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第十七話 話せばわかる大根ってなんだよ

「この子達が冒険者達に怯えずに暮らせる場所よね? ……ひとつ、心当たりがあるわぁ。」


 もし万が一この大根達に襲われるようなことがあれば、近づかれる前に香水(毒)をまき散らし、根絶やしに出来なければ負ける、と冷や汗が出るような想像を振り払うように、大根が穏やかに暮らしていける土地についてマヤリスは思考を切り替えていく。


「マーヤちゃん本当!? やったねアレクサンダー! これで好きに増えていけるね!」

「ま、まだ増やす気なの……?」

「増えるかどうかはさておき、それってどこなんだ? ここから近いのか?」


 ここまでずっと余裕たっぷりに微笑を浮かべていたマヤリスが思わず素で引いてたじろいでしまったことに気付かぬまま、アッシュは何の悪気もなく話を続けていく。


「そ、そうね……。ショイサナの北側の森は、この辺りだと比較的魔物も弱いし安全よ? その代わり嫌になる位ゴブリンだらけだけど。まあ、そのアレクサンダーちゃん、でいいのかしら? 一番大きな大根ちゃんが居ればまず近寄ってこないでしょうし、そうでなくともそれだけの数がいれば最悪ゴブリン達と戦いになっても数で押せると思うわぁ。実際冒険者相手に似たようなことをやらかして生き残ってるわけだし」


 他の土地は流石に住んでいる魔物の強さが段違いだから厳しいと思うわ、と付け加えつつ、マヤリスは森までの道のりを詳しく説明し始めた。


「道、といってもそんなに難しくないわぁ。確かあなた達が隠れていた林とも川一本挟んで隣り合っていたはず。あの林を伝って川に向かって、そのまま川を渡ればゴブリン達の縄張りよ」


そう説明するマヤリスに対し、アッシュはふと思い浮かんだ素朴な疑問について尋ねてみる。


「ショイサナ程の危険な土地でも、ゴブリン達が群れを作れるような場所があるんだな。出来たばかりのダンジョンならまだしも、ショイサナの周りにはもっと危険な魔物しかいないものだと思ってたよ」

「大体その認識で正しいわよぉ? 魔物からしてみれば恐ろしい強さの冒険者がごろごろいるような街の近くは一番危険なエリア。ゴブリン達は他の魔物や魔族に追いやられて一番危険な土地でこそこそ隠れ住んでいるに過ぎないわぁ」


 ちなみに、魔族と魔物の違いは、人間かそれに準じる知性を持った人型の生物か否かという定義がなされている。その定義に従うならばゴブリンやオーク達もまた魔族に分類されるはずなのだが、その脅威度の低さや数の多さから、『魔物』という広い括りで一緒くたに扱われることが多いため、少々ややこしい事態になってしまっているのが現状である。

 世間一般で言う所の『魔族』は、少なくともオーガやミノタウロスより上の格の、特に強力な魔法を得意とする人型の魔物を指すことが多く、要するにきっちりと相手の操る魔法に対策を整えておかないと厳しい相手と、シンプルに物量と質量だけで押し切れる相手で『魔物』と『魔族』を使い分けていると捉えておけばおおよそ間違いはないと言える。

同様に、知性こそ備わっていないものの恐るべき力を秘めた魔物は『魔獣』と呼ばれ、これもまた世間一般で使われる『魔族』とほぼ同じレベルの脅威度の生物を広い括りでの『魔物』と分けて扱う為の呼称として使われている。


「そして、それは人間たちにとっても好都合。本当に危険な魔獣や魔物の群れがお腹を空かせて彷徨い始めた時、ショイサナより先にゴブリン達の集落を襲ってくれれば、人間には被害を出すことなく、いち早く異変を察知して対策を練ることが出来る。もっと運が良ければゴブリン達がその身を削って追い返してくれるわぁ」


 初心の冒険者達からすれば比較的安全に経験を積みつつお金を稼げる場所にもなるし、そうすることでゴブリンの数も一定に保たれて……一石何鳥になるのかしらぁ? と思い出したように付け加えるマヤリス。魔物の分布一つをとっても、アッシュの想像を遥かに上回るような緻密な計算の上でショイサナという街は成り立っている。この街を築き上げてきた偉大なる先達に、改めて尊敬の気持ちを強めるアッシュであった。


「なんか、上手く言えないけど、凄いな……。ゴブリンの住処一つとってもそんなに色々なことが考えられているなんて」

「そんなことが出来るようになったのも、500年前の勇者が魔王を封印して魔物全体の統率を奪ってからだと言われているわぁ。スライムみたいな本当に何の知性も宿っていない魔物を除く、全ての魔物が魔王の名の下に統率の取れた動きで襲ってくるだなんて、悪夢よねぇ」


 たかがゴブリンでさえも、統率する者が現れればその脅威度は、冒険者側も最低でもB級を複数含んだ徒党を組んで挑まなければならない程に一気に跳ね上がる。同じゴブリン同士、オーク同士で行われていた餌や縄張りの取り合いといった小競り合いが、統率者の台頭によって無くなり、その矛先が全て人間に向く。一致団結した時の強さを秘めているのは何も人間だけではないのだ。


「まあ、なんにせよ、そのゴブリンが山ほどいやがるっていう森なら確かに大根達が移り住んでも大丈夫そうだな。……万が一ゴブリンが大根にやられて全滅したとしても、大根達がゴブリンの代わりに危険なモンスターのクッションになってくれれば大丈夫だよな? ……ギルドから怒られたりしないよな?」

「流石のゴブリン達も、たかだか大根達にそう簡単に根絶やしにはされないわよぉ……と言ってあげたいところだけど、この子達例のディアボロス相手にまともに戦って無力化してるのよね。まあ、ドルカちゃんとアッシュちゃんの言うことを聞いてくれてるうちは大丈夫なんじゃないかしらぁ」


 もしダメそうな時は逃げよう。マヤリスは内心そう思いつつ、そんな本音はおくびにも出さず、根拠のない太鼓判を押して見せた。


「マヤリスがそう言ってくれるなら大丈夫か。そしたらアレクサンダー、そして大根達! 話は聞いてたな? 向こうの林を伝って川を越えるまで北に向かうんだ。そこならここよりは安全に暮らせるはずだ。冒険者もよく来る場所だって話だけど、初心の冒険者ばかりだからお前達でも何とかなるし、ドルカも気軽に会いに行けると思う。まあ冒険者達に出くわした時は、襲い掛かられた時以外は適当に逃げてやってくれな? 戦いになっても命までは取らなければ、きっといつか冒険者の方もお前たちを襲わなくなると思うから」


 マヤリスとアッシュが話している間ずっと膝? を折って座っていたアレクサンダーと、そのアレクサンダーの葉を折り曲げて地面に垂らして代わりばんこでミニ大根達に押さえさせ、簡易の滑り台を作って延々滑って遊んでいたドルカと大根達。完全に遊びに集中していた彼らは、アッシュの言葉を聞いて全員が全員「ギクリ」とその身体を強張らせた。


「……もう一回説明するから今度はよく聞いておけよ?」


 そもそも大根が人語を理解し意志を持って歩き回っていること自体が正気を疑うような事象である。流石にそんな大根達相手に「人の話を聞かずに遊んでいるなんて何事だ!」と怒れるほど、アッシュの心は強くなかった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


次話の投稿は明日7時頃の予定です。


もし気に入って頂けた方はブクマ、評価、感想などよろしくお願いいたします。

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