第十五話 まともに戦う光景が想像できない三人
「街外れ……ってこの辺でいいんだよな?」
ショイサナの街の東、植物型の巨大生物が目撃されたと言われている地点に向かったアッシュ達三人。
万が一その正体がドルカとアッシュが野に放った大根ではなく、魔物だったらと警戒を強めるアッシュとは対照的に、ドルカは完璧にピクニック気分であった。
「いやぁいいお天気だねアッシュ君! 私こういう家を建てて暮らすならこういう所がいいなぁ!」
「一応もう街の外なんだからもうちょっと警戒してくれよ! 万が一その生物が大根じゃなくて魔物だったらどうするんだよ!」
「あらぁ、その時は私が全部一瞬で枯らしてあげるから大丈夫よ?」
そう言ってクスリと笑うマヤリスを見て、アッシュは今更ながら大切なことを聞き忘れていたことに気付く。
「そう言えば、マヤリスの副業が香水屋っていうのはわかったけど、冒険者としてはどんなスタイルなんだ? 見るからに軽装だし、魔法使いとか?」
そのアッシュの問いかけに、マヤリスは笑顔で答える。
「何言ってるのアッシュちゃん。私は本業も副業も香水屋。香水屋として魔物とも戦っているのよ?」
「いや、そうじゃなくて、使う武器とか……」
言葉選びが悪かっただろうか、とアッシュが再度言葉を変えて尋ねると、マヤリスは改めて詳しい説明を始めた。
「だから、私は香水屋なの。私の武器は香水。私に襲いかかる魔物も悪い男も、全部香水で骨抜きにしてあげるのが私のやり方。……アッシュちゃんも一度味わってみる?」
「結構です」
「もう……。釣れないんだから」
既にお決まりの流れになりつつある冗談半分の色仕掛けをさらっと受け流しつつ、アッシュはマヤリスの言葉を盗賊や暗殺者、忍者のようなクラスだと認識して置けばいいのだろうと理解した。
「じゃあまあ、マヤリスは香水屋ということでいいとして。……一応聞いておくが、ドルカはどうやって魔物と戦うつもりなんだ?」
「え? 私?」
意味もなくアッシュとマヤリスの周りを延々とスキップして回っていたドルカは、腰に当てた両手と高く上げた右ひざはそのままにピタッと制止してアッシュ達の方に顔を向ける。
「私の役目はねー、アッシュ君を応援することです! こう、うぉーって! うぉー!」
何故か雄たけびを始めたドルカを見て、アッシュは半ば予想できたこととは言え脱力してしまう。
「やっぱり、こいつは戦力として数えられないよなぁ……」
なにせ、装備らしい装備は何一つ持っておらず、強いて言えば実家から持ち出したというよくわからない麺棒が辛うじて武器と呼べるかどうかという所である。
防御面については、ショイサナに到着したその日の朝に市場で衝動買いしたという名状しがたいデザインのアップリケ(という名のぼろきれ)で不安が無いのがせめての救いだろうか。そのアップリケの正体が、マヤリスでさえ軽く引くレベルで強力な魔物たちの革やや鱗といった素材の切れ端であり、一個一個は使い捨てにはなってしまうものの、服のあちこちにぺたりと貼っておくだけであのディアボロスの魔法さえも無効化するほどの防御力を秘めていることが判明している。なお、デザイン性は皆無である。
また、ドルカ自体もその体力と魔力は異常と言ってもいいほどの力を秘めており、先日の事件の間だけでも、午前中はチンピラから逃げる為に街中を走り回り、対ディアボロス戦ではアッシュが大怪我をする度に生命力の受け渡しで回復。同じく手傷を追った冒険者達にヒールを連発し空っぽになったアッシュの魔力をその都度補充してもまだなお生命力にも魔力にも、一切負担がかかった様子を見せない無尽蔵っぷりであった。
「まあ、ドルカはほっといても死なないだろうし、ほっとけばいっかな……」
「そういうことにしておきましょうか……」
