第二十二話 そら剣も向けられますわ
「『借金バーサーカー』に『混沌の大根使い』……! ここ数日街中で噂になっている超大型新人冒険者じゃないですか! ま、まさかお二人がそんな凄い方々だなんて! 飛んだ失礼を致しました! ボクはすっかりお二人の見た目に騙されてしまっていたようです」
むしろ見た目通りの実力しかないのをしっかりと見抜いていた所を、今まさにマヤリスによって騙され始めたんですよ。依頼人を騙すようなやり方で依頼を引き受けてしまって良いのだろうかと、ついついチラリとマヤリスの方を見てみると、当のマヤリスは最高に良い笑顔で微笑んでいる。
なんだかもう色々と考えるのが面倒になったアッシュは、どの道ゴブリン相手なら自分の魔法だけでもそこそこやれるはずだと思い直し、このままマヤリスの誘導に便乗する形で話を進めていくことにした。
「いやぁ、街中で噂だなんて大げさな! 実際俺達はちょっとだけ運が良かっただけなんですよ。その結果、大した実力も実績も無いのに大物扱いされて、身の丈に合った依頼を探すのが大変になっちゃったので、こうしてマヤリスに頼んであれこれ教わることにしたんですよ」
言っていること自体には何一つ嘘は含まれていない。しかし、敢えてマヤリスの誇大表現に便乗し、いかにも実績に見合うだけの実力と、その実力に裏付けされた余裕があるように見せかけることで、ブルーノのアッシュという少年に対する評価がより高く話が進みやすくなるよう仕向けていく。
今までこちらもまた周囲を警戒したくなるほどに猜疑心が強まり、挙動不審な様子を見せていたブルーノは、今までの態度が嘘のように軟化し、フードが揺れることで顔が見えなくとも笑っているのが見て取れた。
「ああ、意を決してギルドまで足を運んでよかった……! 以前から興味本位で魔窟に来るようになってはいたのですが、流石に冒険者の方と話す勇気は無かったもので。魔窟に通い出した頃からそれ以外のショイサナの住人や冒険者さん達からはなんだか目の敵みたいな扱いをされ出すようになって、何も信じられなくなって、それで、それで……っ!」
目に見えるもの全てを疑ってかかる生活は、相当神経に来るものがあったらしい。ブルーノは、緊張の糸が切れるや否や嗚咽交じりでその心中を訴え始めた。
「そうだったの……今まで大変だったのね。でも大丈夫よ? 貴方の依頼は私たちがちゃぁんと引き受けたわ。さあ、教えて頂戴? 貴方の家の周りに沸いたゴブリンについて」
そのマヤリスの言葉で、ブルーノは完全にこちらを信じる気持ちになれたのだろう。ひとしきり泣いたことでさっぱりとした様子を見せながら、ブルーノはようやく家の周りに沸いたというゴブリンについて話し出すのだった。
「先ほどお伝えしたように、魔窟に通うようになってからショイサナの人たちから怯えられるようになって、とてもじゃないけどショイサナには住めなくなってしまったんです。酷いときは冒険者達に剣まで向けられるようなこともありましたし。それで実は、ボクは今ショイサナの外れの森に小屋を建てて暮らしているんです」
ブルーノは淡々と、自分の身の上について話し始めた。
「その小屋に移り住むようになってから気付いたんですけど、その森は元々ゴブリンの住処だったようで、ちょっと泉や果樹があるような方へ入っていくだけでゴブリンとばったり出くわすなんてことはしょっちゅうでした。しかし、なんでかわからないのですが、ゴブリン達がボクを襲うことはなかったのです」
「人間と積極的に敵対しないゴブリン……。そんなことがあるのか……」
「ゴブリンだって厳密な意味では魔物ではなく知性を持つ魔族。多少なりとも知性のある相手であればゴブリンに限らなくとも共存はあり得るわよぉ? ……お互いの本能レベルの常識の違いが邪魔をして、どちらかの世代交代のタイミングで破綻するのが世の常みたいだけれど」
思わず独り言のようにつぶやいたアッシュの言葉に、マヤリスが優しく捕捉を入れる。
