第二十五話 『ゴッ』って鈍い音がしたらしいよ
試験的にタイトルにサブタイトルを書き加えてみました。
「どうぞ中へ。……最低限の寝泊まりが出来ればとしか考えてなかったから4人も入るとだいぶ狭苦しいと思うけど」
「うひょー! お邪魔しまーす!」
「あらぁ、一人で作ったにしては意外としっかりした作りじゃない」
「ほんとだ。広さこそ一人用だけど、俺の生まれた村の家の作りにちょっと似てるな」
それぞれが思い思いに感想を述べあう中、ドルカは迷わず部屋の一番奥にあったベッドに飛び込んだ。……恐らく宿屋の上等なふかふかのベッドのような感触を予想していたのだろう。ドルカは思いっきり脛をベッドの角に打ち付けて「あがっ!」と全くもって可愛さの欠片も無い悲鳴を上げて蹲り、ベッドの上をゴロゴロと転げまわりだした。地面を踏み固め、ござのような薄いざらざらとした敷物を敷いただけの床に、不格好ながらしっかりした作りのテーブルと椅子が一脚だけの小さな小屋のベッドが、何故飛び乗ったら跳ね返るレベルでふかふかに違いないと考えたのか。
「ドルカ、お前少しは考えろよ……。流石にそれは予想できる範囲だろうに」
小一時間程こんこんと説教してやりたい気持ちになったアッシュではあるが、とはいえ木でできたベッドの角に思いっきり脛を打ち付けた痛みは想像を絶する。アッシュは、やれやれといった表情のまま、ブルーノに対し軽く会釈をした上でベッドに腰掛け、のたうち回るドルカを仰向けにひっくり返し、何も言わずその赤くなっていた脛にヒールを掛けてやるのだった。
「お前、これに懲りたらちょっとは考えて行動しろよ?」
「ぐぅううっ! ……だって、だってさっきの宿屋では我慢したから! その分今しかないと思った」
宿屋のふかふかのベッドに飛び乗り損ねた分のもやもやを解消しようとした結果、このような惨劇が起きたのだと主張するドルカに、アッシュは返事をするのも面倒なので、とりあえずヒールをかけ続けてやることにした。
「すいません、俺達ばかりこうして腰掛けてしまって」
「気にすることはないよ。ボクにはほら、椅子があるから」
「あら、じゃあ私もそっちに座らせてもらおうかしらぁ?」
結局一人用の狭いベッドにドルカにアッシュ、マヤリスがぎゅうぎゅうと座り、テーブルを挟んで椅子に座るブルーノと相対するという奇妙な構図の中、本題へと話を戻していく。
「それで、森の異変についてなんですが、こういうことって今までにもあったんですか? ゴブリン達がどこにも見当たらないどころか、気配すら感じられないだなんて」
「いや、それがボクにもさっぱり心当たりがないんだ。住み始めてからたった数ヵ月ではあるけど、少なくともそれまでの間にはこんなことは一回もなかった」
ますます嫌な予感が強まっていく。ここはベテラン冒険者の意見を伺おうと隣にちょこんと澄まし顔で座っているマヤリスの方を向いてみると、マヤリスは意味深な微笑を浮かべるだけで何も答えようとしない。からかうような笑みを浮かべたまま何も言わずこちらをじっと見つめてくるマヤリスのエメラルド色の瞳に、アッシュはまたもや吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えたので慌てて視線を逸らし、自分なりの考えをまとめることにした。
「ここでこうしていても何もわからないなら、もっと森の奥まで行って調べてみるしかない。もし本当にゴブリンが居なくなってくれたのなら、俺達は何もしてないことになるけどブルーノさんが安心して暮らせるようになることには変わらない。ブルーノさん、ゴブリン達が住処を作っていそうな場所、わかりますか?」
「すまないけれど、森の奥からやって来ること以外はわからない……。ただ、ゴブリン達とよく出くわす泉になら心当たりがあるよ。ボクも飲み水はそこで確保しているんだ」
聞けば、川も近くにあるにはあるのだが、川の向こうはもっと恐ろしい魔物たちのテリトリーとなっているようで、ゴブリン達はおろかその他の小動物たちもほとんどその川には近寄ることがないのだという。
「何か異変があったとしても、ゴブリン達が生きているなら水は絶対に必要になるはずだ。もし泉に行ってもゴブリン達を見かけなかったのなら、しばらくそこに隠れてゴブリン達がやってこないか様子を見てもいいかもしれない。マヤリス、どう思う?」
自分なりの考えをまとめ、それで間違っていないか確認を求めたアッシュに対し、マヤリスはようやく口を開いた。
「そうね、その方針で行きましょう。敢えて黙って話を聞かせてもらっていたけど、ちゃんとやれていたから大丈夫よ? ……ただ、私の予想が正しければ、ゴブリン達が姿を現すまで隠れるなんてことはしなくて済むと思うわぁ」
くすくすと笑いながらそう言い切ったマヤリスに、アッシュは驚く。
「もしかして、マヤリスはもう原因がわかってるのか!?」
「さあ、どうかしらぁ? ……ただ、私の予想通りだったら、とっても面白いモノが見れると思うわぁ」
そう言ってなおもくすくすと笑い続けるマヤリスに、アッシュは今この場でどんな予想を立てたのか確認したくてしょうがなかったが、聞いてもはぐらかされるのが目に見えている。ならばさっさと泉とやらに向かうべきだと頭を切り替えた。
「マヤリスがそう言うなら、長時間身を隠すための準備もいらないだろう。ブルーノさん、その泉まで案内してもらえますか?」
「任せてくれよ。ここから大体30分位歩いた先にあるんだ。ゴブリン達が通る獣道があるからそれを辿って行けばすぐだよ」
そう言って、立ち上がるブルーノにマヤリス、アッシュと続いて立ち上がっていく。
「えー、アッシュ君もっとヒールしてよー! 私の足治してー!」
「とっくに治ってるだろ! 良いから早く行くぞ!」
この期に及んで子どものように駄々を捏ねてみせたドルカであったが、アッシュがその手を取り、ベッドから引きずり落とすように連れ出したことでそのままちゃっかり手を繋ぎ直しご機嫌な様子で歩き出した。
「ほんと、ドルカちゃんはいつ見ても楽しそうねぇ」
もはや感心しているのか呆れているのか、あるいはその両方か。にこにこと笑いながらアッシュを引っ張って先頭を歩き出したドルカを見て、マヤリスもまたつられてついつい笑みを浮かべながら、そう呟くのだった。
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