第二十四話 ドルカちゃんのわくわく資金調達
7月31日 話数にミスが合った為修正。
「はいいらっしゃいま……おや、今朝のお客様ですか。」
金貸しという懐に余裕のない者しか来ないどんよりとした空気の金貸しの店に来たとは思えないような、「おじさーん!」といういかにも呑気な声で話しかけられた店主は、一体どこの誰がやってきたのかといぶかしんだものの、顔を拝んでみれば非常に納得してしまった。
「それで、今回は何しにこちらまで? まさか、まさかとは思いますが借用書の金額が間違っていると文句でも言いに来られましたか?」
――朝、いかにもカモという様子で裏で繋がりのあるチンピラに連れられてやってきて、100万の借用書で10万の金を借りていった大バカ娘じゃないか。さては借用書に間違いがあったとでも文句を付けに来たか? 馬鹿め、小娘が一人何を喚いた所で借用書がある以上お前は何もできないんだよ。
今朝会った時にはにこやかで人当たりの良いいかにも商人といった面持ちでドルカをもてなしたはずの男は、相手がドルカだとわかると露骨に態度を変え、へりくだった物言いでこそあるが口元はにやにやと下卑た笑いを浮かべ、完全にドルカを見下して愉悦に浸っている。
ドルカは今朝、この男から『10万ペロ』の借金をした。そして男は、ドルカが借用書をまともに確認させないよう誘導し、わざと0を一つ多く書き足し、借用書上では『100万ペロ』の借金に仕立て上げてしまったのである。
たった一回のミスで一瞬のうちに10倍に膨れ上がる借金。男は、借用書を見て騙されたことに気付いた者の表情が絶望や怒りに染まる様子を見るのが堪らなく好きだった。もはや趣味と言っても良いだろう。
そうして文句を言いに来る馬鹿に対し、手を出されれば警備隊に泣きつき犯罪者に仕立て上げ、身の丈に合わぬ借金を返しきれなくなった者は男であれば鉱山夫や未開の土地の開拓民として、女であれば娼婦やもっと上玉であればお貴族様の玩具として売り払うのがこの男の常套手段であった。
さて、目の前のバカ丸出しの少女は絶望に染まった時、一体どんな表情をしてくれるだろうか。「金を借りに来た」と言っていたが、金を返す以前にもう今日一日をやり過ごす金も無くて借金の上乗せを頼みに来たということだろうか。
男がそんなことを考えながら目の前の少女を煽って見せたのだが、少女の返答は予想外のものであった。
「文句も何も、私はもう借金してないよ? だからまたお金を借りに来たの」
「はぁ!? てめぇみてぇなガキがあっさり100万ペロ返せるわけがねぇだろうが!」
「ひどーい! 嘘じゃないもん! これ見ればわかるよー?」
ついつい化けの皮が剥がれ、素の粗野な態度で罵声を浴びせてしまった男であったが、ドルカに渡されたカードを見ると、確かに借金は無く所持金は『0』と表示されている。
冒険者ギルドでは未来のある冒険者達が借金漬けにされて潰されていくのを防ぐため、塩漬け依頼や拘束期間が長期に渡るため人気の無い依頼などを強制的に受けてもらうことを対価に、冒険者の借金を肩代わりする制度がある。
もしドルカがその制度を利用して『借金を返した』と言っているのであれば、冒険者カードに表示される、ギルドに預けてある所持金は借金の額分のマイナスによって表記されるはずであった。
「何……? 確かに、カード上の残高はゼロになっているな」
そう、確かにドルカのカード上では所持金は「0」となっている。理由は簡単だ。冒険者カードはそれぞれの冒険者の魔力によって個人を識別している。ドルカとアッシュはドルカが市場で見つけてきた謎の腕輪の効果により、魔力の波長が完全に同期してしまい、冒険者ギルドの登録上は『名前を変えて二回の冒険者登録を行った同一人物』となってしまったのだ。
結果として、ドルカの実績や所持金といった情報は全てドルカのカードの後に作られた、アッシュの冒険者カードに全て統合されているのでドルカのカード上の所持金は「0」となっていた。
無論、ドルカが作った借金100万ペロはそのままアッシュの借金となり残ってはいる。しかし、それはギルドが肩代わりした以上ギルドに対する借金という扱いに変わっている為、この男の知り得ることではなかった。
