表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/144

第五話 ダンジョンより危険なエリアが街の中にある不思議

実験的に土日は朝も投稿してみようかと思います。


続く第6話、第7話はそれぞれ23時、24時投稿予定です。

「ちょっとからかっただけなのにムキになっちゃうなんてホントカワイイわね……。それにこのアタシ相手にほぼノータイムでそれだけ切り返してくるなんてアナタも大概ね。お似合いよ? カワイイおふたりさん」


 妙に艶のある野太い声でからかうようにアッシュに笑いかけるその謎生物を前に、今度こそアッシュはただただ固まることしかできなかった。


「うひょー! もうおねーさんってばからかわないでよー! まだ私たちそんなんじゃないんだから。ついさっき出会ったばっかだし、でもまあ近々結納までは行くと思う! まずは一緒に冒険者になる所からだけどね! うひょー!」



 この自分をヒトの女だと勘違いして生まれ落ちた哀れなゴブリンとイカれた女は何を言っているのだろうか。特に俺を巻き込んでくれやがったイカれた女の方。「うひょー!」ってなんだよ明らかに喜んでんじゃねぇか。あとそんな約束した覚えもねぇよ。

 次から次にわけのわからない出来事とわけのわからない生き物とわけのわからない会話が飛び交う中、ようやく少し落ち着きを取り戻したアッシュは、そういえばそもそも事の起こりは目の前の少女がチンピラに追われている所に出くわし、成り行きで自分も一緒に逃げる羽目になったことからだと思い出す。


「そういや追手のチンピラは……まあここがどんな店か知ってりゃ入っては来ないわな」


 異次元の出来事が立て続けに起きて感性がマヒしつつあるが、アッシュと少女が座らされた店の一番奥のテーブルからは、ぐるりとイカれにイカれた店内の周りの様子を一望することができた。

 右手には隆起した筋肉を存分に周囲に見せびらかしながらワセリンを塗ったくるむさ苦しい男とそれを眺めながら楽しげに談笑している男達。左手では腕立て伏せや腹筋、腕相撲などで競い合うこれまたむさ苦しい男達と、回数が大台に乗るたびに歓声を上げる男達。歓声を上げている男たちの中に一部涎を垂らしながらはぁはぁ喘いでいる女性冒険者と思われる存在が混じっている気がするが、もう考えるのも疲れるので無視をする。

 入り口付近では最初に声をかけ、店の奥まで連れて行ってくれたひと際立派な筋肉の男が、周囲の男と談笑しながら時折ちらちらと入り口とこちらを交互に見ている。おそらくアッシュ達が「追われている」と言ったことを踏まえ、念のため気にかけてくれているのだろう。


「少なくともここにいる間は安心していいわ」


 ゴトリと大きなジョッキを二つテーブルに置きながら、マスターが言った。


「さっきも言った通り、ウチはショイサナでもちょっと有名なの。まともな人間は近寄りもしないから、アナタ達の追っている奴らが近づいてきただけでもわかる。それがわからないくらいのおバカさん達だったとしても、精々があの子達の良いオモチャにされるだけよ」


 ちょうどちらりとこちらを見た立派な筋肉の男は、マスターが自分の話をしているのだと気付いた様子で、ググッと力こぶを作ってこちらに向かって白い歯を見せながらウインクをして見せた。ただそれだけなのに店内に湧き上がる歓声と拍手。何故だ。


「良いオトコでしょ? 彼、ショイサナでも有数の冒険者クランのリーダーだから。ショイサナに住んでるなら名前くらい聞いたことあるんじゃない?『剥き出しの筋肉愛好家ネイキッドマッスルラバー』って」


 どんな名前だ。アッシュにとって、クラン名とは『疾風の鷲獅子(はやてのグリフォン)』『聖銀の騎士団』といった、クランを現すシンボルやクランリーダーの二つ名にあやかった、少し気取った名を付けるものという認識であった。いや、ある意味『剥き出しの筋肉愛好家ネイキッドマッスルラバー』も実物を見ればそのものズバリのネーミングではあったが、それでももっとこう、色々と対外的に見た時のそれらしさや頼もしさといった要素は加味されるべきだったのではないだろうか。


