第三十一話 仲間達の最期
本日二度目の投稿です。
アッシュは本日二回目の、考えるよりも先に身体が動き、その動きに思考が慌てて追い付いて来るような奇妙な感覚の中、恐ろしい冷気に顔をしかめながらも必死で魔法が放たれた先にドルカの姿を探していた。
ほんの数分前、筋肉のことしか考えていない魔窟のS級冒険者ダグラスの協力によって確保に成功した『レザー』と名乗った痩せぎすで釣り目の男に連れられて、ドルカが居るであろう賭場のある建物に辿り着いたアッシュ。そのアッシュが、まさに地下への階段を降りようとしたその矢先、強い風のようなものに背を押されたように感じ、危うく足を踏み外して下まで転がり落ちそうになり、体制を立て直すと同時に、今までうっすらと感じていた嫌な予感を確信に変え、背を押されるがままに階段を駆け下りることにした。
一段飛ばしで階段を降りるごとに禍々しい気配と冷気が濃くなっていくその空気に異様なものを感じたアッシュは、先ほど自分の背を押したと錯覚したのは何者かが行使しようとした魔力の収束であり、空気中を漂う魔力をこれだけ集めておきながら、今もなお感じる背を押されるような感覚に、一体どれほどの魔法を放とうとしているのかとそら恐ろしくなったが、その逡巡も、階段が途切れ、中の様子が見えた瞬間に消え去った。
アッシュが目にしたのは、この異様な冷気と禍々しい気配の中そんなことはお構いなしに締まりの無い顔で何やら妄想に耽り笑っているらしいドルカと、そのドルカを真正面に構え恐ろしいまでの魔力で氷の槍を練り上げている魔法使い風の男の姿だった。
アッシュがはっきりと自身の行動を理解したのは、ドルカ目がけて振り下ろさんとされている右腕に齧り付くように飛び込んだ後のことであり、次に考えたのは、自分は果たして間に合ったのかどうかであった。
「くっ! このタイミングで邪魔が入るとは、やはりあの狂人の血脈……!」
背格好はアッシュと変わらないはずの男の右腕に両手両足を使って飛びついたにも関わらず、アッシュはその右腕を軽く振り払うだけであっさりと吹き飛ばされ、今自分が駆け下りてきたばかりの階段に叩きつけられてしまった。当のローブの男はたたらこそ踏みはしたが、まるで気にした様子さえ見せない。
背中をもろに打ち付け思わずせき込み、地に這いつくばったことで男のローブに遮られて見えなくなってしまったアッシュだったが、それでも必死で顔を上げ、男の向こう側にドルカの姿を探す。
「だがしかし、私が練り上げた魔法は直撃せずとも余波で常人が凍り付く。どう避けたとしても、何が起きたとしても殺しきれるだけの攻撃を放たねば、あの狂人は傷一つなく生き永らえる。私が500年前の大戦で学んだことだ」
アッシュが何とか地面をよろよろと這いながら動いたことで見えたのは、氷でできた槍が刺さった地面と、その地面を中心に盛り上がるようにできた巨大な氷柱。その氷の厚さ故に中が見えないが、槍の形をした氷の先端には、何かが刺さっているようにも見える。
「フッ、手元が狂ったように思えたが、気のせいであったか。それとも、貴様が私に飛びついたことで本来の運命から逸れて避けたつもりの方向に魔法が飛んだのか。貴様が必死の覚悟で護ろうとした忌々しい小娘は、残念だが私の魔法で上半身と下半身に分かれてしまったようだ。……ん? なんだこれはっ!? 人の下半身ではないっ!」
アッシュをそっちのけで氷柱の中を凝視しているローブの男の視線の先、アッシュも必死で立ち上がり氷漬けになった『それ』をよく見てみると……。
「大根……?」
「あー! アッシュ君だ! うおぉーやっぱ想像のアッシュ君より生のアッシュ君だよね! うひょー!」
氷柱の向こうからひょっこりと顔を出して嬉しそうに手を振るドルカと、唖然とした様子のローブの男。氷漬けになった大根と、よくよく見てみれば辺りに転がり伏しているチンピラ達。
「貴様っ! 何故私の魔法を喰らっていない! さっきの手ごたえはこの人形、いやゴーレムかっ!? 何だ貴様は!」
「え、私? 私はねー、未来のアッシュ君のお嫁さんかなー」
「ああぁっ会話が通じんっ! この苛立ち、500年前と同じ……! 貴様は、貴様らという血筋は、私をどこまで虚仮にしてくれるかっ!」
カッ! という閃光と共に放たれたのは炎の矢である。煌々と燃え上がる炎で形作られた矢は、先ほどの氷の槍とは異なり非実体のままの魔法であり、実体を伴っていた先ほどの氷の槍レベルの魔法ではないが、まともに喰らえば明らかに致命となることがわかる水準まで練られていたその矢は、再びドルカの心臓目がけ吸い込まれるように飛んでいき、ドルカのポケットから飛び出した白い物体に遮られドルカの手前で爆ぜた。
「あーっアレクサンダー! アレクサンダーが一瞬でほくほくになっちゃった! あっ結構美味しそうかも」
「クッ! 先ほど私の魔法を避けたのもそういうカラクリか! 惜しげもなく精巧なゴーレムを身代わりにするとはやはり侮れん!」
「いや、それ大根……」
アッシュの呟きも虚しく、ローブの男は激昂して一切聞こえていない様子である。
「ならばこれでどうだっ!」
三度目の正直と言わんばかりに放たれたのは、風の力を矢の形にして飛ばす風の矢、それも3連発である。恐らく身代わり対策として同時に放たれたのであろうその3本の風の矢は、それぞれが別の軌道で弧を描きながらドルカ目がけて飛んでいき、やっぱりポケットからぽんぽんぽんと続けて飛び出してきた大根3体が身を挺して盾となり風の力で弾け飛ぶ。
「あぁっアレクワンダーとアレクヨンダーとアレクファイダー? が一瞬で大根卸しに! もったいない!」
「身を挺して庇ってくれた奴らに贈る言葉がそれでいいのかお前はっ! あとどれがどれか区別も付けてやれっ! 最期の瞬間に名前間違えられてたら可哀想すぎんだろうがっ!」
「あぁっ! ゴーレムの破片が目にっ! くそっ貴様懐に何体ゴーレムを忍ばせているのだっ!?」
巨大な氷柱は炎の矢の余波とホクホクに焼きあがったアレクサンダーの熱気で溶け始め、もうもうと湯気を上げて辺りを水浸しにし、その中心には未だ氷漬けになった大根。部屋中に飛び散った大根卸しとその大根卸しが顔から身体から全身にべちゃっと飛び散ったことで意識を取り戻し始めたチンピラ達。目を擦りながら怒り狂うローブの男となんとかちょっとでも味見できないかとほくほくのアレクサンダーと飛び散った大根卸しを交互に眺めておろおろしているドルカ。辺りはもう色んな意味でめちゃくちゃであった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
しばらくはこういったシリアスなバトル展開が続きます。
次話の投稿は明日7時頃の予定です。
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