第二十七話 ゴブリンを統べる男誕生の瞬間である
「ゴブリン達がこの森を縄張りにしているのも人間にとって意味があるってついさっきマヤリスに教わったばかりだもんな。おーいアレクサンダー! 一旦攻撃ストップ! ストーップ!」
「えーやめちゃうのー!? 私アレクサンダーの活躍をもっと見たーい!」
「だまらっしゃいこのアホドルカ!」
アッシュの制止とドルカの『もっと見たい』という言葉、どちらを優先していいかわからず混乱しついつい攻撃の手が緩んだことで、ゴブリン達もその命令が飛んできた方向を確認する余裕が生まれた。こちらを見たゴブリン達の目に浮かんでいたのは、このタイミングで人間共まで攻め入ってきた、という絶望であった。
その光景を見て真っ先に動き出したのはマヤリスである。明らかに何か悪いことを思い付いた顔でブルーノに駆け寄り、二言三言、耳元でごにょごにょと指示を出し始めた。その指示を聞いたブルーノは、驚いたり緊張したりとくるくると表情を変えていたが、最後には覚悟を決めたようで、何やら腰に手を当てわざとらしく偉そうなポーズを取り、アッシュに対してびしっと人差し指を突き付けて命令し始めた。
「えーと……。そ、そこのアッシュ! 俺様はゴブリン共が俺様の家を襲わないのであればこれ以上の蹂躙は望まない! 一旦あ奴らの手を止めさせるのだっ!」
「えーなになにー? ブルーノさんってば急に偉そうなふりしてどうしたのー?」
「……ドルカはちょっと黙ってような?」
そのあからさまな程に偉そうな態度を演じるブルーノと、その後ろで最高の悪戯を思いついたとばかりにくすくすと笑うマヤリスを見て、アッシュはすぐにピンと来た。
「聞いたかアレクサンダー! そして我らが愛しきマンドラ大根達よ! 一旦攻撃の手を止めろ! ブルーノさんはゴブリン共との共生をお望みだ!」
空気を読みその場の流れをいち早く理解したアレクサンダーは、すぐさま攻撃の手? を止めるとこれまた大げさにブルーノの方を向いて跪いて見せ、その他の大根達も次々とアレクサンダーに習い、ブルーノに対し膝? を折っていく。悲しいことにその咄嗟の理解力は創造主であるはずのドルカをはるかに凌駕していた。
「(ブルーノさん、ゴブリン達の中には辛うじて人間語がわかる個体もいるはずよぉ。このままの流れで、家に入るな、近づくなって命令しちゃえばこっちのものよぉ)」
マヤリスのこっそりとしたアドバイスを受け、ブルーノはそのまま偉そうな態度を崩さず、ゴブリン達に命令を下す。
「えーと……。ゴ、ゴブリン達! これ以上あの大根達に襲われたくなければもうボクの家に入ってこないでくれ! そちらから手を出さない限りはこちらも手を出すことはしない! 前みたいにお互い挨拶し合うくらいの良い関係を築いていこうではないか!」
すると、どうであろうか。恐らく辛うじて人間の言葉がわかるゴブリン達が、それ以外のゴブリンに今言われた内容を早口で説明し、いち早くブルーノに対し跪き頭を垂れ始め、遅れてその他のゴブリン達も次々と跪いていく。
「おぉー……。なんだかわかんないけどすごーい! みんなシュバ! ってしゃがみだした!」
見れば、大根達の猛攻によってボロボロになったゴブリン達でさえ、ふらつく身体を必死で抑え、跪いている。それを見たブルーノは、しばし悩み始め、その末に申し訳なさそうな顔をしつつもアッシュに言った。
「あー、アッシュさん。当初の依頼内容からはだいぶズレて来てしまったというか、むしろ逆のことを頼んでしまって申し訳ないのですが、先ほどドルカさんの怪我を治した魔法で彼らを癒してもらうことは出来ませんか? 怪我が酷いゴブリンから順番に、魔力が尽きるまででいいので……」
その言葉を聞き、改めて傷つきながらもブルーノへの服従の姿勢を崩さないゴブリン達を見て、アッシュも心を決めた。
「もちろんですよ、ブルーノさん。ただ、魔力が尽きるまでと言わず、今回の戦いで傷ついたゴブリンは全員治しちゃいましょうか。……ドルカ、お前の魔力を借りればいけるよな?」
