第三十四話 本人はいたって本気
「なんなのだ! 一体貴様の身体は何がどうなっているのだっ!?」
「ヌゥン! 吾輩のこの筋肉が通用しないとは不覚であるっ! 殴っても殴ってもまるで手応えがないのである!」
500年前魔王と共に世界中にその名を轟かせ恐れられていた四天王の一人、姦計のディアボロス。それに相対するは世界中から冒険者が集うショイサナの中でも一際イカれた連中が集まる街の一角、通称『魔窟』のSランク冒険者ダグラス。
二人の戦いは周囲の冒険者達を巻き込みながらも、膠着が続いていた。
「この手応え。……貴様、実体のある生物ではないな?」
「フハハ、その通り。この身体は魔力によって構成された仮初のもの。私の魔力が尽きるまで決して傷つくことはないのだ」
「なんと面倒なっ! こうなれば貴様の魔力が尽きるまで殴り倒してやるのである!」
そう、初めはその巨躯から想像もつかないような恐ろしいスピードでディアボロスに肉薄し、立て続けに打撃を喰らわせていたダグラスであったが、攻撃を受け続けているはずのディアボロスは一向に怯んだ様子すら見せなかった。
それどころかダグラスが殴る蹴る掴みかかる以外の攻撃を仕掛けてこないとわかるや否や自分から近づいて来るのを幸いと魔法を次々とダグラス目がけ放っていく。
「効かぬわっ! サイドチェストッ!」
「ええいっ! 防具どころか服も身に着けていないのに何故私の魔法が容易く弾き返されるのだっ! 理解できんっ!」
そして、ディアボロスの恐ろしいまでに練り上げられているはずの魔法もまた、ダグラスにダメージを与える気配が見えない。ダグラスは魔法が飛んでくるたび、一々ポージング名を叫びながら両手を腹の前で組み、大胸筋にググッと力を込めると、その豊満な大胸筋の震えを利用して魔法を弾き返していく。
「また飛んでくるぞっ! 避けろっ避けろーっ!」
「あぁっ! 魔法が当たった所から壁が崩れてくるっ! 逃げろっ!」
「崩れた階段の復旧はまだ終わらないのかっ! 早くしないと余波で死者が出るぞ!」
「だから魔窟の連中に関わるのは嫌だったんだ!」
そしてダグラスの大胸筋によって弾き返された魔法はあらゆる方向に乱反射し、ダグラスが床をぶち抜いて地下に落ちてきた際に巻き込まれた冒険者達はひたすら逃げ惑っていた。
「本当に、何故魔法を素肌で当たり前のように弾き返せるのだ! 魔窟の冒険者共は常識が通用しないとは聞いていたがまさかこれ程とはっ……!」
「全ては鍛錬の賜物であるっ!」
本来、魔法というものは術者以外の物や魔力に触れた瞬間に炎や水、風といったそれぞれの魔法の属性に応じた現象を周囲にまき散らし、込められた魔力の分だけ属性をまき散らした後は跡形もなく消え去るものとなっている。その性質上、対魔法戦における最も有効な戦術は、弓や投げナイフ、場合によっては小石などを駆使して発動直後の魔法目がけそれら投擲物をぶつけ、暴発を誘うことであり、その基本原則は500年前の魔王軍との大戦の時代から大きく変わっていない。
ならば盾や鎧などの防具は無駄になるのかというともちろんそうではないのだが、例えば火魔法を鎧で受けたとして、熱耐性が無ければ直火焼きが熱せられた鎧による蒸し焼きに変わるだけである。盾で受けたとしても熱で手は焼かれ、頼みの綱の盾も手放さざるを得ない。無論耐性が万全な防具であれば被弾した所でさしたる影響は無くなるが、それでも目の前で魔法が発動すること自体を防げるわけではなく、目くらましや牽制を避けるという意味ではやはりそもそも当たらないことを優先するべきというのが一般的な考え方なのだ。
もちろん、一流の冒険者が身にまとうようなレベルの装備になってくると、そもそも『魔法そのもの』への耐性を持つミスリルやアダマンタイトといった魔法金属がふんだんにあしらわれていることもあり、普通に魔法を受けたとしても発動される魔法の威力を減衰させることが可能ではある。しかし、結局のところそういった一流の冒険者達が相手にするのは当然それ相応に強力な魔物となるわけで、多少減衰できたとしてもまともに喰らえば一溜りも無い魔法をバンバン打って来るような相手に対しては、やはりそもそもまともに被弾しない立ち回りが要求されることになる。
「くそっ! そもそも何故私の魔法は貴様に触れても発動しない? 貴様、一体何の技を身に着けているのだっ!」
「先ほどから叫んでいるのである。これはサイドチェストといって吾輩のこの胸筋を最も美しく」
「私が聞きたいのはそういうことではないっ!」
また、基本というからには例外もあるわけで、実際に質量を持ち触れられる実体として発動させるまでに至った魔法は、例えば剣であれば相手の剣と打ち合うことさえ可能とする。このように魔法によって形作られた武器は顕現化と呼ばれ、極めれば任意のタイミングで出したり消したり、属性を発動させたりといったことまで可能となる。
炎の顕現化であれば相手を切りつけるついでに傷口を焼いたり、風の剣であれば切りつけた傷口を風でずたずたに引き裂いたりと、その威力は恐れるべきものがあるが、使用中は常に術者の繊細なコントロールが必要となるというハードルも存在する。魔法をそこまで極めた上で武器を自在に操るだけの体術も身に着けていなければ十全に扱えるはずもなく、極僅かな才能に恵まれた一握りのみが扱うことを許された魔法となっている。
なお、元々ある武器に属性を付与し、顕現化とほぼ同様の効果を求めたものとして属性付与という魔法も存在しており、こちらは実体を維持する必要が無い分敷居が低く、中堅以上の冒険者からちらほらと使い手が現れる程度には広く扱われている。
――要するに。
先ほどから幾度となく己の大胸筋によって魔法を弾き返しまくっているダグラスはまさに異常としか言いようのない行動を繰り返しているのである。
「うひょー! 筋肉のおじさんすごーい! あの胸の筋肉でバイン! って魔法はじく奴、私もできるようにならないかなぁ」
「ただでさえヤバい奴なのにこれ以上色物になってどうすんだよ……。そんなこと言ってる暇があったら手を動かせって! 巻き添え喰らってる冒険者さん達を早いとこ助けないと!」
「はーい! アッシュ君、私ちゃんと頑張るから後でごほーび! ごほーび頂戴! 頭撫でて頭!」
「はいはいわかったから! 流れ弾に気を付けながらさっさと助けるぞ!」
戦いに気を取られ手が止まっていたドルカを窘めつつも、アッシュもまた二人の戦いに目を奪われていた。
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