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第四十五話 反復横跳び

これで第一章は完結です。

「アッシュさん! また目が血走ってますから! 落ち着いて? ね、落ち着いて?」

「アッシュ君大丈夫だよ! 何があっても私が着いてるから! うひょー! 今の愛の告白っぽい! 私ってばやる~!」


 一向に現実と向き合おうとしないアッシュと、相変わらずのテンションであるドルカを見て、エリスは最終手段に出ることにした。


「そうだっ! アッシュさんとドルカさんの魔力は完全に同一のものになっているわけですから、ドルカさんの魔力でもアッシュさんの冒険者カードの情報を開示することが出来るはず! さあドルカさん! アッシュさんのカードの所持金の欄をなぞりながら魔力を送ってください!」


 それは、余りにも合理的で、無慈悲な手段であった。


「わかったー! えっとこうだっけ?」

「やめろっ! ねえやめてっ! 俺はまだ幸せに浸ってたいんだ!」


 無情にも淡々と進められたその作業を、アッシュはエリスに羽交い絞めに合いながら血走った目で見つめることしか出来なかった。

 小さい桁から順に浮かび上がって来る数字は、0が1、2、3……と7つ続き、その横に1が並ぶ。


「な、なんだよ脅かしやがって……。普通に100万ペロ入金されてるじゃないか」

「いや、その、それが……」


――そして最後に。ドルカの指に隠れて見えなかった一番左には、謎のまっすぐ伸びた横棒が記されていて……。


「またこのオチかよぉっ! なんで毎回毎回ピッタリ同じ金額にマイナスが付くんだよぉっ!」


 アッシュの目から止めどなく溢れる涙。力無く崩れ落ち、これ以上羽交い絞めにする必要はないと判断したエリスは、改めてアッシュの正面に向き直り、事の次第を説明し始めた。


「ドルカさんが借金をされた際の契約書をよくよく拝見致しました所、『その日のうちに返せれば利息ゼロ、1日でも遅れれば1日毎に2割の利子が付く』という恐ろしい内容となっておりまして……」

「利子? りし? ……りぃしぃいいいいっ!?」


 ちょっと待て。10日で1割でもめちゃくちゃな暴利だと言われているのに、1日で2割ってなんだよ。


「とんでもない暴利なのは間違いないのですが、その、双方しっかりと内容を確認した上で交わされた契約は尊守されるものとなってしまいますので……」


 アッシュの表情を見て言いたいことを察したエリスが無情にも逃げ道を塞いでいく。


「というわけで1050万ペロの借金のうち、利子が発生するのはこちらの契約書に基づく借金である1000万ペロに対してだけではありますが、日を跨いでしまっているのでその2割の利子が発生し、現在の金貸しに対する借金の額が1200万ペロ、ギルドの肩代わり分50万ペロを合わせると1250万ペロの借金となります。報奨金1150万ということで差し引き『マイナス』100万ペロ。これがアッシュさんおよびドルカさんの全財産ということになってしまいます……」

「あ、そういえば金貸し屋さんに絶対その日に返せるからお金貸してって約束したんだった」


 アッシュが言葉にならない言葉で泣きわめく中、エリスに連行される際に宴会場からちゃっかりくすねてきていたらしい串に刺さった肉をもっちゃもっちゃと幸せそうな顔で頬張っていたドルカは、口周りにたれをべたべた付けたまま、たった今思い出しましたという顔で言った。


「言うのがおせぇよっ! どうすんだよドルカッ! 昨日の50万ペロの時点でどうしようもないって途方に暮れてたのに、その倍だぞ倍! 俺たちまだ冒険者生活2日目だぞ!?」


 今にも血涙まで流しかねないような悲壮な表情を浮かべてドルカに詰め寄るアッシュに対し、ドルカは何故か余裕たっぷりといった様子である。


「アッシュ君、忘れたの? 私は持ち逃げされちゃったとはいえ昨日1000万の勝負にも勝ってみせたのです! 悪いチンピラさん達がいない今! イカサマ抜きでギャンブル屋さんに勝負しに行けば私は絶対勝てるもんね! 一瞬で取り戻してあげるよー!」


