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第三十話 ルドルカを知る者

 名前を聞く。一見ただそれだけのことではあるが、ショイサナに蔓延るマフィアやそのマフィアの元締めであるこのローブの男の所業を知る者にとっては恐ろしい意味を持った行動である。

 この男は、自分に楯突いたもの、自分を何らかの方法で脅かしたものには一切容赦をしない。一度敵と見做した者は徹底的に追い立て、その地位を、金を、そして命を奪ってきた。その彼が直接手を下すと決めた相手に必ず尋ねるのが、相手の本名であり、即ち事実上の死刑宣告なのだ。

「どうしたエリック。貴様も私のコレクションに入れてやろうというのだからもう少し喜んだらどうだ? それに、自分が入る墓標にはちゃんとした自分の名前を刻んで欲しいだろう? 貴様はこれまで私の部下として貢献してくれた実績もある。墓石のデザインと建てる場所だって選ばせてやってもいいぞ?」


 そう、このマフィアの元締めであり、誰も名前さえ知らないローブの男には、自分に楯突き死んでいった者たち一人一人に対し墓を建ててコレクションするという悍ましい趣味があるのだ。ギャンブルで破産させた富豪から掠め取ったという豪華な屋敷の裏に、それ専用の墓地を建て、自室の窓からその墓地を眺めて酒を飲むのが何よりの楽しみだという噂さえまことしやかに囁かれている。

 

 この男に逆らった時点で既に覚悟していた命ではあったが、まさか直々に死刑宣告を受ける程ではないと思っていたエリックは、その圧力に膝を折りそうになってしまった。


「クハハ、そうだ、貴様にとっては入る墓を選ばせてやるよりも、そこの小娘と同じ墓に入れてやる方が喜ばしいか? 命を賭けて助けようとした女と一生同じ墓の下で暮らせるなんて最高の幸せじゃないか。どうだエリック、貴様もそう思うだろう?」


 終わった。そう、エリックは思ってしまった。一瞬でも何とかなると、ドルカ一人を逃がすくらいなら何とかなると思ってしまった、いやそもそもドルカから勝負を受けたこと自体が、それ以前にこの男の下に付いたことが……。気付けばエリックの脳内ではこれまでに経験した出来事が一つ一つ、ぐるぐると頭の中をものすごいスピードで駆け巡っており、これが死に瀕したものが見るという魂の記憶(走馬灯)かと辛うじて残っている冷静な部分が考えていた。

 

 だがしかし、そんなシリアスな空気も命の危険も一切お構いなしなのがこのアホ丸出しの少女である。


「もー! さっきからガキとか小娘とかってひどーい! チンピラ屋さんだってついさっきちゃんと名前教えてあげたのになんで名前呼んでくれないのさ! 私の名前はドルカ! ドルカ=ルドルカ! もう15歳なんだからガキじゃないもん! ちゃんと名前で呼んでよね!」


 一切話を聞いていなかったにも関わらず、さっきから自分のことを小娘としか呼ばないローブの男に対してドルカはちょっとムッとしていたらしい。最後にウインクまでして見せ、決まったとばかりにドヤ顔をしているドルカを見て、エリックは今まで自分が見ていた走馬灯をもかなぐり捨て、素で叫んでいた。


「てめぇは馬鹿か!? いや、馬鹿なのはわかっちゃいたが、何でこの流れでわざわざ改めて自己紹介しやがる! 今ここに名前を知られちゃいけねぇ相手がいるってことをわかりやがれ!」

「あーまたバカって言った! その私に負けちゃったのはどこの誰ですかー!? 名前を教えちゃダメってなんでさー! 私小娘じゃないもん! クソガキでもないもん!」

「今それ所の話じゃねぇんだよ! 俺もてめぇもこいつに殺されるかも知れねぇって時になんでてめぇはそんな呑気に構えていられんだこのバカが!」


 危険を察知する本能。普通の人間、というよりまともな動物であればその全てが有しているはずのその感覚を何故お前はこれっぽっちも持ち合わせていないのか。根本的に人として何かが狂っているとしか思えないドルカにエリックは手短に現状を説明してやったのだが。