念のため手元にある借用書の控えを確認すると、魔法による契約書の書き換えは確かに行われており、借主の欄は『冒険者ギルド』に変わっていた。ギルドが相手であれば、明日の午前中にはきっちりと大金貨一枚が納められることであろう。
「……どんな方法を使ったのかは知りませんが、本当に既に全額お返し頂いたようですね。いやはや失礼いたしました。」
慌てて元の丁寧な口調を取り繕う男であったが、ドルカはそんなことはお構いなしにこう続けた。
「へへーん! すごいでしょー? だからさ、またお金貸して!」
「……私の店にたった半日で2回も金を借りに来る方なんて初めてですよ。正直、正気とは思えませんがね。で、いくらご入用なので?」
男は、予想外の事態に戸惑いながらも無理やり頭を切り替え、現状について分析を始める。恐らくこの少女はギャンブルか何かで借金を返せるギリギリの額を得ることに成功したのだろう。そして、その場で借金を返しきった後に、当面の生活費を残すことを忘れ、にっちもさっちも行かなくなるのであればと再び金を借りに来たに違いない。
口調から表情から服装から、何から何までバカ丸出しの女ではあるが、外見だけは悪くない為、物好きなベテラン冒険者が一時的に金を立て替えてやった可能性もなくは無いが、そういう場合借金に加え、当面の生活費までくれてやるのが普通であり、再び金貸しに借金を頼む必要はないはずだ。つまり、この少女には何ら後ろ盾は存在しないと考えられる。
そう結論付けた男の切り替えは速かった。この少女は借金という行為を舐めている。流石に今回はわざと桁を増やすといった見え見えの罠にはかからないだろうが、方法は他にいくらでもある。今度こそこのバカ女を泥沼に嵌めてやる。この女、今朝は10万借りたいと言って金を持って行き、その日のうちに100万返せたわけだ。ならば話は早い。今度は正真正銘100万ペロ貸し付けてやればいい。
降って湧いた幸運というものは早々訪れるものではないが、利息という毒は日に日に確実に強く大きくなっていき、借主を蝕んでいく。身の丈に合わない金を手にした者は皆一様に散財をすると相場が決まっている。こういうバカな女程そういう傾向が当てはまる。
恐らく当面の生活費分、それこそ多くて5万ペロ程度だろう……。たったそれだけの金を借りようとする少女に対し、あの手この手でより大きな金額が必要だと思わせ、不相応な大金をその手に握らせてやるだけでいい。後は少女が勝手に散財し、その落とし前を付ける羽目になるだけだ。
男はそう思っていたのだが、目の前の少女の返答は予想をはるかに超えるものであった。
「んーとねー。多い方がいいんだよね! とりあえず1000万ペロ位?」
「……は?」
「あと、朝の時みたいに今日中に返せるなら利息はゼロ! みたいな奴できるー? 多分今日中に返せるはずだから!」
こいつ正気か? それとも筋金入りの馬鹿なのか?
男は確信した。やはりこの少女はギャンブルで勝ってちょっとばかり小銭を手に入れたからと気が大きくなっているのだ。もしかするとグルだった賭場のチンピラ共が、このバカ相手なら更にカモに出来ると踏んでわざと金を掴ませ、こうしてより大きな金を借りに来るよう仕向けたのかも知れない。少々金額に驚きはしたが、これは逆に好都合だ。
「1000万ですか……。準備はできますが、少々お時間を頂きますよ? それと、利子についてですが、あなた様はもう既にお得意様。本日中に返して頂けるのであれば本日分の利息はもちろんサービスさせて頂きますとも。……その代わり、私も慈善事業ではございません。もし万が一お金を返して頂くのが明日以降になった場合は、本来よりも大きな利息をお支払い頂くことになりますが、よろしいですかな?」
「やったー! いいの!? じゃあそれでお願いします!」
「では、ただいま現金をお持ちしますので少々お待ちください。」
――かかったな、バカめ。てめぇが何をするつもりかは知らねぇが、今日中に返せるわけがねぇだろうが。
男は内心ほくそ笑みながら、テキパキと手続きを進めていった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
ここからしばらくはドルカちゃん視点に移ります。
次話の投稿は本日夜22時を予定しております。
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