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第二十八話 あと一枚揃っていれば

「ア、アニキィ……!」


 これまでの間、決して勝負の邪魔はするまいとただ黙々とカードを配っていた配下が、いよいよ見ていられないとばかりにエリックに声をかけてきた。見れば、彼の顔もまた真っ青で、何があってもカードだけは落とすまいと震える両手であり得ない程強くカードの束を握り締めているのがわかる。改めて辺りを見回せば、その場にいる全員が何も言わず、青い顔をしながらエリックを不安げな表情で見守ってくれていたことがわかった。

 俺がビビっているせいで、こいつらにまで不要な心配をかけてしまっているじゃねぇか。エリックは心の中でそう悪態をつきながらも、こうして何も言わず見守ってくれていた配下たちの視線に確かに温かさを感じ、そのおかげで身体の震えが止まったことを感謝した。

 この勝負が終わったら、こいつらにたらふく良い飯を喰わせてやらなきゃいけねぇな。何せ一千万だ。どんな高級店で何を喰らおうがお釣りがくらぁ。「ふっ……」と小さく息を吐き呼吸を整えたエリックは、ついにドルカを真正面から見据え、啖呵を切った。


「おいてめぇ。改めて名前を教えてくれや」

「なになにー? 名前? 私はね、ドルカ=ルドルカっていうんだよ!」

「ドルカか。なぁドルカ、俺はてめぇを舐めてた。朝、この賭場でてめぇから金を巻き上げてやった時には、百万もスッておきながらへらへら笑っているだけのイカれたガキだとしか思っていなかった」


 正解である。


「えー? ひどーい! 私はこんなにマジメに生きてるのに!」

「一千万の勝負がいよいよ決まるって時に平気で人形遊びが出来る時点で、てめぇは少なくともまともなタマじゃねぇよ。まあそんなことはどうでもいい。俺が言いてぇのはな、ドルカ。俺はてめぇを大した奴だと思った。そして、だからこそ真正面からぶつかって倒さなきゃならねぇと思ったってことだ」

「うひょー! まあ私はこれからアッシュ君とスゴい冒険を繰り広げるすごーい冒険者になる予定だからね! でもやっぱりわかる人にはわかっちゃうんだねー! うひょー!」


 基本的に行動がぶっ飛びすぎて褒められ慣れていないドルカは非常にチョロい。ちょっと褒められただけでテンションが一瞬で最大値を飛び越えるドルカは、冷静に見ればどこからどう見てもアホ丸出しなのだが、エリックの目は度重なるプレッシャーによって完全に曇り始めていた。


「……本当に締まらねぇ奴だなてめぇは。まあいい、俺もうだうだとしゃべりすぎた。だいぶ待たせちまったなドルカ。この勝負、乗ってやる。ただ乗るだけじゃねぇぞ? てめぇが賭けたのと同じ一千万じゃ足らねぇ! 俺が賭けるのは今この店にある有り金全てだ。細かく数えちゃいねぇが、今ここにある一千万とは別にもう一千万、後は端金を集めりゃ数百万にはなるはずだ」

「あ、アニキ! いいんですか!? もしこれで負けちまったらボスになんて言われるか……!」


 店の有り金全てを喪う。それはつまり、彼らが今月更に上の幹部たちに支払う上納金をも手放すということであり、実質的なエリックの死を意味する。冷酷無比と言われるボスの姿を思い起こして下っ端達が顔を青ざめさせるのも無理はなかった。


「どの道負けちまったら一千万だろうが有り金全部だろうが、俺が終わりなのは変わりゃしねぇよ。それで、ドルカ。てめぇはどうする? 俺は有り金も、俺の命も全部をこの勝負に賭けた。さててめぇは釣り合うだけの何を出す?」


 本来の賭けのルールであれば、相手の所持金以上の額を賭けた所で意味はない。相手の所持金以上の金を積み、同額のベットが出来なければ降りろという脅しを良しとしてしまうと、駆け引きではなく元々の所持金の多さだけで勝負が決まってしまうからだ。だがしかし、敢えてエリックはドルカに有り金全てを賭けると宣言し、ドルカを揺さぶった。

