第三十八話 ディアボロスのヒミツ
己の身一つで圧倒し、そのまま殴り倒さんとするダグラスに対し、体術に加え魔法の嵐を浴びせることで対抗するディアボロス。500年前勇者との戦いに敗れ300年の眠りについたディアボロスには、500年前と異なる点がひとつだけ存在した。
それは、先ほど見せた魔法の吸収である。500年前彼が勇者達に負けた際、決め手となったのは魔法使いや巫女達がありったけの魔力を込めて勇者の剣に属性付与を施し、無敵と思われた肉体を水晶もろとも切り伏せた必殺の一閃であった。
ディアボロス自身の身のこなしによってまともに攻撃が当たることは無いとはいえ、属性付与された武器や顕現化は魔法である。、物理攻撃であるディアボロスにとって唯一と言っていいわかりやすく弱点足り得るものだった。そして、500年前その唯一と言っていい弱点を突かれ敗北したディアボロスは、300年前に復活してからの200年の間に、更に自身の弱点を隠す術を会得したのである。
それは、バリアチェンジ。最下級であるスライムの変異種であるレインボースライムの特性を魔法によって再現したディアボロス独自の魔術である。レインボースライムは、身に纏う魔力の属性が常に変わり続けている非常に不安定な存在であり、その多くは魔力の制御ができないまま、生まれて間もなく死んでしまうという儚い存在でもあった。
しかし、奇跡的なバランスである程度の大きさまで成長できたレインボースライムは、『火』『地』『風』『雷』『水』、そしてまた『火』という一定のサイクルに従い身に纏う属性を変えるようになり、それ以降は自然消滅することが無くなる。それどころか、このスライムは今自身が身に纏っている属性に打ち克つ属性以外の魔法攻撃を吸収し、更に巨大に成長するという性質を持っていたのである。ディアボロスは復活後、魔王が封印された地を探し彷徨う中でたまたま見つけたこのレインボースライムの特性に着目し、自身の弱点克服の為にレインボースライムのこの特性を習得しようと試みたのである。
結論として、ディアボロスは確かにこの特性を習得することに成功した。更には、凄まじいまでの魔力消費を代償として決まった順番ではなく任意の属性への切り替えまで可能としたのである。代わりに、バリアチェンジを発動している間は今自身が身に纏っている属性の魔法しか打てなくなり、当然その属性に打ち克つ属性の魔法を受ければ大ダメージを負ってしまうことは確かである。
しかし、魔力の消費に関しては魔法戦でダメージを喰らいかねない場合のみ使用することで節約が可能であり、弱点を突かれた際のリスクについても、単純な確率論として弱点以外の魔法を喰らうことの方が多ければ敵の魔力を吸収すること収支をプラスにすることすら可能である。
複数の属性を操れる魔法使い自体は決して少なくはないが、ディアボロスレベルの相手に多少なりともダメージが通るレベルの魔法を操れる魔法使いというだけでその数はぐっと減る。更に、自身が扱える属性全てをディアボロスにダメージを与え得る威力で自在に操れるレベルとなるとその割合は絶望的に少なく、500年前の英雄達でさえ魔法使いと巫女と勇者の三人がかりでやっと全属性をぎりぎり補完し合えるレベルである。
そして、これまでの検証により、弱点を突かれた際に負うダメージは同程度の威力の魔法を吸収した際の約二倍。3回に1回正解の属性で攻撃されたとしても差し引きゼロになる計算である。対の関係にある『光』と『闇』を除いた、基本属性である『火』『水』『風』『地』『雷』の5属性。そのどれが弱点かを見抜かれ続け、それ以外の魔法を一切喰らわせないという凄まじいまでの技量と洞察力を兼ね備えた魔法使いでなければ決してディアボロスを倒すことは出来ないのだ。
なお、属性の相性に関しては、『火』は『地』に強く、『地』は『風』に強い……といった形でこのサイクルの順番通りに優劣が決まっている。しかしこれはあくまで発動前の魔法に対し属性を帯びた魔力がぶつかった際の相性であり、実際の戦闘では発動後の現象としての炎を土を被せることで消火したり、風で土壁を削り切ったりといったことも平気で行われている。
要するに、火の属性を帯びた魔力に対し水属性の魔力や水魔法によって生じた水や氷を受けるとそもそも魔法そのものが発動しなくなってしまうが、火魔法によって発動した後の炎はその勢いが強ければ水をかけられた所で消えるとは限らないということである。
この現象は属性相克と呼ばれ、魔力ならではの現象として知られてはいるが、純粋な魔法生物や明らかに特定の属性の魔力を帯びた魔物等、あからさまな弱点を晒している魔物を相手取る時にしか用いられていないのが現状である。身体を魔力そのものに変えながらも敢えて実体を持っているかのように見せかけているディアボロスを見て、属性相克に思い至るものは少ないだろうという点も、ディアボロスにとっては好都合と言えるだろう。
無尽蔵の魔法の嵐と、弱点以外では決して傷つくことがなく疲れも見せない肉体から繰り出される物理攻撃を掻い潜り、強力無比な物理攻撃により顕現化された魔力の膜をもぶち抜いて水晶を砕くか、5属性全ての攻撃手段を用意し、バリアチェンジにより絶えず変わり続ける弱点を的確に見抜き正解の属性でのみ攻撃を当て続けること。
攻めることよりも守りに重きを置き、消耗戦に引きずり込みじわじわとなぶり続け、絶望に歪む顔を眺めることを何よりの楽しみとする悪魔の姿がそこにはあった。
「ヌウンッ! 弱点を見抜き、本気を出してなおこれだけ苦戦するかっ!」
「フンッ! たった一人、雑魚どもを庇いながら戦って未だ無傷どころか息一つ荒げぬ貴様も大概の化け物ではないか。貴様は私には勝てぬ! ……しかし、その尋常でない強さだけは認めてやろう。だから大人しく死ぬが良いっ!」
「全ては日々の鍛錬とプロテインのおかげなのであるっ! しかし、このままでは勝てないのも事実! 癪ではあるが、手段を選んではいられないのであるっ!」
ダグラスの信条は身一つ、素手で戦い敵を捻じ伏せること、そして、それを可能にする筋肉の素晴らしさを広め、世界中を筋肉で埋め尽くすことである。そして、実際にドラゴンやゴーレム、それも最上位の個体を相手に素手で捻じ伏せてきたという実績を持っている、魔窟の冒険者の中でも純粋な戦闘力でのし上がってきた男である。だからこそ、今からダグラスが行おうとしている攻撃は本来の彼からすると非常に不本意なものではあったが、それを差し引いてもかつての四天王を単騎撃破するという名誉が残れば良いとダグラスは割り切ることにしたのだ。
なお、アッシュとしてはダグラスがブーメランパンツを脱ぎ棄て、今もなおどことは言わないがとある部分をぶらんぶらんさせながら戦っている状態でもまだ『手段を選んでいる』うちに入っていることに対して突っ込みたくてしょうがなかったが、攻防が更に激化し、流れ弾がかすっただけで死があり得る現状と、そんなことより次に起こり得る更に精神を削るような非常識な手段への心の準備を優先し、口に出すことは無かった。
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