第四十二話 マンドラ大根の変
「うぉぉおおっ! なんなのだこれはっ!」
500年前、魔王と共に世界中の人間を相手取り絶望と恐怖を与えていた強大な魔族、ディアボロス。彼は今、全身を這い回る謎の大根達に苦しめられていた。
「ええい水晶を覆われては何も見えんっ! ぐあぁっ! 全身を這いまわられているっ! なんだこれはっ! 魔物が何故聖なる魔力を纏っているのだっ! くそっこう纏わりつかれては身動き一つ取れんっ!」
本体であり感覚器をも兼ねている水晶を物理的に塞がれる。奇しくも500年前の大戦で勇者の仲間であった遊び人、初代ルドルカがパイ投げのパイを投げつけることによって動きを止めたその状況と一緒であった。
「うけけけけけけーっ! そうだっ! そうやって押さえつけておけぇっ! このまま生け捕りにして冒険者ギルドに叩き込んで換金してやるっ! 生け捕りにすりゃぁ報酬は上乗せと相場は決まってるよなぁっ!? そしたら俺は大金持ちだぁっ! 1000万の借金なんて吹き飛んじまうほどの金を持って来やがれぇっ! うけけけけけー!」
「すごいっ! すごいよアッシュ君! やっぱり私の目に狂いはなかったねっ! アッシュ君はものすごい人だったんだっ!」
ディアボロスは辛うじて聞こえてくる二人の声から必死で状況を整理していく。アッシュと呼ばれている少年は恐らく、ディアボロスに大根を放った張本人だろう。このディアボロスを相手に力量を隠しきり、今の今まで潜伏するその計略。そして何をどうやったのか聖なる魔力を秘めた無数の大根を一度に使役して物量で攻めてくるという恐るべき手腕。
ディアボロスが最も警戒する相手である遊び人の末裔を従え、そちらに注意を向けた中での不意打ち。ディアボロスは、アッシュという少年は、この状況を一体どこまで読んでいたのだろうか。まだ20年も生きていないであろう人間が、数え切れぬほどの時を生き、初代勇者でさえも欺き死を免れ、200年前から街に入り込み密かに計略を張り巡らせていたディアボロスを上回る知略を持っていることに、ディアボロスは震撼していた。
「ヌウンッ! わ、吾輩があれだけ苦労した相手を冒険者になったばかりのアッシュ殿が一瞬であそこまで……? 吾輩の筋肉が、吾輩の魅せ場がっ!」
「ああっ! 全裸でしょんぼりするとやっぱりそこもしょんぼりするのねっ! 新しい発見だわっ! い、今ならどさくさに紛れてもうちょっと近くで見れるんじゃないかしらっ! これは不可抗力! 危険な場所で強い人の近くに行って身を守ろうとするのは自然な振る舞いっ! ふひ、ふひひひひひひ……」
唯一の突っ込み役であったアッシュの精神が崩壊した今、この混沌とした状況に突っ込みを入れられるものはいない。この状況であくまでも自身の魅せ場のことを考えるダグラスも、そのダグラスの一糸纏わぬ姿に涎を垂らすガンミも、もはや恐るべき四天王を相手に戦っているという緊張感は皆無であった。
そして、未だ新しい大根が湧き続けている水たまり。ディアボロスの魔法によって出来た氷が解けた水たまりには、その残滓として豊富な魔力が蓄えられており、その魔力を吸収することによって大根達はすくすくと育っていく。更に、その場に転がっているドルカ愛用の武器? である麺棒からは何故か更に強大な聖なる力が垂れ流されている。これらの魔力により増幅された香水という名の植物強制促進剤の力は留まることを知らず、凄まじい勢いで大根達の成長を促進していく。
「あ! あれはアレクサンダー! 見てアッシュ君! アレクサンダーが生き返った! しかも花が咲いてるっ!」