「えっそうなの?」

「『そうなの?』じゃねぇよ今まで何の話を聞いてやがった!」


――この返答である。

 百歩譲って言われるまで気付かないのはもういい。いや、まったくもって良くはないのだが流石にちょっと慣れてきた。しかし、言われてもまだわからないのは既にバカという範疇を大幅に超えてしまっているのではないだろうか。


「ちゃんと聞いてたもん! 難しくてわかんなかったけど!」

「やっぱバカじゃねぇか」

「なんだとー!」


 ドルカは怒った。ただ名前を教えてあげただけなのに何故ここまで怒られなければいけないのか。よくよく考えてみれば勝負に勝ったお金をまとめてもらうのを待っていただけなのに、なんか偉そうな人がチンピラ屋さんを怒りに来たのに巻き込まれてしまった、いわば被害者である。

 そもそもチンピラ屋さんとのゲームが楽しくてすっかり忘れていたが、ドルカはアッシュ君の大事なお金が無くなってしまったことに対して怒ったからこうしてはるばるここまでやってきたのである。もうさっさとお金を貰うだけ貰って早くアッシュ君に会いたい。

 結局どれくらいのお金が貰えるのかはよく覚えてないが、これだけいっぱいあったらアッシュ君の貯金分よりは多いに違いない。アッシュ君もさぞや喜んでくれることだろう。

 喜びのあまりドルカを抱きしめ、思わず「きゃっ」と声を上げたドルカの耳元で愛を囁き、そのままさっとドルカを抱え上げてお姫様抱っこで結婚式場までスキップするアッシュ君のかっこいい姿が目に浮かぶようである。


「……わかったか、ドルカ。あいつが名前を聞いたってことは、このままじゃ俺もてめぇも仲良く墓石の下に入れられちまうってことなんだよ! って話聞いてんのかてめぇ!」

「ククッ……、フハハハハハ……、ハハハハハハハッ!」


 甘美な妄想に浸り始めていたドルカ。そんな完全に妄想の世界に入り込み一切話を聞いていないドルカ相手に今がどういう状況なのか懸命に説明していたエリックというカオスな場を全て吹き飛ばすかのように、突如、ローブの男は声を上げて狂ったように笑い始めた。


 明らかに場が異常な空気に包まれている。初め、エリックは笑い声を聞いて背筋が寒くなったのだと考えていたが、いざ落ち着いて辺りに気をやると、実際に部屋の温度が凍り付きそうなほど下がっていっている。

 見渡してみれば、脇で事の成り行きを固唾を飲んで見守っていた舎弟たちが、ガチガチと歯を鳴らしながら白い息を吐き、必死で両腕で身体を抱きしめるようにして震えている。気の弱い者に至っては泡を吹いて気絶して倒れ込んでいる。

 なお、ドルカはローブの男の笑い声と下っ端が倒れた物音で妄想の世界から現実に戻ってきたようで、一番近くで倒れ込んでいる下っ端の身体をつんつん突っついて不思議そうな顔をしていた。

 

「おー? 下っ端さん達どうしたの、こんな所で寝ちゃったら風邪ひいちゃうよ~?」

「くそっ……てめぇら大丈夫か! おい、てめぇ一体何をした?」


 何故か寒がる様子を見せないドルカは置いておき、エリックは倒れ込んだ舎弟たちを見て、もはや完全に敵だと言わんばかりに、未だ冷気を発し続けているローブの男を睨み付けるが、ローブの男は構う素振りすら見せずに狂ったように笑い続け、ひとしきり笑った後に、しゃがみこんでまだ下っ端をつっついていたドルカを鋭い眼光で睨み付けながら、言った。


