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第九話 邪毒のマヤリス

「そっちのエリスちゃんは私のことよくご存じだと思うけれど、そうでないお二人の為に改めて自己紹介させて頂くわぁ。初めまして、アッシュちゃん。私はマヤリス。ソロの冒険者よ。これから一緒のパーティで頑張っていきましょう? よろしくね、二人とも」

「待ちなさい! 何を勝手に話を進めているのです?」


 気が付いたらアッシュの背後に立っていた貴族の令嬢と見紛うような美女、マヤリスは、もうアッシュ達が自分とパーティを組むことになると確信しているらしい。勝手に話を進めようとするマヤリスに対し、エリスは勢いよく立ち上がりながら抗議の意を露わにする。


「今までずっと一人で行動してきたあなたがいきなり新人二人の面倒を見るですって? 一体何を企んでいるのですか、『邪毒』のマヤリス!」

「え…? 邪、毒……?」


 どこからどう見ても可憐な女性にしか見えないマヤリスからは余りにもかけ離れている二つ名に、アッシュは耳を疑った。


「『邪毒』のマヤリス。ありとあらゆる毒に精通した、毒術のスペシャリスト。それがこの女の正体です。その見た目に惑わされて言い寄ってきた男達に見境なく猛毒を振りまく、ソロにしてギルド本部からも要注意人物として警戒されている人物です」

「酷いわぁ。私は言い寄ってきた男達が本当に私の旦那様に相応しい男か見極めてるだけ。そもそも死人も証拠も出したことが無いのに要注意人物として警戒するだなんて。ねぇ、貴方も酷いと思わない?」


目を離したつもりはなかったのに、気が付けば隣に座り、当たり前のように腕を絡め、悪戯っ子のような表情を浮かべながらもう片方の手の指先でアッシュの唇を優しくなぞってみせるマヤリス。手袋越しに感じたその指先の感覚に、ダグラスとはまた別の異質さを感じたアッシュの心臓は跳ねるように脈打ち、背中に震えが走る。


「……っ! マヤリス! アッシュさんから離れなさいっ!」

「あらぁ? そんなに警戒してくれなくってもいいじゃなぁい。ねぇ? アッシュちゃんにドルカちゃん。……だって私、二人の命の恩人ですものね?」


 いきなりの登場に、予想外の言葉。完全に脳みそがフリーズしてしまっていたアッシュだったが、質問をされたことで我に返り、言われた言葉の意味を必死で考え始める。


――命の恩人? このマヤリスって人が? 少なくとも俺は初対面のはず。それはマヤリス自身が「初めまして」と言ってたぐらいだから間違いない。初対面じゃない可能性があるとすれば、それはドルカの方。でも、一昨日からずっと俺とドルカは一緒にいた。俺と出会う前にドルカはマヤリスと出会っていた? ……まさかっ!


「流石アッシュちゃん。勘の良さと頭の切り替えの早さは悪くないわね。こんなお遊びですぐ固まっちゃう辺りまだまだ可愛いひよっこちゃんって所だけど、そこはまだまだこれから。一人前になるまで、このお姉さんがしっかりフォローしてあげますからねー?」

「……あー! どこかで見たと思ったら! お姉さん、一昨日の香水屋さんだっ!」


 一昨日、ショイサナに着いたその日の朝、ドルカは市場で有り金全部使い果たして買い物をしていた。その時に買ったものの中にあったのが、「植物が良く育つ香水」という名の、「その香りを吸って育った植物を猛毒に変える香水」。この香水を別に購入していた「歩き大根(ウォークラディッシュ)」の種に吹き付けることで、手のひらサイズの意思を持ち歩き回る大根達が生まれることとなった。

 産まれた大根達は文字通り身を盾にしてディアボロスの魔法からドルカを庇い、アッシュがディアボロスと対峙した時にはありったけの種を大根に成長させることで数の暴力で押し切ることに成功した。


「ドルカちゃんもやっと思い出してくれたのね? 私の名はマヤリス=カブトリト。魔窟のソロ冒険者『邪毒』のマヤリス。またの名を『|死毒の香水屋《ポイズン・パフューマ―》』。私はただの香水屋(パフューマ―)って呼んで欲しいのに、みんな邪毒だの死毒など好き放題言って全然私の言うことを聞いてくれないの。まあ、間違ってはいないから否定はしていないのだけれど」