 そうだ、そうだった。ドルカは幸運なら誰にも負けないのだ。アッシュの脳内では、闇に覆われた世界に一条の光が差したかのような光明が広がっていった。


「そうだっ! その手があったっ! すごいぞドルカッ! それじゃあもう早速どこかで金を作ってちゃんとした賭場に」

「できませんよ?」

「……え?」


 アッシュの脳内でたった今空に差したばかりの一条の光が再び暗雲に覆われ消えていく。

 その光が完全に途切れ、再び闇に閉ざされたかのような思いに、アッシュはもう保ちそうになかった。


「その、アッシュさん達が正体を暴き壊滅させたマフィア達は、ディアボロスが入り込んだと思われる約150年前から急激に成長を遂げまして……。その、自分たちのビジネスの邪魔になる店や組織は軒並み潰すか吸収されるかされてしまったのです。そのマフィアの幹部が消え去った今、まともな賭場というものは存在しない、と言いますか、賭場そのものが全部ぶっ潰れて影も形もありません」

「そ、そんな……。俺の唯一残された希望が……!」


 血走っていたアッシュの目から光が消えていく。流石のドルカもこれはマズいと察して慌ててアッシュの両手を握り締めながら次なる解決策を提示していく。


「だ、大丈夫だよアッシュ君! 実は私ね、この街に来たのはひいじーじの部屋で宝の地図を見つけたからなのっ! この地図の場所を探し当てれば私たちすぐにハイパーお金持ちだからっ!」

「おぉっ! 流石遊び人の一族ルドルカ様ぁっ! 宝の地図なんて最高じゃねぇかっ! さあ行くぞドルカッ! 誰かに先を越される前に冒険に出発だっ!」


 再び目に光が灯るアッシュに、ドルカは証拠と言わんばかりに、ポシェットからその宝の地図を出して見せてあげようとして、恐ろしいことに気付いた。


「……どうしたドルカ? 何をそんなにごそごそやってるんだ?」

「……あはははははー。そのー。ね、アッシュ君? 宝の地図、失くしちゃった!」

「はあぁぁぁああぁぁっ!?」


 またもやアッシュの瞳から命の光が消えていく。精神的なダメージに対してドルカの生命力の譲渡は一切効果を成さないらしい。せめてと言わんばかりにドルカは必死でぎゅーっとアッシュの両手を握り締めるのだが、アッシュは一向に回復する気配を見せない。


「確かに昨日まではあったんだよっ!? でも、昨日あれだけドタバタしてたからその中でどっかに行っちゃったみたいで……。アッシュ君!? アッシュ君起きてっ!」


 昨日から延々と続いた、希望と絶望、天国と地獄の境で反復横跳びを強制されるかのような所業に、アッシュの心はついていけなくなったようだ。昨日のように暴走状態にならなかっただけマシなのだろうか。アッシュはその場に糸が切れたかのように倒れた。


「アッシュさん! アッシュさん! 大丈夫ですからっ! 100万ペロ位なら頑張って返済出来た冒険者さんもいっぱいいらっしゃいますからっ!」

「アッシュ君! 私も頑張るからっ! アッシュ君!」


 沈みゆく意識の中で、アッシュは思った。「俺の思い描いていた冒険者生活と違う!」と。

 この事件をきっかけに事の顛末から活躍から、何から何まで冒険者達に知れ渡ったアッシュ達は、冒険者生活2日目にして『借金バーサーカー』『混沌の大根使いカオスラディッシュマスター』という二つ名で呼ばれるようになり、その身柄は魔窟に突如現れたSランク級の危険人物として、ギルド本部からこっそりとマークされるようになってしまうのだが、これ以上そんな悲劇が待っていることも露知らず、アッシュの意識は絶望の闇に覆われていくのであった。



――その頃、ちゃっかり騒動に乗じて逃げ出すことに成功したディアボロスはというと。


「くそっ! これだからあの狂人(遊び人)の一族の相手は嫌だったのだっ! ……しかし、収穫はあった。この地図に示された場所、『宝石樹の洞窟』。私にはわかる! 魔王様はこの地に封印されているっ! クククッ! フハハハハハッ! 本来であれば瘴気さえ十分に集まればすぐに復活できたはずの魔王様を500年間も眠りにつかせるなど不可能。……まさか宝石樹(ジュエルウッド)を利用するとは。初代勇者、やはり奴は侮れん存在だった……。しかし、500年の時を経た今、今度こそ人類を駆逐し魔族が世界を支配する日も近い……!」