……肝心のドルカはこれっぽっちも動揺する様子を見せなかったのだが。


「おー! チンピラ屋さんかっこいい! じゃあねー、私もとっておきを出しちゃおうかなー! ……じゃじゃーん! 宝の地図! 実は私ねー、この地図をお家で見つけたからこの街まで来たの! ひーじーじの部屋の金庫に入ってた奴だからこれは絶対スゴい地図だよ!」

「宝の地図か。それでこの街に来たってこたぁ宝の在処はこの街の近辺ってことだわな。今それを出したってことは、その地図がてめぇの一番大事なものなのか?」

「違うよー? 一番はアッシュ君」


 即答であった。


「……てめぇと会話してると頭がおかしくなりそうだ。まあいい、手持ちの中で一番を出したと受け取ってやる。うだうだ引き延ばして悪かったな。さあ、いよいよ決着ってやつだ」


 このまま放っておけばドルカは恐らく今朝エリックに水魔法をぶつけてまんまと逃げおおせて見せたアッシュ君とやらとの妄想を延々と垂れ流すのだろう。これ以上わけのわからない話で勝負を先延ばしにされたらたまらないとばかりに、エリックは決着を急いだ。

今になって考えてみれば、エリックの手札は実質最強の部類に入るレベルの役なのだ。この手札より強い役は確かにいくつか存在するにはするが、エリックの手札に『金』のマークで最も強いカードが入っており、そのほとんどが作り得ないものとなっている。

しかもドルカは、こともあろうに手札を一切見もせずに、無造作に選んだカードを場に捨て、交換するという暴挙に出たのだ。このゲームは運の要素が大きく、強い役は狙った所で作りにくいとは言え、当然狙わなければ作りようがない。

だからエリックは、これでお前は終わりだと言わんばかりに力強く、手札を場に叩きつけた。


「見ろ! 俺の役は『幻の依頼』。それも一番強ぇ数字の組み合わせだ。均整の取れたパーティ(剣と盾と杖)格下の魔物()を相手に報酬()は相場以上、そんな美味しい依頼はどこを探したってありゃしねぇから『幻の依頼』ってか。てめぇら冒険者はいつだってそんな旨い話ばっかり追いかけてやがるから俺らみてぇな奴にあっさり騙されちまうのよ。曲がりなりにも冒険者になったばかりのてめぇを地獄の底に叩き落とす手札がよりによってこの役ってのは随分皮肉だなぁ?」


それなのに何故エリックはここまで追い詰められたのか。何故ここまでドルカを恐れたのか。


――その答えは、結局一度も手に取ることさえしなかったドルカの手札をひっくり返していったことで明らかとなった。


「私のカードは何かなー? ……あー惜しい! チンピラ屋さんの持ってるカードがあれば揃ってたのに!」

「……ハハッ、よりによって『英雄の凱旋』かよ」


『英雄の凱旋』。それは、エリックの作り上げた『幻の依頼』とは奇しくも対極にあるような役である。最強の『剣』『盾』『杖』を以て最強の『牙』である魔王に挑む。ドルカの手札には、『金』以外の『剣』『盾』『杖』『牙』の最強カード、そして最弱の『金』のカードが一枚。ローカルルールによっては全てのマークの最強カードを集めた役である『世界の理』よりも強い役とするものもある、事実上の最も強力な役である。


500年前、この世界を救った英雄たちは、魔物の被害に苦しむ人々の為に使って欲しいと言い、魔王討伐に関する『報酬』はたったの1ペロも受け取らずに全世界に散っていったという。報酬ではなく、正義の心で戦った彼らは500年経った今もなお伝説として語られているが、同時に彼らは子孫の足跡まではっきりとしている。勇者とその仲間たちは実在の人物であり、『英雄の凱旋』は実際に起きた出来事である。

あり得ないものを追い求める冒険者の浅はかさとロマンを求める心を現した『幻の依頼』を、よりによって伝説にまでなった英雄達が確かに成しえた『英雄の凱旋』で真正面から打ち負かされた。エリックは、全てを失ったというのに不思議と清々しい気持ちでいっぱいだった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


次話の投稿は本日23時頃の予定です。


もしよろしければブクマ、感想、評価などよろしくお願いいたします。

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