「ルドルカ……。そうか、貴様英雄の末裔……。それも、よりによってあの狂人(遊び人)の子孫か」

「おーっ!? 怪しいおじさんは私のこと知ってたの? いやぁまいっちゃうなぁそうなんですよ! 私、実はえいゆーの末裔さんなのです!」

「な……。え、英雄だとぉ?」


 唐突な話の流れに一人ついていけないエリックは、名前を聞いただけで英雄の子孫だと断定したローブの男とそれをあっさりと認めたドルカをぽかんと口を開けたまま交互に見ることしかできなかった。

 ルドルカという姓を持つ英雄などいただろうか。それに、ボスの口調は何かが変だ。エリックは回らない頭の片隅でチリチリと違和感を訴える己の感覚を信じ、必死に頭を回転させる。

 いつも淡々としていたボスが狂ったように笑い出し、わけのわからない御託を並べ始める。その非現実的な光景の中で、エリックは必死に生き延びる為の糸口を掴もうとあがいていた。


「……我らの王が封印され、貴様らがこの土地に街を興して500年。あの大戦の最中、私が死の淵に陥り眠りにつき、目覚めたのが200年前。辛うじて力を取り戻し、かつての仲間たちを探し彷徨った挙句にこの街を目にし、そこで初めて我らの王の敗北を知った私の絶望が理解できるか?」

「いやぁ、やっぱりわかる人にはわかっちゃうんだなぁ。アッシュ君は全然信じてくれなかったけど、一目見ただけで私のこのあふれ出るえいゆーパワーを見抜いた人がいるって言ったらびっくりするだろうなぁ。うへへへへへへ」


 しかし一切人の話を聞かないのがこのドルカという少女である。


「大戦の最中に死の淵で眠りについた? 目覚めたのが200年前? 一体てめぇ何を……っ!?」

「フッ、やはりあの狂人(遊び人)の子孫は狂人(遊び人)か。人の話を一切聞かず、どんな状況でもふざけた振る舞いや言動を繰り返し、その読めない行動で我らの急所を唐突に突いて来る。我らの王が勇者を差し置いて最も恐れ、忌避した存在……!」

「アッシュ君にこのお金をあげながら、『どうだー! 私のえいゆーパワー!』って言ったら流石のアッシュ君も私がえいゆーの末裔さんだって信じてくれるよね? そしたらきっとアッシュ君びっくりするだろうなー! 『僕が間違ってたよ、ドルカ。このお金で二人の愛の巣を建てよう』とか言ってくれるんだろうなー! うひょー!」

「……ま、まさかてめぇは!」


 エリックが続けて発したはずの『魔族』という言葉は、ローブの男が掲げた右腕に魔力が収束していくその胎動にかき消され、エリック自身でさえ音として認識することが出来なかった。

 ゴォッという音と共にローブの男の右手のひらを中心に渦巻くように集まった魔力は、魔法を扱えないエリックでさえそれが容易く人の命を奪える代物だと見て取れる代物であった。その魔力が徐々に透明な槍の形を成していくことで、その禍々しい魔法が氷の槍(アイスランス)であることをエリックは悟った。対象を貫くと同時に、その貫いた部分を一瞬にして凍結させる。

 本来目にも見えず、形も無いはずの魔力を練り上げることで形ある武器を実体化させる。実際に触れることが可能なレベルまで実体化出来ただけでも腕が良いと称され、更にその中でも一握りの者だけがまともに殺傷力があるレベルの武器を形作ることが出来る。魔法の世界に疎いエリックでさえ知っていた魔法の知識と照らし合わせてみても、ローブの男が練り上げたその氷の槍は、あまりにも大きく、鋭く、禍々しい魔力を纏っていた。

 

「貴様は間違いなく我らが王の復活の妨げになる。ここで死ね」


 咄嗟に自身の身を守るべく身体を竦めたエリックがその刹那目にしたのは、未だに妄想の世界に入り込み締まりの無い顔でにやにやうへうへと笑っているドルカ目がけ、一切の躊躇いも見せずに氷の槍を放たんとするローブの男と、その背の向こう、階段を駆け下りた勢いのままローブの男に向かって飛びかかる茶髪の少年の姿だった。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


次話の投稿は、本日23時頃の予定です。


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