「えー? 大丈夫なんじゃない? よくわかんないけどこないだだっていくら魔力をあげても全然平気だったし!」
「……魔法を使うのはアッシュさんなのでは? 一体どういう……?」
不思議そうな顔を浮かべたブルーノを横目に、アッシュはドルカに手を差し伸べる。嬉しそうにその手を掴んだドルカから、アッシュの身体にどんどんと温かい魔力が流れ込んでいく。その魔力をそのまま練り上げて、アッシュは目の前のゴブリン達目がけ魔法を放った。
「――ヒールッ!」
本来かざした手のひらの先にほんのりと現れる程度のはずの淡い光が、ドルカからもらい受けた無尽蔵の魔力をそのまま注ぎ込んでいくことで、森全体を包み込む程に巨大な光となり、傷ついたゴブリン達を癒していく。
淡い光に包まれ、思わず目を閉じたゴブリン達が、自身の、そして死力を尽くして戦った仲間たちの怪我が治っていく様を見て歓喜に震える。ついでにマンドラ大根達もその魔力を一身に受け気持ちよさそうにゆっくりと葉を揺らし始める。喜びに震えるゴブリンと、ゆっくりと葉を揺らす大根。そしてそれら全てを優しく包み込む淡い緑色の光。その光景は無駄に幻想的であった。
「……というわけで、この大根達にはブルーノさんの言うことを聞くように言っておいたから、護衛として上手く使ってやってください。その代わり、こいつらが冒険者達から襲われそうになった時に農作物だとかなんだとか上手い事言って庇ってくれればこいつらも助かるので」
「ああ、わかったよ。こんなにたくさんの護衛が24時間ずっと付いてくれるなんて夢みたいだ。ゴブリン達との関係もマヤリスさんの機転で改善できたどころかこっちが一目置かれるまでになっちゃったし、もう何とお礼を言ったらいいかわからないよ!」
「結局、ゴブリンは一体も退治せず、家の周りに沸いたというよりは元からゴブリン達の住処だったところに家を建てておいて顔がゴブリンっぽいってだけで襲われずにすんでいただけ。最終的に大根達を護衛にしてゴブリン達を従わせたことで依頼人の安全を確保。……何から何まで滅茶苦茶な結果ねこれ。うふふ、依頼達成の報告をした時にエリスが頭を抱える様子が目に浮かぶわぁ!」
エリスが頭を抱える姿を想像して恍惚とした笑みを浮かべるマヤリスの言葉を受けて、ブルーノがハッとした表情で言った。
「ああそうか、皆さんはゴブリンを退治することでその分の討伐報酬も勘定に入れていたわけですよね? でも、結局ボクのワガママで倒すどころか傷を治してもらって依頼を終わらせてしまった……。依頼自体あっという間に片付けて頂いたわけだし、何かその分のお礼をしなくっちゃなぁ……。そうだ! 元々原因調査には時間がかかると思っていましたし、かかった日数分ということになっていた調査費用を当初言っていた最大日数分全部お支払いしますよ!」
「おー! ブルーノさん太っ腹! うひょー!」
本来依頼金というのは、魔物に苦しめられた街や村、集落単位でお金を出し合ってその費用を捻出することが大半であり、冒険者が賭けた命の対価でもあるその金額は決して安いものではない。それをブルーノは、当初の依頼での取り決め上ではありえない、実質的に追加報酬に当たる形でアッシュ達に上乗せをして払うと言ってくれている。
何の気兼ねもなくただただ喜びそのパッションのままに踊り始めたドルカと違い、アッシュの心中は複雑であった。実際の所、護衛という話もブルーノさんの家から泉まで、おおよその生活圏を拠点とするように指示を出しただけである。ただ森まで散歩に行ってアレクサンダー達に指示を出して帰ってきただけ。たったそれだけのことで報酬を上乗せして払ってくれると申し出ているブルーノに、アッシュはちょっとだけ後ろめたさを感じてしまうのだった。
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