第十二話 運命の出逢いってこういうことを言うのかしら?
「……つまり、冒険者としてではなく、職人として自身の作ったアイテムを使いこなしたアッシュさん達に惚れ込んだ、とそう仰りたいわけですね」
「仰りたいも何も、さっきからずっとそう言ってるじゃない?」
拳で語り合っている場合でもない限り、冒険者同士の関わり合いには原則不干渉が不問律となっている為内心ハラハラしながらもアッシュとマヤリスの成り行きを見守ることしか出来なかったエリスであったが、仮にその不問律を破り後でギルド長から叱責を受けることになったとしてもこの二人のいたいけな新人冒険者達を狂気と欲望の塊である魔窟の冒険者達の色に染まらせてはいけないと、自身の職務ギリギリの所でマヤリスに再度念を押すように確認を繰り返していた。
「そもそも貴女達受付嬢は、暴力以外での冒険者同士のやり取りには冒険者自身が望まない限り不干渉が原則のはずでしょ? いいのかしらぁ? 貴女の横やりが入ったことで私とアッシュちゃん達が組む話はおじゃん、途方にくれたアッシュちゃんは身の丈に合わない依頼を受けざるを得なくなってこわーい魔物にやられちゃっておしまい。……もしそうなったら、責任を取るのは誰になるのかしらねぇ?」
対するマヤリスはどこ吹く風といった様子で、詰め寄るエリスに対しのらりくらりと受け流してはからかうように笑っている。
「確かに、最初の嘘くさい説明よりはよっぽど筋が通って聞こえます。しかし……!」
――この女はきっと、まだ何かを隠している。
魔窟の受付嬢として己の欲望に忠実な冒険者達の相手をし続けてきた、最長記録を保持しているエリスの勘が、マヤリスは危険だと頭の中で警鐘を鳴らし続けていた。
しかし、マヤリスの語った『本音』は、理屈としては魔窟基準のそれと照らし合わせても納得が出来てしまうものであり、そもそも大所帯という数の暴力で正常な思考を奪われる可能性がより高まるクランに入るよりも、ソロ冒険者が手取り足取り教えてくれるというのであれば願ったりかなったりであることも事実。
エリスは、論理的な思考に基づく結論と受付嬢としての、そして女としての勘に基づく結論との間でせめぎ合っていた。
「エリスさん、俺達の為に色々心配してくれてありがとうございます。でも、もう大丈夫ですよ。俺達、決めましたから」
「アッシュさんっ!? いや、でも……っ!」
「あらぁ? 本人が決めたって言ってるのに、貴女はまだ私に文句があるんですか? アッシュちゃん、私困っちゃった。これから苦楽を共にする仲間として、アッシュちゃんからも言ってやってくれないかしらぁ?」
「マヤリスさんもそうやって逆撫でするようなことを言わないでくださいよ! エリスさんは、本気で俺達のことを心配して言ってくれてるんですから」
アッシュは、なおも食い下がろうとするエリスに対し、優しく笑いかけながら続けた。
「エリスさん、本当にありがとう。でも、大丈夫だと思うんです。ほら……」
「ねーねーお姉さん! 私、お姉さんって呼んだ方がいい? マヤリスちゃんで良い? いっそマーヤちゃんとかどうかな! きゃほーい新しい仲間だっ! うひょー!」
「うふふ。ドルカちゃんの好きに呼んでくれていいのよ? これからよろしくね、ドルカちゃん」
アッシュはエリスに、ドルカが早速マヤリスに馴れ馴れしく突っ込んでいるにも関わらず、マヤリスが優しく受け入れている様子を見せる。
明らかに全力で飛びついていったにも関わらず、姿勢を一切崩すことなく衝撃を全て受け流しなんでもなかったかのように抱き留めているあたり、やはりマヤリスは見かけによらず相当に強いのだろう。というかドルカ、何故お前はそんな強い先輩冒険者相手に躊躇なく飛びついていけるのか。
「ドルカがああやって懐いてますから。あいつ、びっくりする位アホな分、本能で生きてる所があると思うんです。そのドルカがあれだけ信じきって喜んでるなら、まあ大丈夫かなって」
「アッシュさん……」
「うふふ、お姉さんかぁ。私もドルカちゃんみたいな妹が出来て嬉しいわぁ。アッシュちゃんも私のこと、マヤリスお姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」