見ていて疲れるという一番のデメリットからは目を背け、アッシュとマヤリスはそういうことにした。
「そうそう、俺は一応剣も魔法もそこそこって感じだ。どっちも村にいた頃に、依頼でやってきた冒険者からさわりだけ教えてもらって、それ以来ずっと独学で勉強してきた。剣は素振り、魔法の方は本でって感じでな。魔法は初級のボール系だけではあるけど、火、水、風と回復魔法も使える。剣の方は肝心の武器がこの短剣一本だけだからちょっと不安だけど、この3人ならマヤリスにフォローしてもらいつつ前で敵を引き受ける感じになるかな」
「アッシュちゃんはほんとに何でもそこそこって感じなのね。それでも回復魔法含め4属性は中々凄いんじゃないかしら?」
実際、魔法使いの大半は大きく分けて二種類に分けることが可能である。複数の属性をどれもそこそこ扱える者と、一つの属性を極めている者。中には複数属性をかなりの水準まで極めている者もいるにはいるが、それでも同じレベルの才能を持つ者が一属性のみを極めた場合と比べるとその威力や精度は大きく劣るというのが通説である。
そういう意味では、実戦経験もなく独学で4つの属性を操れるアッシュは、確かに器用な部類であり、ベテラン冒険者であるマヤリスから見ても中々のそこそこの潜在能力があると認められるレベルであった。
「ちなみに、マヤリスは魔法の方はどうなんだ?」
「私? 私は実戦で役に立つような魔法は使えないわよ? 錬金術は自分でもそれなりのものだと思うけどね。ほら、香水を調合するのに必要でしょ?」
どうやらマヤリスは本当にクラス:香水屋を地で行くスタンスらしい。しかし、錬金術を扱えるというのはアッシュにとって非常に朗報であった。
「錬金術! ってことは、もし何かあった時に回復薬やちょっとした魔道具で……」
「作らないわよ?」
「……え?」
錬金術というものは、技術だけでなく学問としても体系が作られており、その裾野は限りなく広大である。その道を極めた者であれば金鎚を持つことなく剣を形作り、縫い跡一つない服を錬成することも可能である。更には、しかるべき触媒を用意すればそれらの道具に特定の属性を帯びた魔力を付与することさえ可能とくれば、アッシュが少なからず期待してしまうのも無理はなかった。
「私が作るのはあくまで香水。その代わり、ほんのひと吹きで傷を治したり、一時的に筋力を増加させる香水なんてものならたくさんあるから安心してね」
「……それってもう、香水じゃなくて回復薬や増強薬なんじゃ」
「薬!? あんな効果が薄いわりに無駄に高くつくものと一緒にしないで頂戴! 私の香水の『毒』は、そこんじょそこらの魔法薬よりよっぽど効果的で、刺激的よ? ……まあ、その分副作用も酷いけど、それくらい可愛いものよね?」
『邪毒』のマヤリス、またの名を『|死毒の香水屋《ポイズン・パフューマ―》』。その名の通り、マヤリスは香水という名の毒物以外は一切作る気も無ければ持ち歩く気も無いらしい。
「その副作用、後々ヤバいことになったりしないよな……?」
「もちろんよ。ほんの1滴、ほんのひと匙でも分量を間違えたら即死に至るような猛毒同士を掛け合わせて、後遺症を残さずぎりぎり生き残れる範囲に毒の効果を抑え、なおかつプラスの効果を上乗せしていくのがゾクゾクするんじゃないの。街で売られてるような元々良い成分しかない薬草を煮詰めただけの薬なんて私から言わせれば何の面白みもない紛い物よ」
爛々と目を輝かせて妖しく笑うマヤリスは、その一見可憐な令嬢にしか見えない容姿をもってしても、どこからどう見ても昔アッシュが絵本で読んだ邪悪な魔女そのものであった。
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