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第十話 自信を持って香水だと言い張る勇気

「自分でもわかっていたのよ。『あ、これは肥料だわ』って。わかってもらえるかしらぁ? 『私、香水屋さんなのに肥料を作ってしまったんだ』って気付いた瞬間のあの切ない気持ち」


 そう言いながら、マヤリスは自分の身体を抱きしめるようにしなを作り、顔を伏せた。


「幸か不幸か、出来上がった『それ』はとても良い香りを放っていたわ。だから、私思ったの。『これは香水だ、香水として売ろう』……って。でも、ちっとも売れなかった」


 当たり前である。『植物が良く育つ香水』。どこにどんな需要がある商品なのか全く見当がつかない。畑仕事に勤しむ農民たちが野良仕事中に良い香りに包まれた所で一体何になるというのか。誰かわかる人がいれば教えて欲しい。

 恐らく話の内容は聞き流して、その場の雰囲気だけでもらい泣きしかかっているドルカを横目に、アッシュもまたとりあえず形だけでも神妙な面持ちでマヤリスが続ける話を聞いていた。


「でね、売れないまま数ヵ月が経ったある日、面白い恰好をした変な女の子が、両手にいっぱい色んなものを抱えて目をキラキラさせながら私の露店にやってきたの」


――ねーねーおねーさん! その一番かっこいい瓶に入ってるのはどんな香水なの?


「その女の子は、他にも色んな香水がある中で、迷わず私の最高傑作を指してそう言ったの。私、笑っちゃったわ。『買います!』って勢いよく宣言した後に、両手がものでいっぱいでお財布が出せないことに気付いて『買えない……』って涙目になって震えてるんですもの。嬉しくって、かわいくって、ついついお古のポシェットまでサービスしちゃったわ」

「えへへー。このポシェット、かわいいから好き! 私気に入っちゃった!」

「……気に入ってもらえたなら何よりだけど、あげた2日後にしてもうなんだかよくわからない毛皮の切れ端がべたべた張られているとは思わなかったわ。そのお洋服もそうだけど、そのデザインドルカちゃんのセンスだったのね」


 ドヤ顔でポシェットをアッシュに見せびらかすドルカだったが、マヤリスの言う通りそのポシェットには同じく市場で買ったという、ドルカ曰く『かわいいアップリケ』、はたから見ると名状しがたい革の切れ端にしか見えないそれが所狭しとべたべたに張り付けられており、辛うじてその形と隙間からのぞく地の色で、元々の品の良さと形のかわいらしさがわかるといった具合になってしまっている。


「あー、なんかドルカがすいません……。一応フォローになるかわかんないけど、この切れ端とんでもない魔物の素材で作られてるみたいで、こんなぼろ切れみたいになってるから使い捨てだけど、魔法とか色々無効化できたりして、実用的といえば実用的らしいんだ」

「えっ? ……何よこれ、こんな良い素材を使ってわざわざこんなゴミみたいなアップリケを作った人がいるってこと? これ、本当に売り物として露店に並んでいたのよね? 肥料を香水と言い張って売ろうとしてた私が言うのも変な話だけど、正気を疑っちゃうわ」


 そんなわけのわからないものばかりを目ざとく見つけ、有り金はたいて買い占めたドルカは一体その時何を考えていたのだろうか。何が一番信じられないかというと、それらのほとんどが結果としてドルカの命を繋ぎ窮地をしのぐことに役立ったということである。

 そもそも市場でお金を使い果たすことが無ければチンピラに目を付けられ借金を背負うこともなく、トラブルに巻き込まれることもなかったのだろうが。


「それで、話を戻すとね、その香水が売れたその日の夜の事よ。宿に戻って新しい香水を調合してたらなんだか外が騒がしくって、様子を見てみたら街中に二股の大根がわらわら現れて冒険者を見つけては追いかけ回す大騒ぎになってるっていうじゃない。私、すぐにわかったわ。あの朝の子だって。あの朝私の香水を買って行った子が何かとんでもないことをやらかしたんだわって。後から話を聞いてみたら、マフィアを潰して四天王を名乗る魔族まで香水で育てた大根を使って抑え込んだっていうじゃない? 私、痺れちゃったわぁ」


