第二十三話 初のご対面
「どうです皆さん、何かボクの顔を見てわかったことはありますか!? 先ほどお伝えした通り、街を歩いているだけで冒険者の方々に剣を向けられるようになったのはつい数ヵ月前の出来事なのです! 何か気付いたことがあれば遠慮なく言って下さい!」
依頼人であるブルーノが、それまでずっとフードで覆い隠していた顔を出して言ったその言葉に、アッシュはただただ困惑していた。
「どうですアッシュさん! ボクだって本当はゴブリンなんかが住むような森では暮らしたくないんです! 街から逃げ出して暮らしていく場所を探すのに必死だったとはいえ、まさかあんなにゴブリンがうようよいる森だとは思わないじゃないですか!」
……いやぁ、ブルーノさんが暮らしていくにはぴったりの場所なんじゃないかなぁ。
アッシュがそう思ったのも無理はない。フードによって隠されていたブルーノの顔は、髪の毛こそ生えてはいるが捻じ曲がった鷲鼻に尖った耳、そしてギョロついた眼光。肌の色こそぎりぎり肌色ではあったが、その姿はどこからどう見てもゴブリンそのものであった。
「そりゃあ襲われるよりは気軽に挨拶し合える関係の方がありがたいし、ゴブリン相手とはいえ素顔を晒しても平気で関わり合いになれたことは嬉しかったですよ! なんなら一回果物のおすそ分けまでしてもらいましたからね、ゴブリンから!」
思いっきりゴブリン顔だもんなぁ。ゴブリンからも仲間と勘違いされるって相当だよなぁ。
「それで、たまに街に戻ってついうっかりフードが外れてしまうと、やっぱりみんな驚いて逃げていくし冒険者達はボクに剣を向けるんだ! ……確かに、ろくに下調べもせずゴブリンだらけの森に建ててしまった小屋だけど、今のボクにとっては唯一の安らぎの場所だったんだ……」
ただでさえダンジョンより危険だと恐れられている魔窟から、ひょこひょことゴブリンが歩いて出てきたら、誰だってびっくりするよなぁ。冒険者達もきっとみんな間違えちゃったんだろうなぁ。冒険者達も恐る恐る剣を向けて当然だよなぁ。
なお、ドルカについては明らかにゴブリン感丸出しのブルーノの顔が作りものではないことを直接触って確認したくてしょうがない顔をしていたが、いち早くそれを察知したアッシュが今まで以上に強くドルカの両手を右手で抑え込み、ドルカ自身をブルーノの死角になる自分の背中に隠すことで事なきを得ていた。ドルカとしてもアッシュが自分からドルカにくっついてきてくれたことにいたく感銘を受けていた為、まさにWin-Winの関係である。
「まあそんなわけで、ボクはなんだかんだでゴブリン達といい関係を築けていたはずだったんだ。それが一昨日、いつもみたいに通りがかりのゴブリンに挨拶したら、そのゴブリンがボクを見るや否や一目散に逃げだして、その後仲間を引き連れて家までやってきたんだ! ボクは家に閉じこもって震えることしか出来なかった……!」
『あ、こいつもしかしてゴブリンじゃなくね? ニンゲンじゃね?』ってバレちゃったのか。仲間の振りして近づいてきたんだもん、そらゴブリンも怒るよなぁ。アッシュはその一連の光景を思い浮かべて笑いそうになる自分を必死で抑えながら、顔だけは神妙な面持ちをキープして話を聞き続けた。
「それでボクは、何時間そうしていたかわからないうちに寝てしまったんだ。……その時見た夢の中で、ボクは可愛い女の子と結婚していてね、ついつい朝寝坊してしまったボクを彼女が馬乗りになって優しく揺さぶりながら起こそうとするんだ。……そんな幸せな夢から覚めたその瞬間に、寝ているボクの上に馬乗りになっているゴブリンと目が合ったボクの気持ちがわかりますか?」
ダメだ、もう限界だ。アッシュは息を止め、歯を食いしばって笑いを堪えることに必死であった。
「それ以来、いくら扉をしめ切っていてもどこからかゴブリンが入り込んでくるんですよ! 可愛い女の子に囲まれる幸せな夢を見た日なんて10体ですっ! 10体以上のゴブリンが何故か寝ているボクをじっと観察していて、目が覚めたらベッドの横にゴブリンの顔が10体分並んでいるんですよ! いっそのこと、そのまま幸せな夢を見ながら一思いに殺されていればよかったんだっ! どうかお願いします! アッシュさん、ドルカさん、マヤリスさん。どうかこのボクを助けて下さい!」
