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第二十九話 そんなことしてぶつからないのかって? 相手はあのドルカだぞ?

「そうだ皆さん! そろそろお腹が空き始める時間ではありませんか? せっかくこうして知り合って、これからも良くして頂けるというお話ですし、よろしければ夕食を御馳走させてください! 実は私はこう見えて食べ歩きが趣味でして、魔窟に入り浸るようになったのも滅茶苦茶に美味しいレストランがあると耳にして是非自分の舌で確かめたいと思ったからだったんですよ!」


 気まずくなった空気を吹き飛ばすように、ブルーノが夕食を誘ってくれた。正直できることなら1ペロ単位で節約しておきたいアッシュにとっては願ってもない話ではある。早速「ぜひ!」と返事をしようとした所で、マヤリスが横から会話に入ってきた。


「……ねえ、つかぬ事をお聞きするのだけれど、その美味しいレストランってどのお店かしらぁ?」

「あぁ! マヤリスさんは魔窟生活が長いとのことでしたね! 有名なお店という話でしたし、名前くらいはご存じなのでは? 『メタモルフォーゼ』というお店なのですが」


 その名を聞いた瞬間、マヤリスの顔が一瞬だけ強張ったように見えたアッシュであったが、当のブルーノは全く気付かなかったようで、その店がいかに素晴らしく、値段の割に王都の一流レストランにも引けを取らない素晴らしい料理が出てくるのかを熱弁している。


「いやぁ、私も初めて行った時は驚きましたよ! 流石は魔窟と言うべきか、見たこともないような食材ばかりなのにその全てが素晴らしく美味しいのです! もうあの店の味を知ってしまったが最後他のレストランで高い金を払って食事をするのが馬鹿らしくなる位です! 私がいつも頼むのはG定食とかいう定番メニューなのですが、これがまた美味しいんですよ! アルファベット順にAから揃っているという訳でもないのに何故かG定食という名がついているのは不思議ですが、これもまたシェフのこだわりという奴なんですかね、それにしてもこのG定食のメインに添えられた肉が本当に美味しくて、そのジューシーさたるや……」

「うひょー! なんだかわかんないけどとにかく美味しそー! 私もうお腹ぺこぺこー!」

「(ちょっと、ちょっとアッシュちゃん!)」


 ふんふんと愛想よく話を聞くふりを続けながら、マヤリスがちょいちょいとアッシュの袖を引っ張り小声で話しかけてくる。一体何だろうとマヤリスの口元に耳を近づけたアッシュに、マヤリスはなおも小声で続けた。


「(この夕食のお誘い、断るわよ! 思いっきりドルカちゃんが乗り気になってるから、私が断りを入れている間に上手いこと言ってドルカちゃんを黙らせて頂戴!)」

「(……え?)」

「(後でちゃんと説明するから! じゃあそういうことでよろしく頼むわぁ!)」


 そう言い切るや否や、マヤリスはわざとらしく咳ばらいをし、ブルーノに話しかけ始めた。


「あ、あのー、ね? ブルーノさん。そのお話はとっても有難いのだけれど、私たち夕食はご一緒できないわぁ。実は、もう3人で別のお店を予約しちゃっていて……」

「えっ! そうだったの!?」

「あーっ! ドルカお前また話聞いてなかったのかー!? だめだぞドルカー! そういう大事な話はちゃんと聞いていないとー!」

「はっ! そう言えばそうだった!」


 咄嗟の出来事で余りにも棒読み感が出てしまった気もするが、無事身の安全が保障され浮かれていたブルーノの目には特に変とは映らなかったようだ。その場のでっち上げの話だったにも関わらず、当たり前のように前から聞いていた話だとあっさり騙されてしまうドルカの残念さも今回ばかりはプラスに働いたといえるだろう。


「なんだ、それは残念ですね。それなら今回は一人で食べることにします。是非また次の機会には『メタモルフォーゼ』の絶品料理の数々をご紹介させてくださいね!」

「え、えぇ……。ブルーノさんも、本当にありがとうございました! また定期的に大根達の様子も見に行くんで、その時はよろしくお願いします!」

「楽しみにしていますよ! それでは!」


 街中ということもあって出会った時と同じようにフードで顔をすっぽりと覆い隠してはいるものの、その声色や立ち振る舞いからは明らかに喜びと安心が見て取れる。赤々と輝く夕日を背にして、ブルーノは魔窟の雑踏へと消えていった。


「……ふう。なんとかやり過ごせたわぁ」

「それで、何で断ったのかちゃんと教えてくれるんだろうな?」

「ねーねーアッシュ君もマーヤちゃんもいつまで突っ立って話してるのー! 早く予約してたお店行こうよー! 結成記念パーティやろうよー!」


 完全にその場ででっち上げた嘘を信じたままのドルカに急かされたアッシュとマヤリスは、互いに目配せをしあう。


「……とりあえずどこかに入りましょ? 正直ドルカちゃんに嘘だったって伝えるのももう面倒だわぁ」

「……そうだな。って言っても俺達は不純喫茶くらいしか店を知らないんだけど、そこでいいか?」

「私もいくつかお店は知ってるけど、ここから移動することを考えるとちょっと面倒ね。今日はそこに行きましょうか。どうせあの店なら席は空いてるでしょう? 筋肉馬鹿以外お客なんて居ないでしょうし」


 そんなことを話していると、もう我慢の限界に達してくてくと先を歩き始めていたドルカがアッシュ達に向かって叫んだ。


「ねーえー! アッシュ君ってばー! マーヤちゃんも! 私お腹空いたー!」

「わかったよドルカ! 今行くから走るな! 今日はマスターの店で結成記念パーティだぞー」

「なんですとっ! ということは今日のメインディッシュはマスターのオムライス! うひょー!」

「あっ、だから走るなって! 前を見ろ前を! ああもう今行くからそこで待ってろって!」


 アッシュ達の方を向いたまま後ろ向きに全力疾走するという危険極まりない行動に出始めたドルカを見て、アッシュもまたドルカを止めるべく慌てて走り出した。


「ふふ……。本当にアッシュちゃんもドルカちゃんも面白いわぁ。……やっぱり、私の目に狂いはなかったみたい」


 そんな二人を眺めながらぼそっと独り言を呟いた後、本心からの笑みを浮かべたマヤリスは、置いていかれないようにと小走りで二人の背を追いかけるのであった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


次話の投稿は明日7時頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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