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第十九話 基本的に魔窟の店の名はインパクト重視

「依頼ってこんなに稼げるんだな……」


 遅めの昼食を終え、ドリーから渡された依頼の報酬がどれくらいの物だったのかを数え終わったアッシュは、その金額の多さに驚いていた。


「5000ペロ。まあ街のすぐ外の調査依頼で戦闘は無し、対象の排除のみにしてはそれなりに貰えたわね。やっぱり他の冒険者が敬遠したのが大きかったのかしらぁ?」


 一方マヤリスは、その金額を見て驚くでもなく、冷静に依頼の難易度から見た報酬の相場と今回の報酬の金額とを冷静に比較するあたり、流石はベテラン冒険者といった所である。


「むひょー! みっひゃいもらえはならほれれおうひはえる? みんらほおうひ!」


 一人だけデザートまで注文し、口いっぱいにもっちゃもっちゃとアップルパイを頬張ったまま何やらドルカがしゃべっているが、どうせ大したことは言っていないだろうとアッシュは無視をすることにした。


「こんなに簡単に5000ペロも貰えて良いのか? って思ったけど、よくよく考えたら100万ペロの借金を返しきること考えたら、生活費抜きにして考えてもあと200回依頼をこなさないといけないのか……」


 ちなみにそこそこの生活水準の一般市民の世帯全体での月々の収入が5万ペロ、といった所である。夫婦に子ども、祖父母が総出で丸三日働いてようやく得られる額のお金を、たった半日、しかも実際に依頼に費やした時間は数時間もないとなれば、アッシュが驚くのも無理はなかった。

 だからこそ、100万ペロという借金の額の大きさにもまた途方に暮れてしまうのだが。


「だからこそこれからまた別の依頼を受けに行くのでしょう? それに、経験積んで強くなれば一回の依頼で10万単位、100万単位の報酬を得るのも当たり前になるから、それまではコツコツ頑張りましょ?」

「コツコツしてる間にディアボロスが来たらと思うと……」


 再び瞳から輝きが失われ暗黒面に堕ちていこうとするアッシュに対し、マヤリスは言った。


「まあまあアッシュちゃん落ち着いて。実は、その借金を一気に返す方法についてもちゃんと考えてるから」

「本当ですかマヤリス様ぁっ!?」

「本当だからちょっと落ち着いて? 今のアッシュちゃん、目が血走って鼻水垂れ流しで色々と怖いわぁ……」


 瞬きもせず血走った眼を見開いた状態でテーブル越しに身を乗り出してきたアッシュをなんとか遠ざけ、マヤリスが続ける。


「借金を一気に返済できる、冒険者ならではの一攫千金の方法。それはね、ダンジョン攻略よ」

「ダンジョン攻略……!」


 マヤリスが説明を始めたことで段々とアッシュの理性が戻っていく。なお、ドルカは借金バーサーカー状態のアッシュをちょっと楽しみにしていたのか、アッシュが徐々に理性を取り戻していくのを見てにっこにこに上がりきっていた口角が徐々に下がっていった。


「ショイサナ周辺は今もまだ瘴気が噴き出てるスポットがあちこちにあって、週に1個単位で新しいダンジョンが生まれては冒険者達に潰されているの。もし最深部まで到達してお宝やダンジョンの核を持って帰れたなら得られるお金は100万なんかじゃ効かないわよ?」

「確かに、ダンジョンを俺達だけで攻略できちゃえばそれだけがっぽり入って来るのかも知れないけど……。他の冒険者達と競争の上、どんな魔物がいるかもどれくらい深いのかもわからない所に乗り込んでいくのって、相当難しいんじゃ?」

「新しいダンジョンならその通りね。今のアッシュちゃんが遊び半分で足を踏み入れたら1時間も経たないうちに死ぬわね。だけど、私が考えてるのはもっと別のダンジョン。……詳しく説明してあげたいけれど、この話は後回し。……ねぇ、エリス?」


 そう言って、テーブルを挟んで向かい側に座っていたアッシュの後ろに視線をやったマヤリスに釣られ、アッシュも後ろを振り向いてみると、そこには依頼表と思われる紙片を持ったエリスがいた。


「ドリーから皆さんが食事休憩を取った後に来るはず、と聞いたものですから。頃合いを見て私の方から来ちゃいました。……まだお話の途中でしたか?」

「いいえ、どの道途中で打ち切って依頼の話を聞きに行くつもりだったから。来てくれて嬉しいわぁ」


 そう言って、マヤリスはエリスに空いていた椅子を進める。円卓に4人、膝をつき合わせる形となった所でエリスが依頼表を机の上に置き、説明を始めた。元々アッシュとマヤリスが対面に、その間にドルカが座っていた関係で、エリスは正面に座るドルカに対して依頼表を広げる形になった。

マヤリスやアッシュではなく、自分に向けて依頼書を広げてくれたエリスにドルカは「うひょー!」と叫び感激していたが、チラッと見ただけで自分が理解できるものではないと悟り、次の瞬間にはまたアップルパイを頬張る作業に戻った。