「『ネイキッドマッスルラバー』だってー! あははははは! 知らなーい! でもかっこいー! 実は私今日ショイサナに着いたばっかりなんだよねー。 あのおじさん有名なの?」

「……えっ?」

「助けてもらっておいて申し訳ないが俺も知らない。実は俺も今朝ここに着いたばかりなんだ」

「……はっ?」


 マスターは、アッシュと少女の返事を聞いて目を見開いたまま固まった。アッシュは昔絵本で読んだ、目が合ったものを石化させるという恐ろしい魔女を思い出した。


「アナタ達、今日ショイサナに着いたばかりなの?」

「そうだよー!」

「まさかこいつもショイサナに着いたばかりだったとは。俺はショイサナに着いてさあ色々見て回ろう、と思った矢先にチンピラに追われて逃げ回っているドルカを見つけたんだ。その後成り行きで一緒に逃げ回る羽目になった。正直後悔している」

「えー! アッシュ君酷い! さっきはあんなにかっこよかったのに! ひーどーい!」

「……ねえ、ショイサナに着いてすぐ、門番に色々と注意事項を教わらなかったかしら?」

「はいはーい! 覚えてるよ! えっとねー、スラムがあるから危ないよーっていうのと、スラムより危ない所もあるから気を付けてねーっていうの」

「確か街の南側一帯はスラム街の連中でも寄り付かないイカれた連中が集まる魔窟だから、素人は絶対に近づくな、どうしても行かなければならない時は一切の常識が通用しないダンジョンに潜るつもりで挑め、と言われたな。また、平気で魔窟を行き来する連中とは絶対に関わり合いになるな、できるなら目を合わせない方がいい、とも」


 そこまで言って、アッシュの脳裏にはふと嫌な予感が駆け巡っていた。


――この少女が何をやらかしたかはわからないが、あれだけ必死で追いかけてきていたチンピラ共がこの一帯に入ったころから急に距離が開きだした。店に入っただけで追うのを諦めた。走っている途中に見た太陽の位置から考えるに噴水広場から入った道は、ちょうど南側に延びていたわけで、ということは、ここは……。


「ここがそのイカれた連中が集まる南エリア、通称『ショイサナの魔窟』。ショイサナの一般的な冒険者達が外のダンジョンより警戒している場所よ」



――冒険者が集う街、ショイサナにはとある不問律があった。

 街の南には近づくな。近づく時は覚悟を決めろ。何があっても自己責任である。街の南に向かうならば、一切の常識を捨てろ。あるがままを受け入れろ。但し、自分だけは見失うな。

 ショイサナに住む人々が、ショイサナを初めて訪れる者に必ず伝えるのが「町の南には近づくな」という話である。理由は単純明快で、「街の南に向かうのは普通の冒険者生活を営んでからでも遅くない」からである。言い換えるならば、街の南には普通でない冒険者生活が待っているということである。

 わざわざショイサナまで来て一旗揚げてやろうという若者にとっては、「行くな」と言われる方がかえって好奇心をくすぐられるというものではある。実際にそういった若者の多くは何かしらのもっともらしい理由を思いついてはろくな準備もせずに街の南に向かうのだが、そこで目にしたものにすっかり心を折られて帰って来るのはかなり良い方で、大半の場合は「変わり果てた姿」になって帰って来る。

 とは言っても死体になって帰って来るわけではない。文字通り別人になって帰って来るのだ。


「……そうね、昔こんなことがあったわ。」


 ルーキーにしては覚えが良いと言われ、次代のエースを担う逸材だと期待されていた魔法使いが、酔った勢いかはたまた肝試しのつもりだったのか、『ショイサナの魔窟』に迷い込んでしまった。それから二日後、彼は路上で半裸になり全身にワセリンを塗ったくりながら筋トレしている所を発見された。自慢だったローブも杖もどこかに捨て去っており、身体全体が二回りも大きくなって「素手で敵を殴り倒すことこそ至上」と目を爛々と輝かせながら一緒に魔法学校を卒業した同期達に筋肉の素晴らしさを説いて回るようになったという。

