第十一話 シリアスな空気の中平気でアホなことをやらかすのがドルカちゃん
「……ふふっ、ふふふふっ。あははははっ! ……アッシュちゃんって、本当に面白い子ね。にらめっこは私の負け。……正解よ。私がアッシュちゃん達を仲間にしたいなって思ったわけ、アッシュちゃんの言う通り、私にとっては一番大事な理由をまだ話していないわ」
どれ程の時間、こうして見つめ合っていたのだろうか。内心気圧されないよう、震えそうな身体を必死になって制止しながらマヤリスの瞳を見続けていたアッシュに対し、マヤリスは冷徹な表情を浮かべておきながらその心の内であまりのおかしさに笑い出しそうになるのを堪えていたらしい。
口では「負け」などとさらっと言っているが、それさえもマヤリスの手のひらの上で転がされているだけなのではないかという気にさせられる。そして、何よりアッシュが恐ろしいと感じたのは、それでもいいから、ずっとマヤリスの蠱惑的な微笑に溺れていたいという感情が今もなお自分の内側から沸々と湧き上がって来ていることであった。
アッシュがギリギリの所で理性を保ち、マヤリスという『毒』に耐え何とか普通に言葉をやり取りできているのは、ひとえに、アッシュの視界の端、マヤリスの背後にドルカがの姿が見えたからに他ならない。
仲間にしてねって言ってくれてるんだからさっさとよろしくね! って言って終わりにすればいいのに、なんだか難しい話をしながらすごくシリアスな空気を発している二人を見て、ドルカは「これは話に混ざっちゃいけないやつだ」と本能で理解した。
しかし、アッシュ君に放っておかれるのはつまらないし、何よりふわふわでキラキラしたお姉さんとずっと見つめ合ったり、そのお姉さんがアッシュ君の唇を触ったりさりげなく腕を組んでみたり、もたれかかったりするのを見るのはなんだか面白くない。面白くないけどあれはなんだかスゴい。スゴいから今のうちにじっくり観察して、今度私もアッシュ君に同じことをやってみよう。
そんなことを思いながら二人のやり取りをマヤリスの背後でそわそわと観察していたドルカだったが、アッシュ君がお姉さんに「嘘だ」と言ってからいよいよなんだか空気がおかしい。なんだかよくわからないけど、これは私も何か頑張った方が良いのではないか。
じっとりと汗をかき、顔を青ざめさせながらもマヤリスから目を逸らそうとしないアッシュ君を見て、ドルカは決意した。
しかしドルカはまごうこと無きアホの子である。それはドルカ自身も知っているし、お母さんからもお父さんからもじーじからもひーじーじからも言われてきたことだ。ドルカに出来ることなどたかが知れている。だけど、そんなドルカにも出来ることはある。
――それは、アッシュ君を笑顔にしてあげることっ!
お前はアホの子なんだから、せめていつもニコニコとして、周りに笑顔を振りまく人になりなさい。代々の遊び人の血筋の中でも前例を見ない程にアホの子に産まれたドルカを見て、早々に知性を身に着けさせることを諦めた家族達が、代わりに何回も繰り返し口を酸っぱくして言い聞かせた、数少ない教えである。
ドルカは自分の笑顔に自信があった。何故ならドルカが笑う度、アッシュ君はなんだかんだで構ってくれる。恐らくこの私の笑顔にやられてアッシュ君は私に一目ぼれしてしまったのだろうという確信もある。
ドルカの取った行動はいたってシンプルで、マヤリスの後ろからアッシュ君にだけ見えるように、ドルカの考えたとびっきりのかわいい仕草と笑顔をアッシュ君めがけ送り続けることであった。
――直後、事態は急変する。
エリスによっていきなり首根っこを掴まれとびっきりの笑顔を中断させられたドルカは、「真剣な話の途中に何をしているのです! 何を考えているのですかあなたはっ!」と割とマジなトーンでお説教される羽目になってしまったのだ。アッシュの視界端で、蠱惑的な微笑を浮かべるマヤリスの背後でえぐえぐと泣きじゃくりながら正座でエリスに小声で説教されているドルカ。
その酷過ぎる光景がマヤリスの背後で繰り広げられることにより、アッシュは辛うじてマヤリスの視線に呑み込まれることなく、理性を保ち続けることが出来たのである。
こうして、「いきなり登場した綺麗なお姉さんより私の笑顔の方が見惚れちゃうよね?」作戦は本来の意図とは異なる形でその目的を十分に果たし、アッシュを窮地から救うことに成功したのであった。
「私とこんなに長い間見つめ合ってたのに平気なんて、アッシュちゃんもやっぱりどこか普通の冒険者とは違うみたいね」
「……本当に仲間になりたいと言ってくれるなら、その仲間相手にそうやって試すようなことをするのってどうなんですか?」
ドルカが後ろで説教されている姿に気を取られたおかげで辛うじて耐えられたことは秘密にしておこう。そう思ったアッシュはその後ろめたさを隠すように逆にマヤリスに詰め寄って見せた。
「うふふ。ごめんなさぁい。でも、本当に仲間になる為に必要なことだったのよ? 危険が迫っている時に、私に見惚れて動けませんでした、じゃあ洒落にならないんですもの。まあ、私の魅力に溺れてくれるならそれはそれで可愛がってあげたんだけどね? ……どう? 今からでも溺れ直す?」
「結構です」
「あーあ、振られちゃった。でも、本当にこの私と対等に冒険できるまでになりたいなら、それくらいは言ってくれなきゃね。それじゃ、教えてあげる。私がアッシュちゃんとドルカちゃんを仲間にしたい、本当の理由」
振られちゃった、等と言いつつも悔しそうなそぶりを見せるどころか、むしろ嬉しそうな表情で、マヤリスは笑った。
「私はね、私が作った香水を使って私の予想もつかないような大騒ぎを見せてくれたアッシュちゃん達が、もっと冒険者として成長したらもっともっと楽しいものを見せてくれるんじゃないかって思ったの。私は香水屋。冒険者にして魔窟の職人でもあるの。私はね、二人に私が産み出した可愛い子達(香水)を使って、私をもっともっと驚かせて欲しいのよ」
「それこそ、職人冥利に尽きるってものじゃない?」と、マヤリスは再び白い手袋で覆われたその美しい手で口元を隠しながら、妖しい微笑を浮かべるのであった。
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