第十六話 大根はペットじゃありません
「……じゃあまあ、マヤリスには回復は頼めないとして」
「副作用にさえ目を瞑れば死にかけからでも一瞬で復活して普段以上の全力を出せるような毒ならいくらでもあるから、いつ頼ってくれてもいいのよ?」
「頼れないとして」
執拗に服毒を進めてくるマヤリスを全力でスルーし、アッシュはこのパーティの戦力について簡単にまとめていく。
「えーっと、とにかく俺が前衛で、マヤリスは毒を使って俺のフォロー。ドルカは俺の魔力や体力が尽きた時の回復。マヤリス自身が怪我を負った時にはそのヤバい毒で勝手に回復してもらうとして……。もしかして、結構バランス良い?」
「悪くはない、といった所かしらね。本来ならアッシュちゃんは前衛で切り込んでもらうよりも、中衛として全体の統制を任せつつ、必要に応じて時には魔法による牽制や回復、また時には前衛と一緒に切り込む、みたいな遊撃ポジションが最適だと思うわぁ。いくらダメージを負っても回復してもらえるとはいえ、一撃で死ぬような攻撃を喰らったらおしまいでしょ?」
確かに、マヤリスの言う通りであった。実際、一昨日のディアボロス戦では、アッシュ自身はドルカを庇った攻撃の余波だけでボロボロになる程のダメージを負ってしまっていた。あの攻撃を自分自身が直接受けていれば、文字通り即死していてもおかしくないことは容易に想像できてしまう。
「そうか、いつかそのレベルの敵を相手にすることを考えると、確かに前衛が必要になるんだな……」
「そのいつかが明日にならないことを祈るといいわ。ディアボロスがいつまでのんびり構えていてくれるかわからないものね」
「あーっ! その話はやめてくれぇ! その為にもこれから俺は必死で金を稼がなきゃいけないんだから!」
借金のことを思いだし発狂しそうになるアッシュ。するとマヤリスは、自分が煽ってきた張本人にも関わらず、アッシュの唇に指を重ね、黙るよう合図を送ってきたではないか。
「ごめんなさぁい、そんな顔しないで? とにかく今は黙って。来たわ」
そう言って、目線で街とは逆の方向に広がる林を示して見せたマヤリスに従い、アッシュもまたそちらを向いてみると……。
「あー! やっぱりアレクサンダーだぁー! うひょー!」
いち早くその姿を発見したドルカが、林に向かって一直線に駆け出していく。その先には、人の身長は優に超え、青々とした葉をばらんばらんと振り回しながらスキップして掛けてくる二股に分かれた大根の姿があった。
「あら、やっぱりアッシュちゃん達の仲間の大根さんだったのね。よかったじゃない。あとは事情を説明して奥に引っ込んでもらうなり連れて帰るなりすれば依頼は達成よ?」
マヤリスにそう言われたことで依頼のことを思い出したアッシュは、慌ててアレクサンダーの元へ駆けていく。
「うひょー! アレクサンダーでっかーい! あはははははははは!」
アレクサンダーに飛びつき、そのままの勢いでよじ登っていったドルカが、大根の葉の隙間から顔だけを出して笑い続けている。その姿を見て初めて、一昨日は自分も今のドルカと同じようにアレクサンダーに乗って街中を練り歩いていたことをうっすら思い出し始めたアッシュは、叫び声を上げながら全力で逃げ出したい気持ちをぐっと抑えつつ、ドルカに話しかけ始める。
「おいドルカ! アレクサンダーに会えて嬉しいのはわかったけど、俺達の目的を思い出せ!」
「もくてきー? アレクサンダー達を使って今度こそ街を征服すること?」
「ちげぇよっ! そうじゃなくて、冒険者や街の住人に見つからないように、もっと離れた所に隠れてもらうって話だろうが!」
記憶力が良いのか悪いのか。一昨日アッシュが語ったらしい恐るべき計画の方だけを覚え、ついさっきドリーから受けてきた依頼の事をきれいさっぱり忘れていたドルカにアッシュが全力で突っ込むと、その話を聞いたアレクサンダーはぶるり、とその大きな体を震わせ、露骨にしょんぼりとした様子で膝を折りたたんで座り込んだ。
「あー! そういえばそうだった! ……とうっ!」
