第七話 先祖代々、由緒正しい遊び人ってなんだよ
――500年前、大地は闇に覆われた。魔の王を名乗る悪魔が世界中の魔物を統率し、人間を支配しようと侵略してきたのだ。
そんな最中、一人の少女が夢の中で女神と会い、こう告げられた。世界を救う勇者が間もなく現れる、と。たわ言と笑われても、嘘をつくなと激昂されても、少女は顔色一つ変えずにこう答えたという。
「勇者様は三日後の満月の晩にこの街に現れます。私は勇者様と共に旅に出ます。たくさんの仲間を携えて、魔王に立ち向かう勇者様の姿が私には見えたのです」と。
そして三日後、本当に勇者は現れた。ざわめく群衆の中で、少女の手を取り、共に旅に出るよう請い願ったと言われている。
その後、少女の予言通り、勇者は道中数多くの仲間と出会い、共に戦い、最後に魔王を打ち滅ぼした。予言の巫女と呼ばれるようになった少女は、世界が救われたその日の晩に、夢の中で再び女神と会い、幾百年の後、再び魔王が世界に蘇るであろうと告げられた。そこで、勇者とその仲間たちは、世界中に散らばり、それぞれが更に技を磨き、後世に伝えていくことで魔王がいつ復活してもいいように備えることとなった。
勇者と共に戦った仲間は『7人』。
――勇者の降臨を予言し、数々の叡智により皆を勝利に導いた『巫女』。
――類稀なる体躯と腕力で皆の剣となり、盾となった『戦士』。
――その慈愛の心で、魔物をも含む生きとし生ける全てを癒し続けた『僧侶』。
――魔の深淵に到り、数多の魔法を編み出し魔物を屠った『魔法使い』。
――素晴らしい身のこなしを武器に、身一つのみで敵に立ち向かった『武闘家』。
――けして表舞台には立たず、陰から皆を支えた『盗賊』。
――数々の機転と生きる知恵、交渉によって世界をまとめあげた『商人』。
彼ら『七英雄』と勇者は、それぞれの子孫に自らの技や使命を伝え、今もなお魔王の復活に備えているという……。
「だーかーら! まおーをやっつけたえいゆーさんはゆーしゃ様を含めて8人じゃなくて、ゆーしゃ様以外に8人いたの!」
目の前の少女は、くりっとした目をなおのこと大きく見開き、ぷるぷると震えながらそう叫んだ。目には涙が浮かんでいる。肩にかかる位の長さの青みがかった黒髪はつやつやで、いかにも良い所の麗しい令嬢というように見えなくもない。
しかし、走っている間に風に煽られて寝癖のように浮いてしまっている髪、何だかよくわからない毛皮の切れ端のようなもの(ドルカ曰く『かわいいアップリケ』らしい)が至る所に縫い付けられているセンスの欠片も感じられない服、口元にはオムライスのケチャップが付いたままで、子どものようにこぶしを握り締めてぶんぶんと振り回し訴えるその様は、有り体に言えば台無しだった。
「うぉっ! わかった! わかったからそのまま身を乗り出してくるんじゃない!」
少女がテーブルに身を乗り出しながら振り回した拳が当たりそうになり、思わず後ろにのけぞった結果、少年は椅子ごと後ろに倒れ、頭を強く床に打ち付ける羽目になった。
「あがぁっ!」
「ほらぁ! 人の言うことを信じない悪いやつはそうやって罰が当たるんだ! これでわかったでしょ! ボクのご先祖様はゆーしゃ様の冒険の手助けをした8人目の仲間だったんだ!」
俺が頭を打ってのたうち回る様子を満足げな表情で眺めながら、ドルカは自慢げにそう言い切った。俺が頭を打ったこととこいつの主張の正当性に一体何の因果関係があるのだろうか。むふーっと吐き出した鼻息が女性としての残念さをますます感じさせる。
「んなこと言ったって、俺は勇者と7人の仲間以外の勇者の伝説なんて聞いたことないっての。それを突然『実は8人目がいました! 私がその8人目の末裔です』だなんて言われて信じられるかよ」
俺はヒールをかけてようやく痛みが治まってきた後頭部から右手を離し、ジト目でこちらを睨んでいる少女をにらみ返しながら続けた。
「あー痛かった……。まあ、百歩譲ってお前がその8人目の末裔だったとして、遊び人は無いだろ遊び人は。代々受け継ぐどころか一代で家をぶっ潰す側の存在じゃねぇか。……まあお前が遊び人であることに異存は無いがな。見るからにアホっぽいし。実際の所、お前以外の家族はどんなクラスだったんだ? 狩人か? ニンジャか?」
