第四十話 激戦の最中に
――ドガッ!
「……あれぇ?」
痛いのは嫌だなぁと思わず目をつむっていたドルカは、あれだけスゴそうな魔法を喰らったはずなのに自分がちっとも痛くなくて、むしろなんだかちょっと温かくて悪い気がしない、本日二度目の幸せな状態であることに気付き、期待と喜びに打ち震えながら目を開けた。
「あ、やっぱりアッシュ君だー。うへへへへへ。アッシュ君はあったかくて落ち着くね。」
「がはっ……っ! お、おいドルカ、お前無事なのか? あれだけの魔法を喰らったはずなのにどうして……?」
やっぱりそうだった。また、アッシュ君は私のことを身を挺して庇ってくれた。ドルカのテンションは一瞬で最高潮に達した。
「うひょー! 耳元でアッシュ君の声がするっ! これは良いものだっ! うひょー!」
「ああ完全に無傷だなお前。むしろ心配して損したわ。ついでにこのまま俺の背中も治してくれ。今ので多分バッキバキだ」
魔法の直撃を喰らったはずのドルカは無傷で、その衝撃で吹っ飛ばされたドルカを受け止めたアッシュだけが大ダメージを負っていることに腑に落ちない顔をしながらも、アッシュはドルカに頼んだ。
「しょうがないなぁアッシュ君は! やっぱり私がいなきゃダメなんだねー! あっそうだ! 治るの早くなる気がするからもっとぎゅっとしてー? ぎゅー、って!」
「痛っ! わかったからこれ以上くっつくな! でもやっぱすげぇなドルカ。これだけの怪我でもあっという間に治っちゃいそうだ。これだけ分けても平気ってお前の生命力どうなってんだよ。今日だけで俺の命数回分回復されてる気がするんだけど……」
腕輪を介してドルカの生命力を分け与えてもらいながら、アッシュはそう呟いた。今日だけで一体どれだけの冒険をし、どれだけの怪我をしただろうか。まさかショイサナに着いたその日のうちにこれだけのことが起こるとは考えもしなかった。目の前で変態とはいえ超一流の冒険者の戦闘をそれもあの英雄譚の中でも語り継がれているディアボロスを名乗る悪魔を相手にしている所を……。
「……っ! こんなのんびりしてる場合じゃない! ディアボロスだ、あいつはまだ生きてる! 弱点が分かったとはいえこのままじゃまずい! 相手はダグラス達に任せて俺達はまたどこかに隠れないと!」
「……まさか、これだけの不意打ちを喰らわせてもまだ無傷とはな。その服に縫い付けられた革や鱗。一見そうは見えないように巧妙に細工まで施されているが、まさか全て私の魔法にさえ耐えうるレベルの魔物の素材か? ……だがしかし所詮は切れ端の寄せ集め。精々が1度防げれば終わりの使い捨てであろう? 一体どれだけの備えをしているかは知らぬが、使い果たすまで打ち込めばいいだけのこと。今度こそ貴様の息の根を止めてやるっ!」
はっきりと手応えを感じたはずのドルカが未だ無傷でぴんぴんしているドルカに、500年前最も苦戦した英雄を重ねたディアボロスは、今度こそトドメだと言わんばかりに魔法を展開していく。
「不意打ちとは卑怯なりっ! 先ほどから貴様の相手は吾輩であると言っておろうが!」
「おいダグラス! この悪魔があの嬢ちゃんを執拗に狙ってるってのはわかった! 手柄だとかそんな話はあとだっ! 俺達を助けて回復までしてくれた嬢ちゃん達の為にもここは力を合わせて奴を抑えるぞ!」
「ヌウンッ! やむを得ないのである!」
「雑魚どもがっ! まだ私の邪魔をするかっ!」
ディアボロス対ダグラス、冒険者達の第2ラウンドが始まったのを横目に、アッシュはドルカに引っ張られながらがれきの陰に移動していた。
「いてててっ! まだ治りきってないのに無理やり移動するってのはやっぱ無理があったな……。ありがとな、ドルカ」
「うへへへへー。お礼なんて良いんだよアッシュ君! ほら、『苦労は倍に! 幸せは半分に!』って奴だよ!」
