第四十一話 目覚めし力
本日二度目の投稿です。
「あ、それねー! それは金貸し屋さんに借りたんだよ」
「そんなことはこの紙見りゃわかるんだよっ! 1000万だぞ1000万! こんな借金どうやって返すんだよっ!」
何でもないことのように答えるドルカに対し、アッシュは借用書を握り締めながら叫んだ。
「あ、あのアッシュさん、回復を……」
「だいじょーぶ! 私は勝負で勝ったんだから! 1000万どころか有り金全部くれてやる! ってチンピラ屋さんが言ってたもん!」
そう自信満々に胸を張って言い切ったドルカに、アッシュは顔を借用書にうずめたまま、ドルカに尋ねた。
「……なあドルカ」
「なにーアッシュ君?」
「その賭けで勝ったっていうお金は今、どこにあるんだ?」
「アッシュさん、その、回復をお願いしたいなって……」
急に態度が豹変したアッシュに対し、恐る恐る傷ついた仲間の回復を頼むガンミの言葉は届いていない。
「えー? わかんなーい。チンピラ屋さんが持ってるんじゃないかなー。そんなことより、こんなにいっぱいお金があったら何が買えるかな!? 家! 家買おうよアッシュ君! 二人で暮らす素敵なおうち!」
「……その、チンピラ屋さんはどこに行ったんだ?」
「チンピラ屋さん達はねー、みんなあの氷の向こうのちかすいろ? に逃げてった!」
「回復……」
――アッシュの中で辛うじて保たれていた何かが、ぶつりと音を立てて途切れた。
その瞬間、アッシュは立ち上がった。見開かれた目は血走り、借用書を握り締めたその手は震えていた。なお、恐らく最後に残された理性によってもう片方の手は冒険者にかざされ回復魔法を発動させている。アッシュは器用な男だった。
数秒の後、ドルカの膨大な魔力を注ぎこんで無理やり回復を終わらせたアッシュは、すーっと深く息を吸い込むと、叫んだ。
「賭けに勝った金も相手も逃げられてるじゃねぇかああぁぁぁぁっ!」
地下の賭博場全体をびりびりと震わす程の声に、再び激戦を繰り広げていたダグラスも、そしてディアボロスまでもがアッシュに注目する。
戦いさえも叫びで止めてしまったアッシュは、そのまま、淡々とした口調でダグラスに話しかけた。
「……なあダグラス」
「な、なんなのであるアッシュ殿」
明らかにアッシュの様子がおかしい。ダグラスは戦いの最中にも関わらず、ディアボロスから目を離し、今もなお顔を伏せ表情が伺えないアッシュの様子を探る。
「そいつ」
「そいつ? この悪魔のことであるか?」
「……そいつ倒せば、お金、貰えるの?」
未だ顔を伏せたままのアッシュはそう言いつつ、右手だけをすっとディアボロスの方に向け、指を指した。
「それはもう当然であるっ! ドラゴン一匹退治しただけでも討伐報酬は数千万はくだらない値が付いているのである! ドラゴンと違って素材が取れるかわからないのでどれくらいの額かはわからないのであるが、この強さ、そして厄介さ! 少なくともドラゴン以上の報酬が貰えるのは間違いないのであるっ!」
何が何だかよくわからないが、何やら不穏な空気を悟ったダグラスは、敢えて殊更陽気な口調で答えることで、アッシュを元気づけ、いつも通りのアッシュに戻ることを期待したのだが……。
「そうか、それは良かった」
やっと顔を上げたアッシュの顔には、笑顔が戻っていたものの、目が血走ったままなことでかえって異常な不気味さを醸し出していた。辺りをぐるりと見回したアッシュは、ドルカをその視界に見つけるや否や、借用書を押し付けるように渡し、代わりにドルカのポシェットから何かを奪い取る様に掴むと、ゆらゆらとダグラスの方に歩き出す。
「アッシュ殿! こちらは危ないのである! 相手は500年前の魔王軍四天王なのであるぞ!?」
「四天王、か」
そう言われてもなお、アッシュはふらふらとダグラスに近づいていく。
「そうである! 四天王なのである! アッシュ殿など一瞬で殺されてしまうのである! 大人しく隠れているのである!」
「大丈夫大丈夫、一緒だから」
血走った目のまま、アッシュはへらりと笑って見せた。
