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第二十二話 ダグラス流隠密術

※7月31日

二十話と二十一話との間に抜けがありました。

第二十一話 ダグラス’sブートキャンプ以降は一話ずつナンバーをずらし、こちらを二十一話として

挿入します。


29日の更新であれ?となった方、本当にすいませんでした。

お手数をおかけして申し訳ないのですが、こちらから再度読み直して頂けましたら幸いです。

「アッシュ殿。こういう時は自分が相手を探しているということがわからないよう、いかにも自然に市場に買い物に来た風を装って相手を探るのである。少々吾輩を見ておれ」


 そう言うと、ダグラスはあっという間に市場の中に溶けこむ……つもりだったのだろうが、ダグラスが人だかりに近寄れば近寄った分だけさっと人が避ける為、ごみごみとした市場の中でダグラスを中心とした不自然に人がいない空間が出来上がっている。それだけでも不自然極まりない状態なのに、ダグラスは一切気にした素振りも見せず、ずかずかと人ごみの中を分け入り、露店の店主にフランクに話しかけ始めた。


「店主殿ォ! この店で一番のプロテインを頼むのであるッ!」

「ヒィッ!? プ、プロテイン? そんなものうちでは扱ってないよっ! 悪いがよそを当たってくれ!」

「な、なんとプロテインを置いていないのであるか!? では、この店で一番のワセリンを出してくれ!」

「ワセリンも置いてないよっ! あんたが来たから他のお客さんが全員逃げちまったじゃないか! うちにはあんたの欲しいものは置いてないからさっさとどっか行ってくれよぉっ!」

「これは失敬。では、この近くに良いプロテインかワセリンを置いている店を知ってはおらぬか?」

「知らないよそんな店! 良いからさっさとどっか行ってくれよぉ……」

「仕方ないのである……」


 アッシュがいる場所からダグラスが見ている露店はそこそこ離れているにも関わらず、ダグラスがいやに大声でわざとらしく話すものだから会話の内容までアッシュにもばっちり聞こえていた。2メートル級の半裸の巨漢に大声で話しかけられて膝をガクガク震わせながら真っ青な顔で泣き叫んでいる店主を尻目に、ダグラスは再びアッシュの元へずかずかと歩いて戻ってくる。


「どうであったかな、吾輩の『さも通りがかりの買い物客ですよー?』という自然な振る舞いで市場に溶け込む様子は? アッシュ殿もあれくらいできるようになれば偵察や護衛の依頼もばっちりである」

「ダメダメだろ!? 周りの人間全員ドン引き倒してただろうが!」


 己を信じること。一流の冒険者になる為の心構えとしてよく用いられる言葉ではあるが、こうしてその言葉通りの生き様を見せられると絶対こうはなりたくないな、とアッシュは思った。


「ヌハハ、それはなアッシュ殿。『遠くのゴブリン眼前のオーク』と言って、人がやることはゴブリン退治のように簡単に見えるが、いざ自分がやるとゴブリンだったはずの相手がオークに見える程難しく感じるという初心者に有りがちな勘違いである」

「いやいや明らかにそのレベル超えちゃってるからっ!まだみんなこっち見てひそひそしてるから!」

「ヌハハハハ! 確かに吾輩の筋肉は人々の目を惹きつけて止まない罪作りなものなのである。アッシュ殿に一本取られましたなぁ!」


 もうやだこの筋肉、全く会話がかみ合っていない。こんなことをしている間にもドルカがチンピラ共を相手に何をしでかすかわからないのだ。


「ヌハハ、そう急くでないぞ、アッシュ殿。市場に溶け込むのは失敗したがな、結局吾輩クラスともなればこういうやり方の方が早いのである」


 そう言うや否や、ゴウッという凄まじい風を巻き起こしてダグラスの姿が一瞬にして消え去り、そして次の瞬間には両手に一人ずつ、一見身なりは普通に見えるものの明らかに人相の悪い男達を掴んで戻ってきた。


「さあアッシュ殿、賭場の情報を聞き出すのである。こやつらの情報で不足があればまたすぐ別の者を捕まえてくるので遠慮なく言うがよい」

「ヒイィッ!? な、なんなんだお前はっ!?」

「うわあぁッ! 筋肉が! 筋肉が一瞬で俺の前にっ!?」


話を聞くどうこうの前に二人とも一瞬のうちにダグラスさんに連れてこられたせいで錯乱しているのですが。アッシュはそう突っ込みたくてしょうがなかったが、いい加減話が進まなそうなのでこの際細かいことはスルーすることにした。アッシュもまた、この短期間のうちに順調に魔窟のノリに順応してきているのだ。


「なあ、あんたら。今朝、ドルカっていう賭場で有り金スッてチンピラと揉めて逃げ出したイカれたテンションの女の子がいただろ。あいつがまたその賭場に向かったはずなんだが、見てないか」