ちらりと横目で見ると、マヤリスはブルーノが自分の方を向いていないことを良いことにあからさまに肩を震わせている。一応顔だけは横に向けて笑っていることを隠しているが、肩の震えで笑っていることは一目瞭然である。
――これ、どうすんだよ……。
恐らく原因は、貴方の顔です。悲壮な顔を浮かべて縋りつくブルーノを前に、その言葉をなんとか飲み込みながら、どういう形でこの依頼を片付ければ良いのかと頭を抱えるアッシュであったが、その葛藤はドルカの一言によって一瞬で爆発四散した。
「ねーねー、ブルーノさんってゴブリンそっくりだね! ゴブリンにも仲間って思われたんじゃないの?」
「ぶふぅっ!」
言ったっ! こいつはっきりと言い切りやがった! 本来であれば依頼人相手にとんでもない失礼な発言をしたドルカに対し、わりとガチめの説教をかまさなければいけない所であったが、正直笑いを堪えるのも限界だったアッシュはちょっとだけドルカを尊敬し、褒め称えたい気持ちが勝り、完全に吹き出してしまった。
「こ、こらぁドルカぁ! ……くくっ! そ、その、ブルーノさんになんてことを言うんだっ! ゴ、ゴブリン顔だなんて失礼にも程が……ぶふぉっ!」
そして、建前上このタイミングでドルカを叱らないという選択肢の無かったアッシュは、今まで息を止めてまで堪えていた笑いは他ならぬドルカの一言によって決壊した直後である。アッシュもまたドルカを叱るという大義名分の元ブルーノに堂々と背を向け、口ではもっともらしいことを言ってドルカを叱り付けようとしたが、結局は笑いが勝って最後まで言い切れなかった。
マヤリスもマヤリスでもはや顔どころか身体全部をブルーノから背け、震える箇所が肩から全身にレベルアップしている状態であるが、巧みにブルーノの死角に回り込み、気配を絶つことで笑っていることを隠し通している。流石ベテラン冒険者といった所か、やることが一々ハイレベルで卑怯であった。
なんでそんなにゴブリンに似てるの? と心底不思議そうな、そして好奇心に満ちた顔でブルーノを見つめるドルカとそれを笑いながら形だけ諫めるアッシュ。自分だけ気配を絶って笑い続けるマヤリス。
そんな混沌とした場に更にもう一人分、笑い声が加わった。
「あははははは! ドルカさんって面白い冗談を言う人ですね! ボクがゴブリンに似ててそのせいでゴブリンと間違えられただなんて! いやぁ、腕の良い冒険者が冗談まで上手いとは! あははははは!」
「えへへへー! なんかよくわかんないけど褒められちゃった! ブルーノさん! この私がゴブリンなんてやっつけちゃうから安心してね! でもやっつける時気を付けてね、その場にいたら多分間違えてやっつけちゃう」
この人は何を言っているんだろうか。一瞬で笑いが無に変わったアッシュがマヤリスの方を向くと、同じく完全に無表情に戻ったマヤリスが即座にアッシュに手鏡を手渡してきた。さっさとこの男に現実を直視させてやれ、ということですか。
アッシュは覚悟を決めた。今もなおドルカと一緒になって幸せそうに笑っているブルーノに、無表情のまま鏡を手渡した。
「いやぁ本当に皆さんは楽しい人ですね! こんなに笑ったのは久しぶりですよ……。ん? これは何ですかアッシュさん? 手鏡ですか? 一体鏡がどうしたって……」
手渡された鏡をにこやかな朗らかな笑顔のまま覗き込んだブルーノは、その瞬間固まった。
「ゴ、ゴ、ゴブリンだーっ!?」
「鏡見たこと無かったのかよぉっ!?」
突如鏡の中に現れたゴブリンにパニックを起こすブルーノを見て、アッシュは一体何から話を進めていけばいいのかと頭が痛くなるのであった。
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次話の投稿は明日7時頃の予定です。
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