「な、なにが一緒なのである?」
「このまま助かっても借金が1000万もあったら結果は一緒だから」
「借金? 何の話である?」
ダグラスの口から『借金』という言葉が漏れ出た瞬間、アッシュは豹変した。
「うるせぇぇっ! てめぇそんなこと言って金を独り占めしようだなんて許さねぇぇっ!」
「アッシュ殿!? どうしたのであるっ! 明らかに様子がおかしいのである……!?」
ついにダグラスの隣にまで歩み寄ったアッシュは、ダグラスを押しのけるようにして、ディアボロスに向き直った。
「俺がやる」
「え?」
「俺がその糞悪魔をぶっ殺してやるって言ってんだよこの全裸筋肉っ! わかったらそこをどきやがれぇぇっ!」
――まさにその姿は、借金によって狂ってしまった哀れな戦士。『借金バーサーカー』という冒険者『アッシュ=マノール』を代表する二つ名が生まれた瞬間であった。
「随分と舐めたことを言ってくれるではないか。貴様のようなまともな武器さえ持たぬ小童が、この私をどう倒すと言うのだっ!」
今の今まで場の雰囲気に押されて黙って事の成り行きを見守っていたディアボロスであったが、何の戦う術も持ち合わせていないような少年に堂々と宣戦布告をされたことによって、その沈黙を破り、剥き出しの殺意をアッシュに向けながら、瞬く間に魔法を展開する。
「うるせぇぇっ! こうするんだよぉぉぉおおおっ!」
無数の魔法を展開し今にもアッシュ目がけ放たんとするディアボロスに対し、目が血走りへらへらと笑いながらアッシュが取った行動は、手に持った袋の中身をその場にひっくり返すことであった。
「あっ! 私の大根の種っ! アッシュ君いつの間にっ!」
「うけけけけけけーっ! 行けぇお前らっ! あの悪魔の口に入り込んで毒をまき散らしてやれぇっ!」
無数の種がまき散らされたアッシュの足元には、割れた小瓶と麺棒が転がる水たまりがあった。
……『植物の成長を促進する香水』の原液が混ざり合った水たまりは、元はと言えばディアボロスの放った水魔法によってできた氷の塊であり、その水には豊富な魔力がまだ残されていた。そして、水たまりに半分浸かってしまっている麺棒は何故か淡い光を帯びており、水たまり全体が不思議な力に満ちているように見える。
そこに、まき散らされた歩き大根の種達は、水に触れた瞬間に芽を出し、葉を伸ばし、ぐんぐんと根が育っていく。
「なんだそれはっ! なんだその力はっ!?」
慌てて魔法を放つディアボロスだったが、もう遅かった。一瞬にして5歳の子供程のサイズにまで成長した大根は、次々とディアボロスに飛びかかり、飛来する魔法とぶつかっては四散する。
「まさかっ、これはゴーレムではなくマンドラゴラっ!? 貴様、魔物使いだったのかっ! それもこの数を一瞬で召喚したっ!? その若さで召喚術まで身に着けているとでも言うのかっ!?」
「うけけけけけーっ! ゴーレム? マンドラゴラ? 大根だよ大根! ちょっと足が生えて辺りを動き回るだけの大根だよぉっ! なんか思ったより大きく成長してくれたのは俺の真心が伝わったのかなぁっ!? さぁ行けお前らっ! 戦いは数だっ! 数の暴力であの悪魔を蹂躙するのだっ! うけけけけけーっ!」
「うぉー! アッシュ君が壊れたっ! ワイルドなアッシュ君もかっこいーっ! やっぱり私とアッシュ君は大根王国を作る運命にあったんだっ! うひょーっ!」
次々と育ってはディアボロスに特攻していく大根の群れは、もはや白い波が押し寄せるかのようであった。ぞぞぞぞぞぞ……という音を立てながらディアボロスの身体を駆け上がり、全身を埋め尽くしていく大根達を眺めながら、アッシュは狂ったように笑い、それを見て踊り狂うドルカのテンションもまた最高潮に達するのであった。
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次話の投稿は明日7時頃の予定です。
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