第十八話 野に放たれたやべぇ奴ら
「それじゃあアレクサンダー! 元気でねー! ゴブリンなんかに負けないでねー!」
巨大大根滑り台でひたすら遊んでいたドルカが、名残惜しそうな目でアレクサンダーに別れを告げる。完全に遊具としてしか見られなくなっても、大根達の忠誠は失われないらしい。アレクサンダーをはじめとした大根達もまた、名残惜しそうに葉を震わせて別れを惜しんでいる。
「ねえ、ほんと何なのあの大根……? 私の知ってる歩き大根と全然違うんだけど……。あれ、本当に私の香水でああなったの?」
「正直その辺は俺に聞かれてもさっぱりです……」
生みの親であるドルカとアッシュに従順で、二人を護る為ならば身を挺して庇うことさえ厭わない。そして何より、圧倒的なまでの数の暴力。流石に魔窟の冒険者達まで含めて相手取るとなると厳しいものがあるだろうが、それでもギルド一つ分の冒険者をまとめて相手取って不足が無い位の戦力にはなるのではないだろうか。初見でこの大根達が襲い掛かってきたのを見て、冒険者達がマンドラゴラだと勘違いしたのも頷ける話である。
なお、この大根達はバーサクモードのアッシュより、マンドラ大根という命名をされており、その名づけの場面に居合わせた冒険者達の口コミによって既にその呼称は広く浸透してしまった。
その結果、学術的興味一転においては魔窟の冒険者と負けず劣らずの変態っぷりをみせる魔術ギルドの学者気取りの冒険者達の間で、新種の魔物として扱うべきかあくまで魔力を帯びただけの植物と扱うべきかで激しい論争にまでなり始めていることを、アッシュ達はまだ知らない。
そんなマンドラ大根達のリーダーのようなポジションに落ち着きつつあるアレクサンダーは、最後の別れ際にドルカにさっと近寄ると、ドルカに向かってわさわさと激しく葉を揺らし始めた。
「うひょー! くすぐったい! なになにアレクサンダーどうしちゃったのー! お別れが寂しいのー?」
その光景を眺めていたアッシュは、アレクサンダーの葉から何かがぽろぽろと零れ落ち始めたのを見逃さなかった。
「ドルカ! 大根の種が入ってた袋はまだ持ってるか?」
「えー? 持ってると思うよー。ちょっと待ってね……」
すかさずポシェットを開いてごそごそと袋を取り出すと、アレクサンダーはその袋目がけてなおのこと激しく葉を揺さぶり始めた。
「ドルカ! その袋をしっかり広げて持ってろ! アレクサンダーが種を落としてくれてる!」
「なんですとー! ってことはまたいっぱいこの子達増やせるんだね! うひょー!」
そう、アレクサンダーは先ほどから一生懸命に自身の葉に実った種をドルカに受け取ってもらうべく、わさわさと葉を揺らしていたのだ。
袋の口をいっぱいに広げて待つこと数分。種で袋がいっぱいになったことを確認したアレクサンダーは、今度こそ満足げな様子でドルカに会釈をし、離れていく。
「なあマヤリス、また例の植物の成長を促進する香水、作ってもらえるか?」
「もちろんよぉ? ……ただ人目に付かない所に逃げてもらうだけのはずが、予想外の戦力強化になっちゃったわね」
「アッシュ君! 今度こそ! 今度こそこの子達を育てて美味しく食べよう!」
「……お前はこいつらをペットだと思ってるのか食料だと思ってるのか、結局どっちなんだよ」
思わずぼやいてしまったアッシュの言葉は、当然の如く人の話を聞かずその辺を意味もなく駆け回っているドルカの耳には入らなかった。
「……というわけで、町外れで目撃された巨大植物は、やっぱりマンドラ大根でした。もっと人目に付かない所に行くよう伝えたので、これでもう街の人が見つけて怯えることはないはずです」
「おっけ~。じゃあ依頼達成ってことでー。はい、これ報酬ねー」
結局何をしに行ったんだかよくわからない結果ではあったが、依頼は依頼。冒険者として初めての依頼をこなして緊張気味に達成報告をしに行ったアッシュを迎えたのは、気だるげに肘をついたままのドリーのやる気のない声であった。
「あ、ありがとうございます! ドリーさんが紹介してくれたこの依頼、やっぱり俺ら向けというか、あっさり解決できたので……」
「はいはーい。そういうのいいからー。でもまあちゃんとお礼言うあたりは偉いんじゃなーい? じゃそういうことで。……エリスばっかじゃなくて、たまには私のとこにも話に来てよね。ここの連中頭おかしい奴ばっかだし」
仕草や返事こそ気だるげなままではあるものの、どうやらきちんとお礼の気持ちは伝わったようだ。ドリーの頬にほんのり赤みがさしたのを見て見ぬふりしつつ、アッシュは最後にもう一度、軽く会釈をして報酬を受け取る。
「うひょー! アッシュ君はやくはやく! いくら入ってるの、ねえねえいくらー!?」
「ちょっと待てよドルカ! 一旦受付から離れないと待ってる人が居たら迷惑だろうが」
「そうよードルカちゃん。そうね、あそこのテーブルが空いてるからあそこで中身を確認しましょ?」
そんなことを言い合いながら立ち去ろうとするアッシュ達に向かって、ドリーが思い出したように声を掛けた。
「あ、そうそう。またエリスがあんた達のこと探してたよー。エリスからも指名依頼だってさー。そのお金、確認してからでいいからエリスのとこも行ったげてねー。……あーあ、愛されてんねーほんと」
「俺達に、エリスさんから指名依頼……?」
こんなに立て続けにうまい話があっていいものなのだろうか。それとも、ドリーもエリスがそれだけアッシュ達のことを気にかけてくれているということなのだろうか。ギルド本部の冒険者達に酷い言われ方をして傷ついていたアッシュだったが、だからこそ、こうして色々と気遣ってくれる人の心に触れたことで、じんわりと胸が温かくなるのを感じたアッシュであった。
「ありがとうございます! それじゃあ早速エリスさんの所にいってみるか!」
「待ってアッシュちゃん。その前に、今回の依頼の報酬の確認は必要よ? それに、もうすっかりお昼も過ぎてるし、まずはお昼を食べて一息つきましょ?」
そのマヤリスの言葉で、アッシュもまた空腹であったことに気付く。よくよく考えてみれば、依頼探しで魔窟ギルドとギルド本部を往復し、マヤリスとパーティを組んで依頼をこなしと朝からずっと動きっぱなしであった。
アッシュ達三人は、ひとまず今回達成した依頼の報酬の確認がてら、ギルド内の酒場で遅めの昼食を取るのであった。
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