多分結婚した夫婦が苦楽を分かち合い辛いときはそれを分け合い、幸せなときはその幸せを二人で喜ぶことを言いたかったのだろう。
「……言いたいことはわかるけど逆だぞドルカ」
「もうアッシュ君ったら恥ずかしがっちゃって! あっ、私の麺棒がないっ! 香水もっ!」
私の武器がっ! と嘆くドルカに対し、どこが武器だよと内心で突っ込みながらも、アッシュは辺りを見回す。
「あぁ、それならお前さっき魔法喰らって吹っ飛ばされた時に落としたんだよ。ほら、両方ともあの水たまりのとこに転がってる。……香水は割れちまってるな。」
「えーっ! そしたらもうアレクサンダー作れないの!?」
ドルカは今日の中で一番ショックを受けましたという顔をしている。他にもっとあっただろうが。
「心配するとこそこかよっ! ……売ってくれた香水屋を探してもう一回買えばいいだろ。これが終わったら一緒に探しに行こうぜ」
「アッシュ君……! まさかこれはデートの約束っ!? うひょー!」
「ちげぇよ!」と突っ込みを入れようとしたその瞬間、背に衝撃を受けたアッシュはドルカを押し倒す形で倒れ込んでしまった。
「うひょー! アッシュ君大胆っ!」
「ちょっと待てそういうんじゃなくて、何か背中にぶつかったんだって! ……ってさっきの冒険者さん?」
そこで初めてアッシュが戦闘を続けているはずのダグラス達の方を見ると、既に立っているのはダグラスのみで、冒険者達の姿が見当たらない。よく見れば、アッシュの背中にぶつかってきたのはダグラスと一緒になって戦っていてくれていた冒険者の一人であった。
「アッシュさん! なんだか様子がおかしいんです!」
そう言いながらも気絶しぐったりとしている冒険者を抱えながらアッシュ達の方に走ってきたのは、真なる姿を開放したダグラスに釘付けになっていた女性冒険者であった。
「水魔法が弱点のはずで、みんなで水魔法を放ったのに、あいつはそれを吸収して明らかに強くなって……! ごめんなさい、私魔法が使えないから、何度も何度も申し訳ないけど回復をお願いしたいの」
「なんだって!? ……とりあえず回復は任せて下さい。ドルカ! 魔力の補給は頼んだ」
「任せてー! うへへへー今回はアッシュ君のどこにくっつこうかなぁー?」
「どこでもいいから早くっ!」
女性冒険者が連れてきた方はまだしも、アッシュにぶつかった方は見るからに重傷だった。アッシュが使えるのは最下級のヒールだけであるが、それでもドルカの無尽蔵の魔力をありったけ注ぎ込んでヒールをかけ続ければ効率は悪くても回復が可能のはずである。アッシュは軽く下敷きにしていたままだったドルカを改めて抱き寄せ、治療の邪魔にならないように背中側に回した。
「うひょー! アッシュ君ってばさっきから積極的!」
「ありがとうございますっ! あのっ、さっきからドタバタしてて忘れてましたが、私、ガンミと言いますっ! このお礼はいつか必ずっ!」
「いえ、皆さんが俺とドルカをダグラスと一緒になって逃がそうとしてくれたの見てましたから。こちらこそ身を挺して庇って頂きありがとうございました」
――その時である。
ガンミと一緒に気絶した冒険者を横たわらせられる場所を確保すべく周囲のがれきを除けていたアッシュの目に、一枚の紙きれが留まった。
「なんだこれ、借用書……? ドルカのっ!? ……おいドルカッ! 1000万の借金ってどういうことだよっ!」
混沌とした戦場と化したマフィアの地下賭博場。アッシュが見つけたのは、ドルカがイカサマギャンブルにリベンジをするべく調達した軍資金の借用書であった。激戦の最中借用書を握り締めるアッシュのその両手は、ぷるぷると震えていた。
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