 てっきり聖域でも作って安置されているのではないかと街に入り込んだのが約150年前。ギャンブルにおぼれた間抜けな勇者の子孫から初代勇者がそこで生涯を終えたという屋敷を奪い取ることに成功したのが約80年前。奪い取った屋敷を捜索した所、その地下に迷宮化まで施された聖域を発見し、その聖域こそが魔王様封印の地と確信したディアボロスは、共に蘇っていた四天王の一人、スカルキングと共にその内部の調査を粛々と進めていた。 

 余りにも厳重な魔術セキュリティに、強大な魔力を有する四天王二人が直接侵入することは叶わず、ギャンブルで沈めた程ほどのレベルの冒険者を殺してはアンデッドと化して聖域に送り込み、内部を調査させていたというのがこの80年の間に急激に違法な賭場が幅を利かせるようになり、ターゲットとして中堅どころの冒険者達が狙われていた事の真相であった。

 しかし、一向に成果が表れないまま、魔王の魔力が高まる復活の兆候だけを感じとりもどかしい思いをしていたのがここ数年の事である。特にここ最近になって狙われる冒険者が増えていたというのも、魔王が万全の状態で復活できるよう何とかしてその場に居合わせなければいけないという四天王たちの執念によるものであったのだ。


 ……恐らくあの狂人(遊び人)の子孫も、アッシュとかいうディアボロスを虚仮にした冒険者も、再び相まみえるとすればそれは魔王封印の地、『宝石樹の洞窟』となるだろう。

ディアボロスは一人、闇の中で復讐を誓い、嗤うのだった。

 

――そして、アッシュとドルカに忍び寄る影がもう一つ。


「……おかしい。やっぱりおかしいわっ! 私の毒が完全に浄化されるだなんてあり得ない! ただ嗅ぐだけなら無害、でもこれを使って無理やり成長させた植物は猛毒を帯びる。私の作った香水は間違いなくその性質を持っていたはずだわぁっ! それを植物が成長する機能だけは残したまま毒だけを取り除いたですってっ! ……私の香水を買ったあの見るからにおバカな子に出来る芸当じゃないわね。必ず裏に誰かがいるはず。……まさか、本当にこんなことが出来る人が出てくるとは思わなかったわぁ。……直接会って、確かめなくっちゃ、ね?」


――冒険者アッシュ=マノール。


 世界一幸運でおバカな少女、ドルカ=ルドルカに目を付けられた不幸な少年の、苦難と混沌に満ち溢れた冒険はまだ、始まったばかりである。そもそもまだ2日目だし。

 処女作にも拘らず、ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます!


 この後に続く第二章ですが、現在鋭意執筆中となっております。

 約5万字分の書き溜めは出来ているのですが、話の順番を入れ替えたり伏線を整理し直したり、更に書き溜めを進めたり……。もう少々投稿までお時間を頂ければと思いますので、投稿を再開するまでは一旦完結、とさせて頂きます。

 ここまでの執筆作業が最終章までのプロットの作成込みで約1か月半位だったので、どんなに長くとも2週間~1か月以内には投稿を再開できる見込みではありますが、これとはまた別に新しい物語を書き始めるのもいいよなぁなんて色々迷っています。


 続きが気になる!という方は、もしよろしければログイン後にこの小説をお気に入り登録して頂き、続きが投稿された際に通知が行くようにしてお待ち頂けますと大変有難いです。

 第一章が完結したということで、ここまでの総評的な感想やご意見、評価なども頂けるようでしたら今後の執筆の参考にさせて頂きます!


 処女作からあれこれやりたいこと思いついたことをぎっしり詰め込んだせいで、最終章まで組んであるプロットの消化率が10%にも満たない状態ですw

 そんなわけで、末長いお付き合いになれば幸いです。


 是非、今後ともよろしくお願いいたします。

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