 自分に向かって話しかけられていることに気付いた男が、アッシュの方を向く。


「あ! お、お前あの時俺とアニキの顔面に水魔法をぶち当てやがったクソガキか!? ゆ、許してくれよっ! 魔窟の連中と付き合いがある奴だなんて知らなかったんだよっ!」

「許す許さないの前に俺の質問に答えてくれよ。ってかあんたドルカを追いかけてきてた張本人かよ。だったらドルカの顔も覚えてるだろ? あいつを今しがたこの辺で見なかったか!?」

「お、俺は知らねぇよ……。アニキに言われて万一お前らがまた市場に戻って来ることがあったら今度は絶対に逃がすなって言われてずっとここで張ってたが、俺は女のガキは見てない」

「そのガキってのは、髪と瞳が青みがかったやたらテンションの高い女か?」


 そう横から入ってきたのは、ダグラスが捕まえてきたもう一人の方のチンピラであった。


「お前はドルカを見たのか?」

「俺が見たのがそのドルカってガキであっているならな。ついさっき見かけたぜ。自分から俺らのシマに向かって行くから何事かと思ったが、どうやらどっかで金を作って賭場に仕返しいてやるみてぇなことを誰もいねぇのに大声で叫びながら走って行った。バカがわざわざ向こうから来やがったと思って覚えてたんだ。あれ、あんたの連れだったのか。悪いことは言わねぇからほっとけよ。イカサマ有りのアウェーの賭場に一人乗り込んでリベンジしようだなんて、イカれた奴でも思いつかねぇよ」


 ぐうの音も出ない程の正論である。しかし、どこからどう見ても堅気ではないような人間に言われる筋合いはないと、ちょっとムッとしたアッシュは、厳しい口調で更に男に対し高圧的に問いただした。


「誰を助けようが俺の勝手だろ。ドルカが向かった賭場まで案内してくれ。その口ぶりなら場所もわかるんだろ?」

「ああいいぜ。そのおっさん、魔窟の筋肉愛好家(マッスルラバー)だろ? てめぇが一体何者かは知らねぇがな、流石にそれは反則だろ。今朝この街に着いたばかりのガキ二人が魔窟のSランク冒険者をバックに付けるなんて一体どんな手品使いやがったんだか」

「な、今朝着いたばかりだってなんで知ってるんだ……!?」


 予想外の言葉に知らず知らずのうちに怯えてしまったアッシュの様子を目ざとく見抜いた男は、へらへらと笑いながら、それでいて冷たい声色で続けた。


「俺達には俺達の情報網があるってことだよ、小僧。今回はてめぇの勝ちで無事あのイカれたガキを連れて帰れるかもしれないがな、24時間てめぇにこのおっさんがつきっきりってわけでもねぇだろうがよ? 面も名前も割れてる状態で、この先この街で無事にやっていけると思うなよ?」

「な……」


 アッシュは目の前の痩せぎすな男から目を逸らすことが出来なかった。武力では彼のようなチンピラが何千何万集まろうと敵う相手ではない、ダグラスという巨漢が目の前にいてさえもアッシュを脅してのけるその胆力と眼光に、アッシュは慄くことしかできなかったのである。


「……なーんてな。魔窟の連中に手を出すバカはこの街にはいねぇ。てめぇが虎の威を借りて偉そうな面をしてるからちょっと脅かしてやっただけじゃねぇか。安心してくれてもいいんだぜ? ついて来いよ? 俺達のシマにご案内してやるよ」


 話は済んだと言わんばかりに、歩き出す男にアッシュは慌ててついていく。


「待つのであるっ!」


 その瞬間、ダグラスが恐ろしい声量でアッシュと男を呼び止めた。アッシュは背中に空気の塊をぶつけられたかのような衝撃を受け、転びそうになってしまった。


「おい、なんだよおっさん。心配しなくとも、俺は小僧には手を出さねぇぜ。この状況で自分の身が危うくなるような真似はしねぇよ」


 そう言ってへらへらと笑ってのける男に、ダグラスはこう言い切った。


「貴様、何故もっと抵抗しないのである!」

「……は?」

「ここは貴様がもっと抵抗して、アッシュ殿を卑怯にも人質にしたりして吾輩を追い詰める所であろう! それを何だ貴様は! 物分かりが良すぎるのである! 吾輩は物分かりの悪い貴様らをこの鍛え上げた筋肉で捻じ伏せ、筋肉の素晴らしさをアッシュ殿や今こうして吾輩を見に集まってきている周りのギャラリー達に見せなければいけないのである! それを貴様は吾輩を見ただけで魔窟の冒険者だなんだと臆病風を吹かせおって! 許さん! 許さんぞ!」


――人はここまで理不尽な理由で人に怒りをぶつけることができるんだなぁ。アッシュはそう思った。


ここまで読んで頂きありがとうございます。


昨日の続きに当たる部分の投稿もしておりますので、併せてお読み頂ければ幸いです。


気に入って頂けた方はブクマ、感想、評価など頂けましたらとても嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

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