座り込んだアレクサンダーのてっぺんで、青々と伸びた葉っぱを一本体重に任せて地面に向かって倒したドルカは、器用にその葉っぱの上を滑り台のようにして滑り降り、着地寸前になってこれまた無駄に美しいフォームでジャンプ、アッシュ目がけて飛びついてきた。
「きゃほーい! たっだいまー!」
「うわっぷ! ……馬鹿かお前は! 危うく後ろに倒れ込んで怪我する所だったじゃねぇかよ!」
「だいじょーぶだよ、怪我しても私がくっついてればアッシュ君はたちまち元気!」
「怪我すること前提で動かないで貰えませんかね……」
飛びついてきたドルカの上半身を顔面で受け止め、その柔らかさや女性特有の甘い香りを思いっきり味わうことになったアッシュであったが、それと同時にドルカの服にべたべたと張り付けられているアップリケという名の魔物の革や鱗の切れ端が、ゴワゴワザラザラと頬っぺたやおでこに当たる痛みの方が勝っていた。
さくっと顔面に張り付いたドルカを引っぺがしたアッシュは、改めてアレクサンダーの方に向き直ると、アレクサンダーに向かって話し始めた。
「さて、アレクサンダー。今の話が聞こえていたとは思うが、実は街の住人からお前の姿が目撃され、ギルドに調査依頼が届けられていたから俺達は確認の為にここまでやってきたんだ。……その、一昨日俺がお前たちに街の外に潜伏して再び街を襲え! だなんて命令したからこんな所で待っていてくれたのはわかってる。でも、街を襲うのは中止だ。出来れば、ショイサナの連中に見つからないような、もっと街から離れた場所で、元気に暮らしていってほしい」
「えー!? アレクサンダー連れて帰らないの!? 飼おうよ! 私ちゃんと散歩もしつけも頑張るから!」
「話がややこしくなるからとりあえず大根をペット感覚で捉えるのをやめろ! こんだけでっかく育った大根を連れ帰ったら再び街中大パニックになるわ!」
そう、アレクサンダーのサイズは一昨日別れた時から更に一回り成長しており、もはや小さめな小屋であれば優に超えるサイズにまで到達している。たった2日目を離した所でこれだけ成長しているのである。仮に連れ帰ったとして、今以上に巨大に成長したら連れ歩くことさえ難しくなってしまうことは容易に想像できた。
「だからドルカ、悪いけど連れて帰るのは諦めてくれ。それより、こいつらが安全に暮らせる場所を探してやった方がお互い幸せになれるはずだ」
「わかった……。ごめんねアレクサンダー」
ドルカがとてとてと膝? を折って座り込んでいるアレクサンダーに向かって歩いていき、その頭というか、葉っぱが延びる部分に手を伸ばし撫でようとするが、身長が足りないので一生懸命背伸びしてぎりぎり届いた位置をぺしぺしと叩いて慰めようとする。
アレクサンダーもまた、さっき以上に葉っぱをしなしなにさせ、落ち込んだ様子であった。
「……ただの大根が喜怒哀楽を表現してることに、今更突っ込んじゃダメよねぇ……」
なんだかんだでこうして動き回る大根の現物をこの場で初めて見ることとなったマヤリスは、巨大な大根を相手に感動の再開的な様子を見せたり、街に連れて帰るだとか飼うとか飼わないとか言っている二人を見て若干引いていた。
「あ、そうだ! マヤリス。会いに行こうと思えばいつでも会えるくらいの距離で、こいつらが安全に暮らせる場所って、近くにないかな?」
「こいつ『ら』? 大根ちゃんってそのアレクサンダー一体じゃないの?」
――ぞぞぞぞ。
アッシュの言葉を待っていたかのように、アレクサンダーの背後からぞろぞろと無数の手のひらサイズの大根達がやってきて、アッシュ達を取り囲むように丸く一定の距離を保って集まって来る。
「……一昨日、普通の冒険者達が追いかけ回されてトラウマになったっていうのもわかるわね」
前後左右、どこを見ても無数の大根に囲まれている現状を鑑みて、流石のマヤリスもこの大根達が今この瞬間に自分に対し敵意を向けたなら、と無数の大根達が物量に物を言わせて襲い掛かって来る光景を想像し、背中に冷や汗がつたう感覚に身震いするのであった。
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