「流石は二つ名持ちの冒険者さんですね、そんな事情にも精通しているとは! ……それはさておき、そんな感じで今まではゴブリン達とも上手くやれていたのです。なんならばったり出くわした時に『よっ』てな具合で挨拶を交わすくらいでした。ボクとしても、不気味ではあるけれど襲われずにいられるならそれに越したことはないし、こんなフードを被って、顔全部をすっぽりと覆い隠さないと街中を歩けない状態でしたから。正直ちょっと気が休まる所もありました」
そう語るブルーノに対し、アッシュはどうしても一つ気になることがあり、話の途中ではあるが質問を投げることにした。
「なあ、ブルーノさん。途中で口を挟んでしまって申し訳ないんですけど、どうしても一つ気になることがあるんです」
「なんだい? ボク自身何か見落としてることもあるかもしれないからね、いつでも口を挟んでくれて構わないよ」
すっかり気を許した様子のブルーノは、そうおずおずと切り出したアッシュに対し気さくに答える。
「ありがとうございます。……それで、俺が気になったのは、なんでブルーノさんが街の人にそこまで恐れられるようになったのか、……ってことなんだ」
「なんでも何も、ボクが魔窟に足を運ぶようになってからのことだから、魔窟に入り浸るような奴は受け入れられないってことじゃないのかい?」
ブルーノはその時の街の人々の様子を思い出したのか、再び声が震え出した。
「そうね、私もおかしいと思うわ。……ここにいるアッシュちゃんとドルカちゃん。この二人も丁度今朝ギルド本部の冒険者達に剣を向けられたみたいなのだけれどね、それだってかなり珍しい話だったのよ?」
マヤリスもまた、同じ違和感を覚えていたようである。その言葉を聞いて、ずっとむにむにとアッシュの腕を触って遊んでいたドルカの手付きが強張ったことに気付いたアッシュは、空いていたもう片方の腕でドルカの強張った腕を無言でさすってやった。たったそれだけのことで一瞬で機嫌が回復し、ぴょんぴょんと飛び上がる様にして喜びだしたドルカに苦笑しつつ、アッシュは続けた。
「そうそう、俺達も今朝冒険者達に剣を向けられたばかりなんです。……でも、それは俺達が一昨日街中に大根を放って街中の冒険者達を追いかけまわしたからで、逆に言えばそこまでぶっ飛んだことをしない限り、ちょっと魔窟に足を運んだくらいで剣を向けられるなんて考えられないな、って思ったんですよ。……何か、他に原因がある気がするんですが、心当たりは?」
「そうですか、お二人も随分と苦労されてらっしゃるんですね……。心当たり、これと言って思いつくものはないのですが、強いて言えば、ある日から突然皆ボクの顔を見てギョッとして、蜘蛛の子を散らすように逃げ出すか明らかに警戒した様子で剣に手をかけるか、といった様子に変わったんです。だからこのフードを使って顔全部を覆って暮らすようになったんですが、気になることと言えばそれくらいでしょうか」
そう言うと、ブルーノはまた怖くなったのか、再びフードに手をかけ、念入りに深く被り直した。
「ブルーノさんの顔を見ただけで恐れる……? 俺達でさえ顔を見られたくらいじゃそんなことにはならなかったのに、何でブルーノさんだけ顔を見たくらいでそこまで過敏に反応するんだ……?」
その、質問とも独り言ともつかないアッシュの言葉を受けて、ブルーノは意を決したように言った。
「……ボクと同じように、剣を向けられたというお二人なら、何かわかるものがあるかもしれない」
ただそれだけ言葉を発したブルーノは、緊張で手を震わせながら、それでも止まることなく両手をフードにかけ、初めてその顔をアッシュ達に見せた。
「どうですか、アッシュさん、マヤリスさん、ドルカさん。……皆さんから見ても、ボクの顔に何か変なことでもありますか?」
――いや、なんていうか、変も何も……。
意を決してフードを外し、初めて見せたブルーノのその顔は、驚くほどにゴブリンそっくりだった。
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