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第二十九話 貴様の名は。

本日二度目の投稿です。



「手札を見もしねぇでこんな役を作りやがって……。負けたぜ、ドルカ。ここはもう廃業だ。有り金全部持って行きやがれ!」


 一千万ペロという、一般市民が死ぬまで働いても稼ぎ切れるかどうかわからないような大金をたった一回の勝負に全てつぎ込んだ上、配られた手札を見もせずに直感だけで不要なカードを選んで完璧な手札を作ってみせ、エリックが勝ちを確信するほどの渾身の手札を真正面から叩き潰して勝利して見せたドルカを、エリックは心から称えたい気持ちになっていた。


「あ、アニキ! そんなことしたらアニキは……!」

「いいんだ。てめぇらも見ただろうが。これは俺の完敗だ。てめぇらにはとばっちりがいかねぇようにして見せるから心配すんな。わかったら店の有り金全部こいつに包んでやれ」


 優しく宥めるように言い含めるエリックの姿に、全てを悟った舎弟たちが涙を堪えながら言われた通り手を動かしていく。


「うひょー! やったー! 楽しかったしまたやろうねー!」

「てめぇみてぇなイカれた女と賭けで勝負だなんて二度とやりたかねぇよ」


 負けたとはいえ一千万という大勝負が終わったことで恐ろしいまでの緊張から解放されてようやく少し落ち着いてきたエリックとは対照的に、ドルカはそんなことどうでもいいと言わんばかりに心の底から楽しそうに笑っている。

 結局のところ、勝負にすらなっていなかったのだとエリックはただただ力なく笑うことしかできなかった。


「じゃあお金掛けなくていいからまた遊ぼう?」

「ハッ、また会うことがあったらな」


――まあ、もう二度と会うことはねぇだろうがな。


 敢えて口には出さずにエリックは心の中で呟いた。

 恐らく、というかほぼ間違いなく、これでエリックは終わりだ。賭場を一つ任されているとはいえエリックの上には血も涙もない幹部たち、そしてその元締めであるボスがいる。エリックのこの失態が彼らの耳に入れば、エリックはこれまでエリックの上司だった者たちと同じように、その損失を己の身で償うことになる。鉱山夫か、未踏のダンジョンを調査する為の捨て駒か。いずれにせよ、この身一つでは済まない損失を組織に与えてしまった責任の追及により、エリックの未来は、死よりも辛い生活になるだろう。

 だが、エリックの胸中に後悔は無かった。たかだか賭け事といえばそれまでではあるが、エリックは自分に勝負を挑んでくるドルカの中に、確かに底知れぬ何かを感じた。

 この広い冒険者の街ショイサナでも、初日に魔窟に入り込み無事に生還し、更に賭場を一つ潰して見せる冒険者など今まで存在しなかった。後世に名を遺すレベルの偉大な冒険者たちは、良くも悪くもどこか人間離れした所があるというのは英雄と近しい者ほどまことしやかに囁く通説である。

 目の前のこの少女もまた、その一人となるのではないか。もしその直感が正しいのであれば、エリックは後の世に語られる英雄譚のそのほんの一端に、英雄になろうという少女がショイサナに辿り着いたその日に手を出そうとして返り討ちになった愚かな小悪党として語り継がれていくのではないか。そう思えば、エリックは不思議と満足できたのだ。

 舎弟たちに金を袋に詰めさせている間、そんなことには目もくれずに再び白い下半身だけのよくわからない人形で一人遊びを始めた少女は、どこからどう見てもバカ丸出しである。しかしエリックには、もうドルカという少女を侮る気持ちも、馬鹿にするつもりも欠片も存在していなかった。



――その時である。


 心がひりつくような勝負を終えた時特有の、不思議な余韻を味わっているエリックの耳に、慌ただしい男の声が飛び込んできた。


「アニキ! ボスだ! ボスがここに向かってる!」


 余韻の中に陶酔していたエリックの頭は、その言葉を聞いて急速に醒めていく。


「何故だ!? 今日は来る予定なんてなかっただろうがっ!」


 あり得ない。ボスは決して気まぐれで行動するような人間ではない。今この場に来られてしまっては、潔く負けを認め帰してやるつもりだったドルカも、この場に居たのは己一人だと言い張り逃がしてやる予定だった舎弟たちも全てが明るみになってしまう。


「おいアホガキ! 事情が変わった。今準備できてる分だけでも持ってさっさとここから離れやがれ!」

「えー? どうしたの急に?」

「つべこべ言ってる暇はねぇんだよ! 生きて帰りたけりゃ早くしやがれ!」

「あまり感心できないやり方だな、エリック」


 何度聞いても慣れることのない、背筋が粟立つほどに冷たく凍り付いた声。

エリックは、ぽかんと口を開けて間抜けな表情をしているドルカの背中越しに、漆黒のローブを身にまとった男が、賭場の入り口の階段を一段一段ゆっくりと降りてくるのを見た。


「……来るなんて話を聞いてりゃこちらから出迎えにあがりましたのに、こりゃまた一体どんな風の吹き回しで?」

「なに、上司想いなお前の部下がわざわざ私の所まで息を切らしてやってきて、お前の危機を知らせてくれたのだよ。かわいい部下の危機に馳せ参じるのも、上司の役目というものだろう?」