 恍惚とした表情を浮かべ、自身の頬や唇をほっそりとした指でなぞりながら、マヤリスは続ける。


「作った私でさえ何の役に立つんだかわからなかった香水を使ってとんでもないことをしでかしてショイサナ中の冒険者を震え上がらせた新人さん。実は昨日もどんな子かなって思ってあの筋肉バカ達とはしゃぎまわってる二人を遠くから見ていたのよ? その二人が今朝になって血相抱えて依頼を探していたかと思ったらギルドを飛び出して行って、帰ってきたかと思いきや今度はエリスを捕まえてわざわざ個室で鍵をかけてまで使って深刻な話し合い。ついつい気になって話を聞いてみたら、なんだかとってもかわいそうなことになってるみたいじゃない? 面白いモノを見せてもらったお礼に、困ってるなら力になってあげてもいいかな、って思ったのよ」



 自分でも何の役に立つかわからない売れ残った香水を衝動買いしていき、その香水を使って魔族を相手に立ちまわって見せた新人冒険者に興味を持った。そして、その新人冒険者が困っていることを知り、力になってあげたいと思うようになった。

 話自体は筋が通っており、納得しようと思えばできてしまえる。しかし、曲がりなりにも2日、魔窟で過ごしたアッシュの目には、その余りにも綺麗に整えられた筋道は、異質なものとして映った。


「嘘……ですよね? いや、嘘というよりは、本当のことを言ってないというか、まだ何か理由を隠しているって感じか……」

「……どうしてそう思ったのか、聞かせてもらえるかしら?」


 口元は今まで通り柔らかい微笑みを浮かべたまま、しかし猫のようなくりくりとした釣り目を細めてアッシュを見つめるマヤリス。その瞼の間から覗くエメラルド色の瞳は、ぞっとするほど冷たく輝いて見えた。


「まだ2日かそこらではあるけど、それでもその短い時間の中で最大限に魔窟の冒険者の生き方や考え方を見てきたつもりなんだ。普通の人間が入り込んだら、気が付いた時には誰かの考えに染まって別人になっちまうような恐ろしい場所。それくらい本気でかかっていかないと、ある意味他を寄せ付けない程に突き抜けたバカであるドルカと違ってきっと俺はここでは生きていけない。……だからわかった」


 マヤリスは何も言わず、微動だにもせずにじっとアッシュの瞳を見つめたまま続きを促している。まるで魂ごと吸い取られてしまう程の迫力を持った絵画や彫刻のように、じっと沈黙を続けるマヤリスの、その沈黙こそが肯定を現しているように、アッシュには思えた。


「あんたの話してくれた内容は辻褄こそ合っているけど、『魔窟の冒険者』としては間違っている。ちょっと興味を持ったくらいで数ヵ月、下手しなくとももっとかかるような新人教育なんて面倒ごと、代わるがわる教育係を変えればいい大人数のクランならまだしも、ソロの冒険者が抱えたがる訳が無いんだ。ドルカが香水を買って行って、その香水で俺達がディアボロスと対峙して生き残れたっていうのは、マヤリスさんにとっては興味を惹かれるきっかけにしか過ぎないはずで、本当の理由は別にある。……違いますか?」


 質問という形こそとってはいるものの、アッシュの中には間違いないという確信めいた何かがはっきりと存在していた。

 魔窟の中でも上位の実力を持つマヤリスを相手に、怯むことなくじっとその目を見つめ続けているアッシュを、見定めるように、見透かすように、そして心の内側まで入り込むかのように。マヤリスもまた、アッシュのその強い意志を秘めた瞳をじっと見つめ返すのであった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


次話の投稿は明日24時です。

よろしくお願いいたします。


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