第四十四話 ハッピーエンドは行方不明
本日2度目の投稿です。
「ばっちりです。たった一日の間に、随分とお二人は良いコンビになられたみたいですね」
「でしょでしょー! 何せ私たちはしてんのーも逃げ出すスゴい冒険者だからね! ね! アッシュ君!」
「結局お前ほとんど何もしてないじゃねぇか」
一瞬でいつも通りのノリに戻ったドルカを見て苦笑しながらも、アッシュはたった一日しか一緒にいなかったというのにドルカとのこのやり取りが不思議と慣れ親しんだ居心地の良いもののように思えた。
「えーひどーい! 私だって頑張ったもん! チンピラ屋さんと勝負したりとかアッシュ君回復してあげたりとか!」
「その怪我の大半がドルカを庇った時に出来たものなんだけどな。まあいいや。それで、エリスさん、ドルカが作った借金の話なんですけど……」
そう、四天王と対峙して無傷で逃げおおせはしたものの、だからといってこのままめでたしめでたしとはいかないのである。1000万という途方もない金額の借金は、文字通りアッシュの正気を奪いかねない程の重圧として今もなお圧し掛かっており、その結果によってはアッシュは昨晩のように。
「そうですね、その件がありましたね。……本部への報告の中にその話はちょっとだけ紛れ込ませていますから、多分大丈夫ですよ。私の計算が正しければ、今回の諸々の褒章金は騒動で破壊された街や冒険者さん達への賠償金と相殺しても借金を十分返しきって、ちょっと贅沢出来る位のお金がもらえるはずです。アッシュさん達が壊滅されたマフィアの裏金を押収できればよかったのですが、恐らくディアボロス同様に紛れ込んでいた魔族たちが全て持ち逃げしてしまったのが痛手でしたね。……ほら、そうこうしているうちに結果が出たみたいですよ?」
そう言って、エリスは優しく微笑みながら、通信具である水晶に移った文字をアッシュにも見える角度に傾けて見せた。
<アッシュ=マノール、ドルカ=ルドルカの両名の処遇について>
・マンドラ大根という新種の植物を街中に放ち、上下水道を含めた街の重要甚大な被害を与えたことに対する賠償請求として3000万ペロ。
・マンドラ大根を故意に差し向けたことによる冒険者達への損害に対する賠償請求として1000万ペロ。
・ショイサナに蔓延っていたマフィアの拠点を潰し、頭首を炙り出し組織を壊滅させたことに対する褒賞として2000万ペロ。
・マンドラ大根による食糧問題の解決、並びに上下水道の浄化への貢献に対する褒賞として2500万ペロ。
・街中に突如現れた四天王ディアボロスを名乗る魔族と戦い、Sランク冒険者ダグラスと共にこれを撃退したことに対する褒賞として600万ペロ。
・戦闘に巻き込まれた冒険者達を迅速に救出し、回復魔法による人命救助を行ったことに対する褒賞として50万ペロ。
――これらを合計して、1150万ペロを褒賞金として与えることとする。
「えー? よくわかんないよー! 結局いくらもらえるの?」
「バカドルカ! お前が作った借金が朝の分で50万、追加で借りた分が1000万だっただろ? それを返しても一人100万は残る計算だぞドルカ! 100万だ! 結局たった一日で俺の貯金が倍になっちまった! すげー! 冒険者ってすげーよ!」
昨日50万の借金でいても立っても居られなくなってギルドを飛び出し、なんやかんやでその借金が1000万まで膨れ上がった際に正気を喪って街を大根で埋め尽くした哀れな男はもう居ない。そこには危険に身を投じたことでそれに相応しい対価を得て喜びに打ち震える、二人の新人冒険者が居るだけであった。
「うひょーっ! よくわかんないけどうひょー! アッシュ君やったね! 私たちお金持ち? おうち買える?」
「流石に家は買えないけど冒険者としてスタートする分には十分すぎる金額だぞ! 良かった、本当に良かった……っ!」
相変わらずの馬鹿っぷりを発揮するドルカへの突っ込みも文字通り降って湧いた大金の魔力でマイルドになっているアッシュを微笑ましい目で見ながら、エリスはギルド職員として事務的な手続きの話をする為アッシュに向かって話しかけた。
