても極上となる傾向があり、更にはその魔物の魔素そのものを食した人間が取り込むことで身体が強靭になったり魔法適性が伸びたり若返ったりと、そういった副次効果目当てで食材として狙われる魔物がいる程度には文化として浸透していると言ってもいいだろう。

 ただし、強力な魔物というのは得てしてその身に毒を持っていたり、並の人間にとっては負荷が強すぎたりといった理由で食材として適するものは決して多くはない。更に言えば、ハーピーやオーク、ミノタウロスといった知性のある魔物、厳密な意味での魔族に該当する種族については、身振り手振りや言語によるコミュニケーションが可能な相手であり、それを食するという行為はほとんどの国において忌避されている。結果として、食材として狩猟の対象となり得る魔物はいわゆる魔獣や植物型の魔物がほとんどとなっている。

 曲がりなりにも先ほどなんとなく身振り手振りで意思の疎通が図れた相手(ゴブリン)を材料に、食べた者の外見さえ歪めてしまうような恐るべき効果を秘めた料理が存在し、その料理の被害者を見たことに気付いてしまったアッシュは、自身の倫理感から余りにも逸脱した事実を前に正気が削られてしまったわけだが、アッシュよりも早くその事実に辿り着いたはずのマヤリスは平然とした様子で食事を続けている。


「私が平気でいられるのは理由があるわ。一つは『慣れ』。これくらいで驚いてちゃ魔窟ではやっていけないというのが一つ。そして、もう一つ。多分、私はその料理を食べても彼と同じことにはならないと思うの。だから精神的に余裕が保てているというのがもう一つの理由よ」

「え……? 同じことにならないっていうのは、一体どういう……?」


 アッシュの問いかけに、マヤリスはなおも平然と食事を進めながら答える。


「魔物を食べて自身の糧にするということは、文字通りその魔物を消化し自分の血肉にするということよ? それを、あのレストランではより高効率で行えるようにその素材達の効果を最大限に高める調理を行っているの。自分の器を大きく超えるような存在を取り込もうとした場合、普通は消化不良になって吐くなりなんなりで身体が受け付けず、消化もされないままでおしまい。それが、あのレストランでは『どんな食材でも』『身の丈に合っていなくとも』誰でも吸収できるような次元にまで素材を高めた料理を出している。要するにブルーノさんは、自分の身の丈に合わない力を取り込もうとした結果自身の身体に異変が起きてしまったという、ただそれだけのことなのよ」


 そのマヤリスの説明を受けて、アッシュは一つの結論に至る。


「ということは、マヤリスはブルーノさんよりずっと強いから、その料理を食べた所で問題が無いってことか?」

「ざっくりというならその通りね。それに加え、私はありとあらゆる毒への耐性も持っているから、自身の身体に変化が加わること自体にかなりの耐性があるの。普通の人間なら一滴肌に垂らしただけで死に至るような毒でも、私はコップ一杯飲んでも平気。たかだか料理一つで異変が起きるようなやわな鍛え方はしていないということね」


 そうこともなげに語るマヤリスに、アッシュは改めて魔窟のベテラン冒険者という存在が常識から外れた所に居ることを理解せざるを得なかった。


「そう言えば、マスターも異常なほどにゴブリン顔だよな? ……もしかして」

「やーねぇ私のこの顔は生まれつきよっ! そんな変な料理一つで顔が変わる程ヤワじゃないわよぉ!」


 それを聞かされて安心していいのか逆に生命の神秘に恐れを抱いた方が良いのか。マスターであるキャンディのゴブリン顔はブルーノと違い生まれつきのものらしい。たった三日の間にナチュラルボーンなゴブリン顔のオカマと後天的にゴブリン顔になった男の両方に出会えた奇跡に、アッシュの頭は限界だった。

 なお、ドルカについてはいつも通り難しい話は全部スルーし、一人黙々とメスゴブリンもどき(キャンディ)特製のオムライスをほっぺたパンパンに頬張り幸せそうな表情を浮かべていた。

 そんなドルカを見て、アホは良いよなぁと心の底から羨ましい気持ちになるアッシュであった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


次話の投稿は明日7時頃の予定です。

気に入って読んで下さっている方、もしよろしければどれくらい面白かったかをページ下部の評価で教えて頂けるとありがたいです。


よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