「依頼の内容は家の周囲に沸いたゴブリンの討伐と依頼人の護衛。可能であればゴブリン達が突然依頼人を襲うようになった原因の究明もお願いしたいとのことです。」

「なるほど……。ゴブリン相手に討伐と依頼人の護衛だけならまさに初心者向けの依頼って所ねぇ」


 机に置かれた依頼書を眺めながら、マヤリスが言った。


「原因の究明……。その原因によっては、元を絶つところまで依頼に含まれてくるんですか?」

「恐らくはそうなります。依頼の詳細や細かい条件については依頼人が直接会って話したいとのことなのですが、いかがでしょうか?」


 アッシュの質問も恐らく予想の範囲内だったのだろう。エリスはすらすらとよどみなく答えて見せた。


「報酬は? まさかそれも依頼人と直接その場で交渉ってことはないでしょう?」

「そうですね。一応の目安として、依頼人を襲ったゴブリンを全て討伐した所で小銀貨1枚。原因の調査は調査にかかった日数分の小銀貨を。ただし日数の上限は4日として、それ以上日数が必要だと判明した時点で依頼人と報酬や契約内容の変更について相談してください。原因の根絶に関しては、詳細をギルドも感知しておく必要がありますので、判明した時点でギルドにも合わせて報告をお願いします。原因究明に関する報酬はその内容次第でギルドからもいくらか支払われることになります。なお、討伐したゴブリンには通常通り討伐証明部位の個数に応じてギルド側から報奨金が出ます。ゴブリンの場合は1匹で大銅貨2枚、つまり200ペロですね」


 依頼の詳細や細かい条件まで、全て頭の中に入っていたようで、エリスは依頼表を見もせずに答えていく。


 ちなみに、小銀貨は1枚につき1,000ペロの価値があるので、今回の依頼は最低でも依頼人から2,000ペロ、更に、倒したゴブリンの数だけ200ペロがギルドから追加報酬として出されるという計算になる。

 この、魔物を倒すことそのものにギルドから出される報酬は、ギルドにて買取を行った魔物の素材の売り上げの一部を還元する形で充当されている。これは、ゴブリンのような、数ばかり多くて倒した所で何かの役に立つ素材が取れるわけでもない、だけれども誰かが倒してくれないと増えすぎて困る、といったタイプの魔物を倒してくれる冒険者がいなくなってしまうことを防ぐためのシステムである。ざっくりと言えば素材が売れる魔物で得た利益から、売れる素材の無い魔物を倒した際の報酬をギルドが代わりに出しているということである。

 その為ギルドで素材買取を頼むと市場に直接卸すより査定金額が低くなりがちではあるのだが、ほとんどの冒険者は、このシステムによって数体のゴブリンを倒すので精一杯の新人冒険者達や魔物に怯える近隣の住民が救われていることを理解している為、文句を言う者は少ない。中堅以上の冒険者達であっても大物が見当たらなかったり、怪我や武具のメンテナンスで100%の実力を発揮できない時はゴブリン退治で小銭稼ぎに勤しむものであるし、そもそも彼らもまた、初めはゴブリン退治で食いつないでいた新人だったし、もっと言えば冒険者によってゴブリンやスライムなどから救われた小さな村々の出身が大半なのだ。


「……ふぅん。まあ高過ぎずもなく安過ぎずもなく、まさに相場通りって所ね。ちなみに、今の時点で何体ぐらいのゴブリンが目撃されているのかしら?」

「10体程、と聞いていますが、とにかく詳細は本人が直接会って説明したい、とのことでしたので……」

「……ふぅん? まあ、そういうことならとりあえず会いに行ってみましょうか。それで、依頼人は今どちらにいらっしゃるのかしらぁ?」


 頑なに詳細は直接会って話したい、と言い張った様子の依頼人について、何か違和感を覚えたのか、マヤリスはエメラルド色の目を細めながら、その居場所を尋ねる。

 なお、ドルカについては違和感どころか話を一切聞かずに完全にアップルパイに集中しており、最後に放り込んだ一口が思いのほか大きかったのか、ほっぺたまでいっぱいいっぱいに膨らませた状態でフリーズしている。その目はとっくに飲み干していた自分のグラスを前に、絶望に染まっていた。見かねたアッシュは何も言わず、ドルカに自分の飲み物をくれてやった。


「依頼人は現在、自宅を離れ魔窟内に宿を取っているようです。『墓場の揺り籠』、マヤリスさんならご存知ですよね? 彼の名前はブルーノ。宿でその名前を出せば部屋まで通すように言伝しておくとのことです」

「ああ、あの宿ね。わかったわぁ。それじゃあアッシュちゃん、ドルカちゃん、早速依頼人の元に向かいましょうか」

「いや、どんな名前だよ!? 宿屋でしょ!? 宿屋なんでしょ!?」


 魔窟に店を構えるに恥じない、わけのわからない名を冠したそのカオスな宿屋に、アッシュは全力で突っ込むのであった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


ここ最近書き溜めが捗らず減っていく一方ですが、なんとか毎日更新頑張ります。


次話の投稿は明日7時頃の予定です。

もしよろしければブクマ、評価、感想などよろしくお願いいたします。

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