第八話 第三の選択肢
エリスが挙げていった、アッシュとドルカを新人冒険者として受け入れてくれる候補になり得るクランは全部で五つあった。
その名前と概要は以下の通りである。
『剥き出しの筋肉愛好家』。
アッシュも良く知るダグラスが率いている、ほぼ全裸の筋肉崇拝者が集うクラン。入った人間は漏れなく筋肉を愛し筋肉に愛されるようになり、常に半裸でワセリンを塗っていないと落ち着かなくなる。
『ホワイトリリー』。
強くなりすぎて男性冒険者達からアマゾネスと恐れられ、見向きもされないまま婚期を逃した哀れな女性冒険者達が集う婚活クラン。主な活動内容は若さを保つ秘薬、化粧品の素材となる魔物狩りと、何も知らない若手男性冒険者が窮地に立たされた時に釣り橋効果を狙って颯爽と助けに現れること。クランに所属する冒険者達の美貌は、何も知らない男であれば100人が100人目を奪われ口説きにかかる程であるが、魔窟基準で慣らされた倫理も色気もへったくれも無い振る舞いや、言葉の端々から感じる世代の差によってそのうちの99人が違和感を覚えさりげなく逃げ出す。残る一人が迎える未来は、当人の察しの良さに応じて真実を知って絶望するか、最後まで何も気付かずに幸せな家庭を築くかに枝分かれしていくが、今の所ホワイトリリーの離婚率は非常に高い。重婚率も非常に高い。
本来異性であるアッシュはもちろん、まだまだ若いドルカもクランに受け入れられる余地は無いが、窮地に立たされたかわいそうな新人二人を温かく受け入れる優しい私たちアピールをする為、そしてあわよくばアッシュを自分のものにする為に受け入れられる可能性大。
『雑草ゴキブリン』
極限のサバイバルを生き抜くことに快感を覚えた結果、わざわざギリギリの環境に身一つで飛び込んでは何事もなかったかのように戻って来るクラン。今までの最高記録はアンデッドしか出ないダンジョンに食料を持たずに1か月潜伏。アンデッドの安全な食べ方を確立したこと。極限の環境でも生き抜く力を手に入れられると何か勘違いして加入した普通の冒険者達が感情を喪ったナニカに変わり果てて帰って来るという事故が定期的に発生する。
『小鬼愛好家』
ゴブリンを愛するが故に人を襲うゴブリンを殺して回る悲哀に満ちたクラン。恋愛対象はゴブリン。殺害対象もゴブリン。
「ゴブリンは好きか?」と尋ねられた際に「好きです」と迷いなく答えられさえすればどんな相手であったとしても温かく受け入れる。
メスのゴブリンを見て性的に興奮する一方で、人を襲った瞬間に「また分かり合えなかった……」と悲壮な表情を浮かべながらゴブリンたちを屠っていく感情の起伏にさえ付いていければ比較的常識派。
『新人類』
今まで挙げた中では一番の良識派の3人組。アルパカに跨ったゴリラ(ビーストテイマー)とパラグライダーを巧みに操るチンパンジー(レンジャー)、小粋な服を纏ったお洒落なオーク(魔法使い)の3人は、揃って気さくで朗らかな人柄であることが知られており、魔窟で唯一、マスコット的な人気も込みで一般の冒険者からも受け入れられている。当然言葉は一切通じない。
「前も言ったことがある気がするけど、魔窟の中で一番まともなのが人間じゃないってどういうことだよっ!? この選択肢の中から選ぶしかないなら俺達ゴリラの仲間入り決定じゃないですかっ!?」
「そうなりますよね……。ただ、性格的には間違いなく受け入れてもらえるとは思うんですけど、私たちの言葉が通じているのかすら危ういのが難点です。彼らにアッシュさん達を仲間に入れてあげて欲しいというお願いを理解してもらえるかどうか……」
「そんなレベルで言葉が通じてないのっ!? 今まで問題起こらなかったのかよっ! ほんとそもそもどうやって冒険者になったんだよっ!」
狭い部屋の中にアッシュの突っ込みが響き渡った。
「まあ、そういうわけで現実的に私の方から声掛けして応じてもらえそうで、かつ二人ともが受け入れてもらえそうなクランとなるとこの辺りなのですが……」
「……筋肉のことしか考えられなくなるか、自分より遥かに強い年齢不詳の女冒険者達に襲われる危険と背中合わせの生活を受け入れるか、心が死んじゃうようなサバイバルを強制されるか、メスゴブリンに欲情する異常な性癖を毎日見せられるか、言葉の通じないゴリラやチンパンジー、オークと冒険するか。……どれでも好きなものを選べって言われて、エリスさんは選べます?」
「私なら死を選びます」
「ですよね」
――その返答まで僅か0.2秒。即答であった。
「……まあ、強いて言えばホワイトリリーでしょうか。ドルカさんは完全にアッシュさんのおまけということで適当にあしらわれて放置され、アッシュさんは寝込みを襲われて十月十日後には複数の女性冒険者との間に産まれた子を一生懸命あやす素敵なパパになっているでしょうが、間違いなく命の保証はされるでしょう。100年もの歳月を余裕で超える程にあの若さを保ち、冒険者として活動し続けている彼女たちの実力は本物です。ディアボロスが魔物の大軍を率いてきたとしても何とかなるんじゃないでしょうか。……『母は強し』と言いますし」
「ホワイトリリーの人達どれだけ見境が無いんですかっ! それに、どんなに美人だとしても100歳を超える女の人たちと結婚する勇気はないです。」
「アッシュ君と一緒にいれなくなるのは嫌っ!」
完全に八方塞がりである。とはいえ実力のある冒険者の下で経験を積みがてら、アッシュとドルカの二人では到底受けられないような依頼にも同行させてもらい、少しでもお金を稼いでいかなければ出来なければ、結局の所アッシュ達を待っているのは事実上の死である。
どれを選ぶのがマシなのか。ひょっとして大人しく死を受け入れた方が結果として幸せなのではないか。そんな考えがぐるぐるとアッシュの中で回っている。
――その時、不意に背後からからかうような口調でアッシュ達に話しかける声がした。
「あらぁ? 何でソロの冒険者に声をかけるって選択肢が抜けてるのかしらぁ」
「あなたはっ! 鍵をかけていたはずなのに、一体どうやって入ってきたのですっ!?」
「ごめんなさぁい。ちょっと面白そうな話が聞こえてきたものですから」
振り返ったアッシュの目にしたのは、プラチナブロンドのふわふわにウェーブがかったショートカットを揺らす美少女の姿だった。
「そんなことより、聞こえたわよぉ? 手取り足取り冒険のイロハを教えてくれる冒険者を探してるんでしょ? 私なんていかがかしら?」
白くて丸いスズランの花が連なったカチューシャに、ふわりとしたフリルの付いたスカート。ほっそりとした手足は白のタイツと手袋で覆い隠されている。その小さな白い手で口元を隠しながら鈴の音のような声で笑うその女性は、どこからどう見ても冒険者の出で立ちではない。むしろ貴族の令嬢と言われた方がしっくりくる装いと、それに負けないくらい気品のあるオーラ。同い年だと言われても納得できるくらいの肌のきめやあどけなさがあるものの、間違いなく年上だと確信できるのはその物腰と確固たる自信と余裕が滲める物腰からであろうか。
アッシュは突然の美女からの申し出に、ただただ驚くばかりであった。
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