第三十六話 スタイルチェンジ! ブレイブフォーム!
「ふんっ! 貴様自身吾輩に一切ダメージを与えられていないというのに口だけは良く回るのである。真の姿ということは今の今までは人間にでも化けてこの街に潜り込んでいたのであろう? まことに貴様がそれだけの力を持っているのであればこそこそ隠れたりせずに正々堂々この街を滅ぼしにかかれば良いだけなのである。雑魚程大口を叩きたがるのが世の常ではあるが、まさか500年前の四天王も口だけだったとはとんだ笑い種である! それとも、四天王を名乗っていることの方が嘘なのであるか?」
挑発に挑発で返す余裕を見せながらも、ダグラスは内心ディアボロスの攻撃を無効化するカラクリについて必死に考えを巡らせていた。
物理攻撃を無効化するだけであれば、その手の特性を持った魔物というのは決して多くは無いが一定数存在し、その認知や対処法も広く知られている。
その多くはスピリットやエレメントなどの非実体系の魔物、スライムなどの不定形の魔法生物であり、非実体にも干渉可能な魔法で一掃するか生物としての根幹を成している魔石やコアといった唯一物理攻撃の通用する部位を狙い撃ちするかといったあたりで概ね対処が可能である。
しかし目の前に対峙するディアボロスは、どういったカラクリか魔法さえも吸収し、一切ダメージを喰らった様子が無い。
「貴様も中々言うではないか。一つ教えておいてやろう。私が姿を隠してこの街に潜り込んだのは、何も力を隠す為ではない。私はただ魔王様が復活される兆しを待っていたのだよ。貴様らの内側に入り込み力を削ぎながら、な」
そう言いながらも次々と魔法を放ってくるディアボロスは、魔法を跳ね返されることに慣れてきたのか最早驚くこともなく、敢えてダグラス自信を狙うのではなく足元や後ろの壁、がれきを狙い始め、余波でダグラスを始末してやろうという作戦に出始めた。
「ヌウッ! サイドチェストッ! ダブルバイセップスッ!」
それでもダグラスはまだなお喰らい付き、避けられる魔法は避け、余波を喰らいかねない魔法は床に転がってでも大胸筋で受け、その次の瞬間にはもう立ち上がって殴りつける。
鍛え上げられた筋肉による巨躯のイメージからは想像もつかないようなしなやかで滑らかな、軟体動物を彷彿とさせるその動きはまさに異次元。
「あの変態が押されてるぞ」
「まさかあの魔族、本当に四天王なのか?」
「おい、もしかしてこのままじゃヤバいんじゃないか?」
アッシュとドルカの密かな活躍により、床を踏み抜いて地下に落ちてきたダグラスに巻き込まれ、怪我をしたり瓦礫に埋もれて動けなくなっていたり、二人の戦いの余波でダメージを負っていた冒険者達は救出され、未だ凍り付いたままの抜け道の前に集められ、簡易のバリケードを作りながら二人の異次元の戦いを、固唾を飲んで見守っていた。
ダグラスの恐るべき所は、これ程までの激戦の中、アッシュ達の動きさえ頭に入れ、決して彼らの方に流れ弾が行かないように戦っていることだろう。それは、彼がディアボロスを倒した暁には、戦いの中でいかにダグラスが素晴らしい筋肉だったかを語り継がせる為であり、優しさや良心、正義感といった他者を思いやる気持ちは一切存在していない。
どこまでも己の欲求の為に生きる。ダグラスは今、まさしく魔窟の冒険者として輝いていた。
しかし、そのダグラスにもついに焦りが見え始める。
豊満な大胸筋の柔らかさによって、魔法に衝撃を与えることなく弾き返すという文字通り人間離れした技によって魔法をいなしていたダグラスであったが、足元を狙われるとしゃがんだり仰向けに転がったりと無理な体勢を取らざるを得ない。初めの何回かは何とか保っていたが、低位置で大胸筋を美しく魅せるポーズには限りがある。あらゆる角度から筋肉を見せびらかすことに精通しているダグラスといえど、流石に限界が訪れようとしていた。
「流石に足元を狙われると辛いのであるっ! ……くっ! かくなる上は吾輩も本気になるのであるっ!」
一瞬のうちにバッと後ろに飛びずさったダグラスに、ディアボロス含めその場にいる全ての者が何か大技をしかけるのだと確信し、身構えた。
その視線を一身に浴びながら、ダグラスはゆっくりと両手を腰に降ろし、そのまま唯一残されていた三角形の布、即ちブーメランパンツに手をかけ、勢いよく脱ぎ捨てた。
「あはははははは! 見てみてアッシュ君! パオーン! パオーン!」
「やめなさいっ! お前一応女だろなんで一番最初に反応してしかも喜んでんだよっ! 指を指すなこのバカ!」
周りにいる冒険者達も絶句である。同じく巻き込まれていた唯一の女性冒険者が、手で覆い隠すフリをしながら指の間から凝視しているのは見なかったことにしよう、とアッシュは思った。
「ヌフウ……。これでまだ戦えるのである。」
「なんだ貴様はっ! わけがわからんぞ! 下着を脱ぎ去って何が変わるというのだ!」
一瞬でも何か恐るべき技を仕掛けて来るのではないかと身構えてしまった自分が嫌になってきたディアボロスは、今度こそトドメだと言わんばかりに再び足元を狙って次々と魔法を放っていく。
「ほんとにパンツ脱いだだけで何が変わるってんだよ! 正気かダグラス!」
「吾輩はいつだって真剣なのである。 我が妙技! とくと見るのである!」
そう言うや否やダグラスは、完全にディアボロスに背を向け、惜しげもなくそのダグラスをアッシュ達のいる側におっぴろげながらしゃがみこむようにポージングを取った。
「ほんとお前何考えてんだよマジで!?」
「見ればわかるであろう?」
「見ても分かんねぇし見たくもねぇから言ってんだよっ!」
アッシュの渾身の突っ込みの刹那、ダグラスに魔法が着弾する……。
色々な意味で思わず目を瞑ったアッシュだったが、魔法が発動する様子はない。恐る恐る開いたアッシュの目に飛び込んできたのは、未だおっぴろげたまま物憂げな表情でポージングを取るダグラスと、次々とディアボロス目がけ跳ね返されていく魔法であった。
「なんだとっ!? 貴様、胸部以外でも魔法を跳ね返せるのに今まで隠していたというのかっ!」
「……この技だけは使いたくなかったのである」
そう、それは尻。ダグラスの身体の中で大胸筋に次いで柔らかく、優しさに満ちた部位である。足元を狙われるのであれば、より足元に近い部位で跳ね返せばいい。それはあまりにもシンプルな答えであり、真理であった。
元々人として許されるギリギリの面積でしか身に着けていない布切れではあったが、それでもただの布切れに触れれば魔法は発動してしまう。この技を使う為に、ダグラスは脱がざるを得なかったのである。
「これでは吾輩は変態なのであるっ! 吾輩は露出狂ではないのであるっ! くっ! 御婦人もいる中で全裸になるなど言語道断っ! しかし理解して欲しいのであるっ! 吾輩にとってもこれは勝利の為の覚悟であり苦渋の決断であったことをっ!」
「お前の基準がわかんねぇよっ! あとそこまで恥ずかしがるなら手で隠すとかしろよっ!」
「それは嫌なのである。ポージングだけは譲れないのである」
「なんでだよっ!」
頬を染め、悔し涙さえ浮かべている癖にポージングだけは譲らないときっぱり冷静に返すダグラスに対し、アッシュは再度渾身の叫びを見せたのだった。
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