第六話 この間ドルカは戯れてる筋肉達を見てへらへら笑ってるだけ
「アッシュちゃん、ドルカちゃん。二人ともベテランの冒険者たちのパーティなりクランなり、良い所を探してそこに入れてもらえばいいのよ」
不純喫茶ガチムチゴブリンのマスターは、こともなげにそう答えた。なるほど、二人だけで受けられる依頼がないなら仲間を増やせばいい。それもベテラン冒険者の仲間に入れてもらえれば受けられる依頼の幅も広がり、学べることも多く、万事解決というわけだ。
「なるほどっ! その手があったのであるっ!」
「ほんと、昨日も一昨日も散々アッシュちゃん達をクランに引き入れたいって騒ぎまわってたくせに、何で肝心な所で思いつかないのかしら? アンタら本当に脳みそ筋肉になってるんじゃないの?」
アッシュがなるほどな、と感心していると、ベテラン冒険者のはずのダグラスも全く同じリアクションを取っていたことにマスターが厳しく突っ込みを入れた。
「そう褒めないで欲しいのである。さっきも言ったのであるが、流石の吾輩もまだ脳みその筋肉は鍛え方から模索している所なのである」
「だから! 脳みそは筋肉じゃねぇよ!」
「諦めなさい、アッシュちゃん。こいつらアタシが何回説明しても脳みそは筋肉じゃないって頑なに認めたがらないのよ」
どこをどう受け取れば脳筋が誉め言葉になるのか。呆れた目でダグラスを眺めてみると、ダグラスは憮然とした表情で持論を語りだした。
「言い張るも何も事実なのであるっ! 証拠に吾輩は脳トレとかいう巷で流行っている脳みそ専門の鍛え方を綴った本も何冊も持っているのである。……今の所どれも単純計算をいっぱいやれだのなんだの、デタラメばかり書かれている本しか見つけられないのは事実ではあるが。そもそも座学で筋肉が鍛えられたら苦労しないのであるっ! プロテインの出番が無くなるではないかっ!」
「だからそもそも筋肉じゃないって言ってるでしょうがっ! ……どう? アッシュちゃん。こいつらいつもこの調子なの。頭痛くなるでしょ?」
呆れた表情を浮かべるマスターの視線の先では、ダグラスがクランのメンバーと一緒になって勉強するくらいなら前に試した頭突きだけで魔物を倒す修行の方が効果的だった田の、いや頭に効くという成分をたっぷり含んだワセリンを塗り込んだ時の方が冴えてただの、頭の悪い話し合いを真剣に行っている。
「あっあの! 事情はよく分かったからさ、もし良ければ私の方から本部の冒険者達に誤解を解いてもらうように話してみようか? ほら、私は本部側の人間だから、アッシュ達が本当はそういう人じゃないんだよっていうのもアッシュ達自身で伝えるよりはちゃんと聞いてもらえると思うから。私以外にもアッシュのヒールのおかげで助かった奴もいたしね」
話に入れてくれと自分から割り込んだのに何も力になれないのはごめんだとばかりに、ガンミは言った。
「あら、本部の冒険者にも話の分かる子っているのね。アッシュちゃん、完全に誤解を解けるかもわからないし、時間もかかっちゃうとは思うけど、お願いした方がいいわ。全員の説得は無理でも、そのキースって子の誤解くらいは解いてもらえるんじゃない?」
「そうね、先輩とのつながりも大事だけど、冒険者にとっては対等に話が出来る同期ってとっても大事だから! 一昨日ショイサナに着いたばかりのキースって子だね? それだけわかってれば今日の騒動で目立った後だし、すぐ見つけて話が出来ると思う。キースって子との仲直りについては私に任せてくれていいよ」
軽くおどけるように、しかし胸を張ってアッシュに約束してくれたガンミを見て、アッシュはちゃんと話を聞いてくれて、ちゃんと見てくれる人もいたんだな、と目頭が熱くなってしまったのを誤魔化しながら、ガンミに頭を下げた。
「ガンミさん、ありがとうございます! 時間はかかってもいいから、なんとかお願いします!」
「はいよ。大丈夫、本部の冒険者達も別に悪気があってアッシュを責めたてた訳じゃないからね」
ガンミは、敢えて何でもないことのように軽い口調で、手をひらひらとさせながらアッシュのことを励ましてくれた。そのさり気ない気遣い一つにさえ、アッシュは涙がこぼれそうになる程に感謝の気持ちがこみ上げてくるのを感じた。
「じゃあそっちの話はこれでいいとして……。後はアッシュちゃん達がどのクランに入るかって話よね。今の所魔窟の冒険者の中だとダグラスが一番の知り合いだとは思うけど、こいつらのクランに入るのだけは止めときなさい。こいつらと毎日一緒に生活するようになったらさっきみたいなバカ丸出しの会話が日常になるわ」
そんなアッシュの様子を見て、マスターは敢えてテキパキと現状の問題を整理し、話を進めていく。マスターの言葉を受けてアッシュももしダグラス達のクランに自分とドルカが入ったらどのような生活になるかをちょっとだけ想像した所、翌日にはダグラス達に染まり切って半裸でワセリンを全身に喜々として塗りたくる自分を思い浮かべてしまい、思わず身震いをしてしまった。
「確かに、ダグラスは良い人だけど一緒のクランに入るのは勘弁だな……。とは言っても、他にちゃんと知り合った冒険者なんて知らないぜ? 昨日は一日中ダグラスに振り回されながら宴会だったから色々な人と挨拶位はしたけど、誰が誰なんて覚えられなかったし」
「その辺は大丈夫。アンタ達、エリスってギルドの受付嬢と仲良くなったんでしょ? あの子に相談してごらんなさいな。優秀な子って話がアタシの耳に入って来る位だから、きっと良い人、紹介してくれると思うわ」
ということで、結局アッシュ達は再び魔窟のギルドに舞い戻ることになったのである。
「良い人見つかるといいなぁ……。ね、アッシュ君! 今から楽しみだね!」
すっかり元気になって、ノー天気に笑うドルカを眺めながら、本当にそんな丁度いい冒険者が魔窟で見つかるのだろうか、とギルドに向かう途中からもう不安になっているアッシュであった。
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