「結構です」
「あらぁ、釣れないのね。じゃあせめて敬語使うのは止めてちょうだいな。しばらくは私があれこれ教えてあげることになるとはいえ、冒険者として組むのであれば関係は対等。……その方がお互いやりやすいと思わない?」
「……わかった。じゃあマヤリス。これからよろしくな」
「ええ、よろしく」
そう言って用は済んだと言わんばかりに、アッシュ達を先導しながらにこやかに部屋を出ようとするマヤリスを見て、エリスはまだ言いようのない不安を抱えていた。
このまま行かせてはいけない。それなのにこの場でマヤリスを、そしてアッシュ達を引き留める言葉が出てこない。
「……ああそうだ、マヤリス。俺からも一つ、いいかな?」
部屋を出ようとしたマヤリスを、何でもないような口調でアッシュが止める。
「あらぁ? どうしたのアッシュちゃん。これからのことなら、ここでなくともロビーでお茶でもしながら話しましょう? 狭苦しい部屋で長いこと押し問答が続いたから、私喉が渇いちゃったわ」
「お茶! いいねマーヤちゃん! なんかそれすごく仲間っぽい!」
「ほら、ドルカちゃんもそう言ってることだし」と言外に後にしろというニュアンスを込めつつなおも部屋を出ようとするマヤリスに、アッシュはただ一言、こう告げた。
「いや、エリスさんも気になってるみたいだからさ。……マヤリスは、まだ何か俺達に隠してる。でも、ドルカが大丈夫って言ってるから俺もマヤリスを信じることにした。……本当に仲間として認めてくれた時には、その隠してる本当の理由も、教えてくれよな?」
アッシュのその言葉は余りにも自然を装った物言いであり、だからこそ今まで『一切本心を晒してこなかった』マヤリスも、初めて心の底から動揺し、身体を強張らせてしまった。
「……あらぁ? 私、話せることは全部話したわぁ。……何かの勘違いじゃないかしら」
それでも顔にはおくびにも出さず、いつも通りの声色でそう言ってのけるマヤリスは、流石はベテランの冒険者と言った所だろうか。
「あぁ、勘違いならいいんですよ。エリスさんがあんまりにも俺達のことを心配してくれるから、俺にもその心配が移っちゃったのかな? ……なんてね」
そんなあからさまな言い訳と共に、わざとらしい仕草で頭を掻いたアッシュは、驚きのあまり口をぱくぱくさせているままのエリスを見て、力強く頷いて見せた。
――全部、わかってる。
目でそう伝えられたエリスは、そこで初めて、アッシュという平凡な少年が、決してただの偶然で四天王から無事に逃げおおせたわけではないことを理解した。本人が全てを理解した上で、それでもいいと腹を決めて下した決断なのであれば、それは本当に大丈夫なのかもしれない。
そのアッシュの目に込められた力強い決意の意思を感じ取ったエリスは、自分の中で鳴り続いていた警鐘が、その瞬間にぱたりと止んだことに気付いたのは、部屋から出ていく彼らを見送った後の事であった。
――そして、アッシュのその発言に心底驚かされたもう一人。マヤリスはというと……。
あのエリスでさえ精々が嫌な予感がするって位にしか掴めなかった、私が掴ませなかったはずなのに。この子、完璧に私がまだ何か隠してることを確信してる。それなのに、仲間としてよろしくですって? そんなの、そんなのって、遥かに格上の私相手に、本気で対等に渡り合って、あわよくば呑み込んでやろうって考えてなきゃ、とてもできない発想じゃない。
思考がその結論まで至った瞬間に、マヤリスは胸の奥がじんわりと熱くなり、体温が上がっていくのを感じた。
――やっぱり、この子がそうなのかしら。いや、もうそれ以外に考えられないわぁっ!
マヤリスは、ドルカと二人、何の警戒もせず目の前を仲良く並んで歩くアッシュこそが、自分が冒険者生活を勤しむ傍らで、ずっと探し求めていた相手であることを確信した。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次話の投稿は明日24時です。
作者が家を空けていた為ここまで予約投稿で済ませていましたが、何事も無ければ明日には家に帰っているはずです。
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