遊び人云々の話を抜きにすれば、実はドルカが知られざる英雄の子孫であるという話はまるっきり嘘ではないかも知れない、とアッシュは考えている。これまで各地を転々として生きてきた中で聞きかじってきたものの中には、「我こそは陰ながら勇者様を支えた8人目の英雄の末裔である」といった酔っ払いの与太話としか思えないものから、本当に隠された8人目の英雄の存在を信じてみたくなる位信ぴょう性のある話まで、色々な話があったのだ。
だが、そうだとしても『遊び人』はあり得ない。そもそも勇者の助けどころか足を引っ張っている光景しか思い浮かばない。ドルカ本人がご先祖様のクラスより『遊び人』としての適性が高かっただけで、大本の英雄やドルカ以外の子孫たちはもっと別のまともなクラスについていたはずだ。
アッシュはそう結論付けて、さてさて勇者の助けになりそうなメジャーなクラスってあとは何があったかなぁ等と指折り数えながら、少しでも目の前の少女からヒントを得られないかとしげしげと観察を始めた。
「狩人なら弓を持っているはず……。ニンジャは盗賊の英雄の末裔共が『名前の印象が悪い』ってんで東方のよくわからん技術を取り込んだのをきっかけに名乗り始めた比較的新しいクラスって話だから違う。というかこいつそもそもよくわからん先に穴の空いた金属の装飾が付いている木の棒しか持ってないし、武器使いにしては手にマメもないし綺麗すぎる……。どう考えてもこんなバカに難しい理論は覚えられないだろうから魔法や学術関連ってこともないだろ? 吟遊詩人や踊り子……にしては致命的に色気が足りない」
――言いたい放題である。
少女は、『色気が足りない』の部分で少年があからさまに顔や胸を見ながら言い切ったことに気付き、身を乗り出したままになっていた身体を慌てて引っ込め、胸を隠すように両手で庇……おうとしたがちょっと思い直し、わざとらしく敢えて逆に胸を強調するように押し上げ、上目遣いで目を潤ませ、これまたわざとらしく怒気を含ませた声で言った。
「変態さんめ! ……アッシュ君はそういうのが好きなの?」
「そういうことはせめて髪を整えて口に付いたままのケチャップを拭いてから言え」
なお、最後に言われた『色気が無い』以外の『木の棒しか持ってない』『バカに難しい理論は覚えられない』といったその他諸々の悪口は完全に忘れ去られていた。バカである。
アッシュは変態となじられたことも胸を寄せてあげて見せたドルカの様子も冷ややかにスルーしつつ、続けた。
「で、実際何のクラスなんだよ? 今俺が挙げた中に当たりはあるのか?」
少女は渾身の色仕掛けがスルーされたことにちょっとショックを覚えた様子であったが、すぐに本題を思い出し、得意げに答えた。
「残念さんめ! 全部ハズレですー!」
「いちいち言い回しがウザい! だったら正解をはよ言え!」
「さっきから酷い! 私はこんなに真剣に訴えてるのに酷い!」
「あーもう話が進まないからさっさと言えよほんとに!」
ようやくちょっと落ち着いた様子の少女は、改めてむふーっと鼻息を吐き出すと、さっき言われたことを思い出していそいそと髪を整え、ケチャップを袖で拭き取ってから、胸を張り、本人なりに思いつく限りの偉そうなポーズを取り、たっぷりとタメを作ってから言った。
「だーかーら! 私、ドルカ・ルドルカはね、ゆーしゃ様を手伝ったえいゆーが一人! 『遊び人』のまつえーなの! 私のお父さんもじーじもそのまたじーじも代々の由緒正しい『遊び人』なのです!」
ちなみに、ドルカにとっての『偉そうなポーズ』は殺気立った熊が両手を上げて相手を威嚇するポーズによく似ていた。アッシュはこの後ドルカに殺されるのかも知れない。
アッシュは、「だから由緒正しい遊び人ってなんだよ」「ああ、俺はとんでもなくヤバい奴と関わり合いになってしまったんだな」と改めて遠い目をしながらドヤ顔で謎のポーズを決め続けている少女を眺めていた。
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