 気が付いた時には音もなく立ち上がっていたマヤリスは、アッシュから離れ、スカートの裾を持ち上げながら優雅に礼をして見せる。その洗練された仕草は、清楚で上品な動きのはずなのに、それと同時に驚くほどに蠱惑的であった。


「アッシュちゃん、私が毒を使うことが意外、……って顔をしてるわね? 覚えておきなさい。『美しいバラには棘がある』って言葉があるけど、あれは嘘。棘を持つことで近づいて来る煩わしい虫共に気を取られることが無いからこそ、バラの蕾はゆっくりと時間をかけて優雅に美しく花開くことが出来るの。 ……私も同じ。私は毒に塗れているからこそこんなにも美しいの。……アッシュちゃんも味わってみる? 私の『ど』『く』」


 優雅に礼をしていたはずのマヤリスが、次の瞬間にはアッシュの耳元で囁いている。目を離すどころか、今の今までずっと釘付けにされているような状態なのに、気が付くと目の前から姿を消しており、意表を突かれてしまう。

 これで一体何回目になるだろうか。そのあまりの身のこなしに確かな実力を感じ取ったアッシュは、マヤリスが仲間になってくれるのであれば心強いと思う反面、当然浮かんでくる疑問もある。


「マヤリスさん、貴女が相当に強い人だっていうことはよくわかりました。目を離したつもりはないのに、気が付いたら懐に入られている。今の俺じゃマヤリスさんに挑んだところで勝負にさえならない。きっとドルカと二人がかりだったとしても同じだと思う。……だからこそ理由がよくわからない。仲間になってくれるっていうのは、俺達にとっては願ってもない話だけど、マヤリスさんにとって足手まといにさえならない俺達を仲間にすることに何の意味があるんだ?」


 アッシュの抱いた疑問は至極真っ当なものだといえるだろう。なにせ、かたやアッシュ達は名前だけが独り歩きしている右も左もわからない新人冒険者で、対するマヤリスは狂人がひしめく魔窟の中でもソロで活動できるだけの技量を持つ、トップクラスの実力を持った冒険者。そんな相手がこちらから頭を下げて何とかお願いするどころか、素性を知りもしないはずのアッシュ達を名指しにして向こうから仲間になると言ってやってきたのである。

 エリスが最初からマヤリスに突っかかっていたのも、その点に引っかかっていたからである。可憐な女性に見えても、その実はダグラス達と同様、己の欲望に忠実でそれ以外のものは倫理も常識もかなぐり捨て自由に生きる魔窟の冒険者。魔窟の冒険者であることを自覚し受け入れてさえいる彼らは、その誰もが狂った価値観を持ってはいるが、そこには必ず彼らなりの理由や行動理念が存在する。

 マヤリスのこの申し出も、何らかの明確な目的があっての行動であることは間違いないのだ。


「……意味。意味、ね……。嬉しかったから、その恩返し。……っていうのじゃぁ、理由にはならないかしら?」


 今までずっと余裕たっぷりの悪戯めいた表情でアッシュ達をからかうように話していたマヤリスが、初めてその余裕を崩し、少し考え込む。少し間をおいてそう答えたマヤリスの声色は、今までになく真剣な色をしていた。


「嬉しかったから、その恩返し……?」

「そ、恩返し。……誰も見向きもしなかった私の最高傑作(香水)を買ってくれたドルカちゃんと、その最高傑作(香水)を使って何をどう間違えたのか四天王なんかと戦って、しかも生き延びちゃったアッシュちゃんへの恩返し。……ねえ、それじゃあ理由にならないかしら?」

 

 ほんのりと頬を赤らめ、ぎこちなく恥ずかしそうに笑うマヤリスは、悪戯っぽい表情を浮かべていた今までよりもずっと自然であどけなく、可憐に見えて。

 何故かアッシュもまた、自分の頬が熱くなるのを感じながら黙りこくってしまったのであった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

ついに3人目の仲間の登場ですが、相手は魔窟の冒険者、やはり一筋縄ではいかないようですね。


次話の投稿は明日24時です。

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