「まあまあ、アッシュさん落ち着いて。忘れないうちに今日のうちに必ず借金を返しに行きなさい、と言いたい所ですけど、きっとこの部屋を出たら今日は一日冒険者さん達に揉みくちゃにされちゃうでしょうから、特別サービスです。ギルドによる肩代わりの制度を使って私の方で処理をしておきますから、お二人はどうぞ、お祭り騒ぎに混ざって来て下さいな。ドルカさん、借用書は置いて行ってくださいね。後はお二人とも冒険者カードもお貸しください。手続きが終わったらお渡しに参りますから」
「はーい! エリスさんありがとう! やったねアッシュ君! お祭りだってお祭り! うひょーっ! 早く行こうよーっ!」
「色々本当にありがとうございますエリスさん! 俺、立派な冒険者になって見せますからっ! それじゃあ失礼します!」
ドアを突き破るのではないかという勢いで飛び出していくドルカと、そんなドルカを諫めつつも、自分自身もまた浮足立つ様子が隠せないアッシュ。ドアの向こうでは、主賓を今か今かと待ちわびていた魔窟の冒険者達が殺到していたようである。
「待ち詫びたのであるっ! 今回アッシュ殿にはしてやられたのであるっ! 吾輩は悔しいのであるっ!」
「うるせぇぞダグラス! さっきまでアッシュのおかげでクランに新しいメンバーがたっぷり増えた上、なんやかんやで市場で暴れまわった件はうやむや、四天王撃退の褒賞まで貰えたって喜んでたじゃねぇか!」
「うるさいのである! それとこれは話が別なのであるっ! いやぁそれにしてもあの時のアッシュ殿の目は完全に据わってたのである。あれは流石の吾輩でも怖かったのである」
「もうその話はしないでくれよ……散々エリスさんに怒られた後なんだよっ!」
そんな話し声が徐々に遠のいていくのを聞きながら、エリスは一人、優しい笑みを浮かべて手続きを進めていく。ドルカの借金をギルドで肩代わりし、ギルドの報奨金で相殺するこの手続きを終えてしまえば、これで本当にアッシュ達は心の底から無事を祝う宴会を楽しむことが出来るはずである。
「うふふっ。本当にたった一日であそこまで魔窟の冒険者達に受け入れられて、一躍街中に知られる冒険者の仲間入りを果たしちゃうなんて凄い人たちね。……さあ! 二人が心置きなく騒げるようにさっさと終わらせてしまいましょう! ……あら?」
テキパキと魔道具を使いながら手続きを進めていたエリスだったが、最終的にアッシュの冒険者カードに記録された数字を見て、慌てて今までの手続きに間違いがなかったかを見直し始める。
「ここも平気、ここも間違えてない……。おかしいとしたら後はもうこの契約書……! ちょっと、これ……!」
――バンッ!
数分の後、血相を変えたエリスがギルドのカウンターの奥から勢いよく戸を開けてずかずかとアッシュとドルカ目がけて進んでいく。ギルド内は現在どこもかしこも冒険者達が飲めや歌えやの大騒ぎであり、その必死の形相に気付くものはいなかった。
「アッシュさん! ドルカさんも! ちょっとこちらまでお願いします! 至急です!」
ダグラスはじめ魔窟の冒険者達に引っ張りまわされもみくちゃにされていたアッシュは、明らかに慌てた口調のエリスを見て何かがおかしいと気が付いたものの、まだ頭のスイッチが切り替わらず、ぼんやりとエリスを眺めていた。
「あ! エリスさんだー! 手続き終わったの? ありがとー!」
「それどころじゃないのです! 早くっ!」
手を振ってあいさつしたドルカのその右手を掴み、更にダグラスにがっしりと肩を組まれていたアッシュの腕もむんずと掴んだエリスは、そのままものすごい剣幕で二人を引っ張っていく。
「うわっ! エリスさん!? わかりました! 行きますからそんなに引っ張らなくても!」
まだ何かもっちゃもっちゃと口いっぱいに頬張っているドルカと共に、あっという間に個室に半ば連行されるように通されたアッシュは、沈痛な面持ちで黙りこくっているエリスと向かい合うように座らされていた。机の上には一枚の冒険者カード。昨日の一連の悪夢の始まりを彷彿とさせるそのカードを前に、アッシュは必死で目の前の現実から目を逸らすのであった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
第一章の最終話となる次話の投稿は、明日の7時の予定です。
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