 正々堂々戦うことを信条とし、無為な殺生を好まなかった心優しい騎士は「『ショイサナの魔窟』で通用しないようじゃお前の騎士道は偽物だ」と煽られて南エリアに立ち入った。 

三日後、その騎士が単身依頼を受けてゴブリンの巣に単身乗り込んだという情報が出回り血相を抱えて仲間が後を追ってみると、そこにいたのは「敵は殺す。一切の禍根が残らぬよう敵対する者は一族郎党全てを根絶やしにする。疑わしい奴も全て殺す」と言ったことを延々ぶつぶつと呟きながら、血走った目でゴブリンを殺戮して回る一人の修羅だった。


――そんな話が履いて捨てるほど出てくるのがショイサナの南エリアなのだ。


「ちなみに全者の筋肉に目覚めた彼はほら、あそこで大胸筋押し相撲をしている手前側のあの子。ここに来たときはひょろひょろのガリガリだったのに3か月足らずですっかり頼もしくなっちゃって」

「あはははは! すごーい! 見てみてアッシュ君! 胸の筋肉でバインバインしてる! あ! 片方吹っ飛んだ!」

「だいぶ最近の話じゃねぇか! 本当に何があったらああなるんだよ!」

「ここの連中もね、みんな悪気があってやってるわけじゃないのよ?」


 恐ろしいのは、そうやってまるで別人のようになって帰ってきた冒険者たちすべてに共通して言えるのが、「恐ろしいまでに強くなって帰って来る」ということなのだ。つい今しがた、大胸筋に力を入れた時にピクっと動くアレで相手を壁まで吹っ飛ばし、満足げな顔で大胸筋を労わる様にワセリンを塗っている元魔法使いは、元々は前衛という守り役がいなくとも、初級魔法を駆使することで1体であればオークを相手に良い勝負が出来る位の強さではあったらしい。それが2日後にはオークの群れを相手に素手で対峙し、鼻歌交じりで一体ずつ組み伏せられるほどの屈強な戦士に変わってしまった。

 騎士に至っては数百から数千にまで膨れ上がってしまったというゴブリンの巣に単身潜入し、何をどうやったのか仲間が追い付いた時には目に見える範囲の生き物は全て血と肉の塊に変わっていた。それでもまだ血走った目で隅々まで残党を探し回る騎士を見て、仲間たちは涙を流しながら三日前の優しかった姿に戻ってくれと制止したが、全く聞く耳を持ってはくれなかったそうだ。同じ村出身で身を寄せ合って、不器用でも真っすぐに生きてきた心優しきクランはその日のうちに解散となり、『彼女』以外のメンバーは故郷の村に帰ったとのことである。


 困ったものよねぇ、と軽い世間話のようなノリで『不純喫茶 ガチムチゴブリン』のマスター、ゴブリンによく似た女装した筋肉ダルマは言った。


「ほら、冒険者なら一度は思い悩むじゃない? 『魔法だけじゃなくて前衛もこなせるようになりたい!』とか『いつか私のこの甘さと言ってもいい優しさが結果として悲劇を生んでしまわないだろうか』とか、希望に満ち溢れるカワイイルーキーちゃん達に真剣な顔で相談なんてされちゃったら、Sランクの冒険者じゃなくてもひと肌脱ぎたくなるのが人情ってものじゃない」


 ねえ?とばかりに何とはなしに話を聞いていた周囲の筋肉ダルマたちにマスターが問いかけると、皆それぞれ思い当たる節があるようで、うんうんと神妙な面持ちで頷いている。


 何かが間違っている気がするが具体的に何が間違いなのかが上手く言葉になってまとまらない。そんな強烈な違和感の中、アッシュはマスターの話を聞くことしか出来なかった。


魔窟が何故魔窟と呼ばれるのかという説明回でした。


今回ちょっと長めな分次話は短めです。

ぜひぜひよろしくお願いいたします。


長いこと読み専をやっていたものの投稿するのは初めてなので、どうやったら皆様から評価やブクマ、感想などを頂けるのか試行錯誤中……。



もしよろしければご意見ご感想、評価等よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