大根達の中でも一際大きい、もはや人間を超えるサイズに育った大根は、手のひらサイズだった頃の原型すら留めていないように見えるが、ドルカ曰くアレクサンダーの面影があったらしい。彼は今や立派に花を咲かせ、種を実らせている。……そして今、その種が、辺り一面に弾けた。
「うひょー! すごいよアッシュ君っ! アレクサンダーから種がすぽぽぽーんって! 種からまたちっちゃな大根がどんどんできてくよっ! うひょー!」
凄まじい勢いで増えていく大根が、ついに種をまき散らすまでに成長した。大根の数はねずみ算式に増えていき、ますます勢いを増していく。
「お待たせしましたっ! 援軍ですっ! 剥き出しの筋肉愛好家ダグラス並びに謎の悪魔っ! 我々冒険者クランの精鋭総出で討伐すると同時に巻き込まれた被害者たちを救出しますっ! ……ってこの状況は何ですかーっ!?」
間が良いのか悪いのか。床が抜けダグラスと共に地下に落ちていった冒険者達を救出するために駆り出された援軍たちはこのタイミングになって大挙を成して現れたようである。
しかし、アッシュにとってそれは凶報であった。ギョロリと援軍のリーダーと思われる女性冒険者の方を向き直ると、アッシュは威嚇するように叫んだ。
「お前らぁっ! これは俺の獲物だっ! 手を出すんじゃねぇっ! そうか、お前も俺から金を奪う気だな!? だったら容赦しねぇぞぉっ! LLサイズの第一世代大根共はこのままディアボロスを拘束っ! 2世の投げ売りサイズの大根どもはあの冒険者共に張り付いて無力化してやれぇっ!」
ドルカが作った恐ろしい額の借金に正気を喪っているアッシュは、目を血走らせたまま冒険者達を威嚇する。顔どころか二股に割れた足しかない大根達が、「……いいのかなぁ?」とお互いを見やる仕草を見せつつ、命じられた通り冒険者達に群がり飛びついていく。その姿はまさに白い波のようであり、異常発生した蝗の大軍が辺り一帯の全てを喰らいつくして進んでいく様子にも似ていた。
「キャァァアッ! マンドラゴラがっ! マンドラゴラの群れが街に発生っ! 謎の少年少女を中心に無数に増えて行っている模様っ! あぁっ飲み込まれるっ! ふっ服の中に大根がっ! あ、あんっそこはっ! ……助けてーっ!」
「うるせぇっ! マンドラゴラじゃなくて大根だって言ってんだろうがっ! そうだ! この大根達はもはや新しい生物と言ってもいいだろう! 命名してやるっ! 今日からお前らはマンドラ大根だっ! 行けぇマンドラ大根っ! 無限に増えてこの街全てを埋め尽くしてやるのだぁっ!」
マンドラ大根。アッシュによって命名された、意思を持ち自らの二股に分かれた足で自在に歩き回る恐るべき食用植物。その圧倒的な数の暴力を前に、四天王ディアボロスも、そして腕に覚えのある冒険者達も、成す術もなくその大根の群れに飲み込まれていた。
「のだーっ! うひょーっ! アッシュ君、さてはこの街を大根王国にするんだね!? きっとそうなんだねっ!?」
「それはいい考えだなドルカぁっ! そうだ、1000万なんてはした金のことを気にしなくとも、この街全てを俺様のものにしてやれば全ては解決じゃないかっ! うけけけけけー!」
「そうだーっ! いけーアレクサンダーっ! この街全部を私とアッシュ君のものにしちゃうのだーっ! うひょーっ!」
完全に正気を喪ったアッシュと、正気のままにも関わらずそれ以上に狂った発言を繰り返すドルカのその姿は、その場にいた全ての者の目に焼き付いたという。
――その日、ショイサナの街は無数の大根に覆われた。
いよいよ第一章も終わりに近づいてきました。
第二章の書き溜めが全然進まない中ではありますが、とにかくこの勢いのまま第一章までは完結させてしまおうと思います。
次話の投稿は本日23時頃の予定です。
よろしくお願いいたします。