第七話 嘘だ、ドルカが物を考えてる
「……という訳で、マスターからエリスさんに相談した方が良いって言われて戻ってきたんです」
「なるほど、事情はよく分かりました。……管轄が違うとはいえ、同じギルド内での出来事。それも私が勧めて本部に向かって頂いたのに、辛い思いをさせてしまってすいませんでした。まずはそれを謝らせてください」
善は急げと早速魔窟の冒険者ギルドに直行し、エリスを捕まえて事の次第を報告したアッシュに対し、まずエリスが取った行動は、深々と頭を下げることだった。
「そんな、エリスさんは何も悪くありませんから!」
「いえ、よくよく考えれば十分予想できたことだったのです。最初から魔窟に飛び込んで冒険者になった新人はアッシュさん達がショイサナの歴史上初めてで先例が一つも無かったとはいえ、だからこそ普通の冒険者さんから見てお二人がどんな存在と映るか考えなければいけなかったのです。他の魔窟の冒険者さん達は皆冒険者として活動していくうちに段々と人間離れしていき居場所がなくなって魔窟に流れ込むというパターンがほとんどでしたから。……あ、アッシュさん達が人間離れしてるとかそういうことが言いたいわけじゃないんですよ!? あくまで一般的なお話です!」
「いや、そう言いたくなるエリスさんの気持ちもわかりますし、俺はともかくドルカについては当てはまってる気もするし、大丈夫ですよ」
ただでさえ深々と下げていた頭を更に下げ、エリスより背の低いアッシュの目線でもちらちらとうなじが見える程の角度まで頭を下げたエリスを、アッシュは慌てて止めた。
「お気遣いありがとうございます……。このお詫びはご相談頂きました、それなりの腕で信頼のおける、新人をパーティに受け入れてくれそうな余地のある冒険者を探すことで果たさせて頂きます。……と言いたい所なのですが。アッシュさん、ぶっちゃけ、魔窟でそんな素晴らしい冒険者、見つかると思いますか?」
「ですよね……。実力皆無の新人の癖にでっかい実績だけってどう考えても扱いにくいですもんね」
ギルドまでの道中でうっすら浮かんでいた懸念であったが、ギルドの受付嬢直々にそう聞き返されてしまうと流石にがっくり来るものがある。しかし、すっかり項垂れてしまったアッシュを見て、エリスは慌てて言葉を続け、訂正した。
「いえ、そういう意味ではないんです! むしろ、アッシュさんとドルカさんが経験を積む為に入れてもらえるパーティないしクランを探している、ということが彼らに知られたら、ギルドは一瞬でアッシュさんとドルカさんを奪い合う戦場と化す勢いで食いつかれると思います」
「えーっ!? 私たちってばそんなに人気者になっちゃう!? やだなぁ照れちゃうなー」
「ええ、間違いなく。そもそも魔窟の冒険者達は一部のソロや少人数パーティで活動している方々を除けば、その多くがカリスマ的なリーダーを中心に、その思想に汚染……。ゴホンッ失礼しました、その思想に感銘を受け、行動を共にするようになって徐々に人数が増えていくケースが多いのです」
「汚染……」
アッシュの脳裏に、ダグラスの筋肉に魅せられてしまったというガンミの残念過ぎる姿が浮かび上がった。
「その発言は忘れて下さい。なんにせよそういう形で大きくなっていったクランが大半の為、魔窟では冒険者さん同士のちょっとした言い争いでさえクラン間の思想の対立に繋がることが多く、大規模な戦闘が巻き起こることも少なくはないのです」
「ああ、そういえばダグラスに初めてギルドに連れてってもらった時もホワイトリリーの人とダグラスでケンカになってたっけか」
「まさにそういうことです」
「えー? どういうこと? アッシュ君私にもわかるように教えてよー!」
先日正座で長々と説教されたことを受けて、今までなんとか我慢しながら話を邪魔しないようにじっと話を聞いていたドルカだったが、だからと言って内容を理解できるわけではなかったらしく、アッシュに泣きついてきた。
「あー、要するに魔窟の連中はみんな自分が正しいって信じて疑わないからしょっちゅうケンカになるんだってさ」
「そういうことか! で、それが私たちに何の関係があるの?」
「それはだな……。えっと、エリスさん?」
ドルカの癖に妙に鋭い所を突いて来る。ドルカの質問に答えようとしたものの、アッシュ自身もその辺りまで深く理解できていたわけではなく、情けない苦笑を浮かべながらエリスに助けを求めることとなってしまった。
「ドルカさん、例えばドルカさんがお友達と口げんかになったとして、どっちも自分が正しいと信じて引き下がらなかったとします。そんな所にアッシュさんがやってきたらどうしますか?」
「えー? えっと、アッシュ君に話を聞いてもらって、どっちが正しいと思うか聞いてみるかも」
珍しくちゃんと頭を使って回答したドルカに対し、アッシュは信じられないものを見た気になった。ドルカでも理解できる説明をする為にちゃんとドルカに頭を使わせるような質問を投げかける辺り、流石は敏腕受付嬢と言った所だろうか。
「きっとそうなりますよね。そして、今ケンカをしているのは魔窟のクラン達で、お二人はどのクランがより素晴らしいクランなのか意見を求められる立場になってしまっているのです」
「そうなんだー! みんな自分の好きな人と好きに冒険すればいいだけなのにねー」
「ドルカさんの仰るような、周りに一切興味なしという我関せずなスタンスを突き通してるソロ冒険者さんや少人数のパーティもいるにはいるんですけどね。今回アッシュさん達は新人冒険者を受け入れてくれそうなクランをお探しとのことでしたから、必然的にそういう小競り合いのある規模が大きめのクランがどうしても候補に挙がって来てしまうのですよ」
恐らくギルド内で起こるそういった小競り合いをなんとか諫めるというのも受付嬢の仕事の内なのだろう。あまりにも実感の籠ったため息をつくエリスに、アッシュは日ごろの心労をありありと思い浮かべてしまった。
「ほんと、エリスさんも毎日大変そうですね……。実際の所、受け入れてくれそうなクランってどこが候補になりますか?」
「そうですね。単純に、定期的に魔窟外から加入を希望する冒険者が集まるクランを挙げていきましょうか。まずは、アッシュさんもよくご存じの剥き出しの筋肉愛好家。それから……」
次々とクラン名と、簡単にそのクランの特徴と受け入れてくれると判断した理由を挙げていくエリス。その候補のあまりの酷さに、ありありと絶望が顔に浮かぶアッシュであった。
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