 ここで初めて後ろから誰かがやってきたことに気付いたドルカが、誰が来たのかと振り返りながら上着のポケットを広げると、仲良くおしくらまんじゅうをしていたアレクサンダー達はすかさず縦一列に並び、次々とドルカが広げたポケットに向かって飛び込んでいく。ポンポンポンポンポン、と5体全員がポケットに入ったことを感覚で確認しながら、ドルカはそのままゆっくりと壁際に下がり、今入ってきた怪しい男とチンピラ屋さんのアニキのやりとりを見守る姿勢に入った。


「……それが本当なら、俺はそいつにボーナスをくれてやらにゃあいけませんな。何せこの俺でさえ知らされていないボスの居場所を土壇場で探し当ててくる優秀な舎弟がいるなんて知りやせんでした」

「そんな些細なことはどうでもいいだろう? 何せ、今まさにお前には片付けなければいけない問題があるはずだ。そうだな? エリック」

「……俺はこのガキとの勝負に負けた。イカサマ上等だろうが何だろうが、勝負に負けた以上はきっちり渡すもんは渡して終わらせなきゃいけねぇ。賭場を名乗る以上それが筋ってもんでさぁ、ボス」


 賭けで対峙していた時のドルカとはまた異なる種類の威圧に耐えながら、エリックははっきりとローブの男に向かって啖呵を切り、睨み付けた。こうして直接お目にかかったのは数える程でしかないが、徹底的な合理思考に基づく冷徹極まる命令や行動は、幾度となく耳に入ってきた。だからこそ、エリックは次にこの男が言うであろう言葉も予測がついていた。


「勝負に負けた、だと? 随分と冗談が上手いものだな、エリック。わざわざ何の力も後ろ盾も無い小娘が大金を持って向こうからのこのことやってきてくれたのに、何故わざわざ勝負などとくだらない遊びに付き合ってやる必要があった?」

「……身包みを剥いで借金だけは残し、当の本人は口を塞いで売り飛ばす、ですかい? 噂通り血も涙もねぇやり口がお好きなようで」


 いかなる相手に対しても容赦せず、徹底的に合理的な方法で追い詰め、足を出さずに始末する。目の前の男が何代目になるのかはわからないが、冒険者という圧倒的な戦力を保有するこの街でマフィアとして確固たる地位を築き上げられたのは、その冷酷無比なやり方が徹底されてきているからなのだろう。


「ほう? この私相手に言うではないか。まさか貴様の好みがこんなバカ丸出しの小娘だというわけでもあるまい? わかったならさっさと身包み剥いで終わらせろ」

「ボス。……俺はな、確かにあんたの下に付いたが、あんたのやり方全てに賛同してるわけじゃあねぇ。俺は、こいつにと全てを賭けた勝負をして負けた。そこを違えちまったら、俺はもうここで俺の勝負を見届けてくれた舎弟共にもお天道様にも顔向けできねぇんだよ」

「えっチンピラ屋さんもしかして私のこと好きなの!? そっかーまあ私かわいいもんなー! しょうがないよなー! でもごめんね? 私にはアッシュ君がいるから」


 大事な話は何一つ聞いていない癖に、どうでもいい所だけはしっかり聞いて一番ダメなタイミングで口を挟む。それがドルカであった。


「うるせぇこれ以上話をややこしくするんじゃねぇ! てめぇは黙ってろ!」

「うひょー! これが噂のツンデレってやつかー! うひょー!」


 ドルカの前後の会話や空気を完全に無視したぶっ飛んだ発言とテンションに、流石のボスも絶句であった。


「……随分と頭のおかしい小娘を気に入ったものだな」

「……うるせぇ! なんにせよ、俺はもう腹を括っちまった。 金は俺の身を売ってでも返すんで、このガキは見逃してやってくれませんかねぇ、ボス?」


 言った。ついに言い切ってしまった。ここまで成り行きをずっと見守っていた舎弟たちの、ごくりと唾を飲み込む音さえ聞こえてくるような静寂が部屋を支配する中、エリックは震えそうになる足と声を必死で抑え込み、ローブの男の返答を待っていた。

 なお、その間ドルカはエリックに見染められ攫われてしまった自分をアッシュが颯爽と助けに現れる妄想に浸っていたので、奇跡的に場の空気を乱すことはなかった。


 エリックにとっては無限にも等しい、ドルカにとっては魔の手から救われたドルカと、救い出したドルカをお姫様抱っこしたまま街に凱旋するアッシュがみんなに「結婚しちまえよーヒューヒュー!」と延々はやし立てられ、その後キラキラのチャペルで結婚式を挙げ、街外れの閑静な住宅街の一角にこじんまりとしながらも温かさと愛に満ちた家庭を築き上げようとする所まで妄想が繰り広げられるほどの静寂の後、口を開いたのはローブの男だった。


「そうだエリック、私は貴様のフルネームを聞いたことは無かったな。今、ここで教えてもらえるか?」


 何でもないような一言に、その言葉の意味を知る舎弟達が一瞬で凍り付き、エリックもまた、心臓を凍り付いた手で握り締められたかのような錯覚に陥るのだった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


急変する事態、ブレないドルカ。次話も乞うご期待ください。


次話の投稿は明日7時頃の予定です。


気に入って頂けた方は、ブクマ、評価、感想などよろしくお願いいたします。

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