第二十一話 野に放たれた更にやべぇ奴
7月31日 話数にミスが合った為修正。
「ダグラスさん、その、早いのはわかるんですけど……。おんぶって何とかなりません?」
「む? アッシュ殿は抱っこの方が好きで「おんぶで良いです」」
イカサマ上等のチンピラ運営の裏賭場で一発逆転からの借金一括返済を狙うドルカを追うアッシュ。彼は今、同行を申し出てくれた魔窟のSランク冒険者クラン『剥き出しの筋肉愛好家』のリーダーであるダグラスに背負われながら、恐ろしいスピードで市場に向かっていた。
「ならば良いのだ。アッシュ殿の走るペースに合わせていては陽が暮れてしまうし、何より賭場の連中をぶちのめす分の体力も残しておかなければならないのでな」
「いや、俺はドルカを見つけられれば無理にチンピラ達をどうこうしようとは思ってなくて……」
「ヌハハハ! 先日ちょっと間違えて川の水をプロテインにしてしまって以来ギルド本部の監視が厳しくてな! 魔窟以外で暴れるなと厳命されて退屈しておったのだ! 今回吾輩はあくどい違法賭博で新人冒険者を借金漬けにしようとする悪の手先を滅ぼしに行くのである! 吾輩もギルドの意向に背くのは本意ではないが、これもかわいい新人冒険者達を守る為! いやぁ久々に血が騒ぐのである!」
要するに、アッシュはただの大義名分だった。己の欲求に忠実であるという魔窟の冒険者が純粋な善意で人助けなどという手間のかかるような行動を取るわけがなかった。
「だから本来の目的はドルカを見つけることであって、そもそもチンピラは一人二人捕まえて賭場の場所を吐かせるくらいで十分で……」
「しかも! 悪が潜む場所は市場! 多くの人が集まる市場である! こんな場所で悪が暴れているのであれば吾輩も相応に対抗せざるをえまい! そして吾輩の肉体美に市場の人々は酔いしれるわけである! ムハハハハハ! 新人冒険者たちがクランへの入団を希望して吾輩の元に殺到する様子が目に浮かぶようであるなぁ! 不純喫茶のマスターにも多めにプロテインとワセリンを入荷しておくよう言わなければ!」
「だから、あの、話を……」
「ムハハハハハハ! 待っていろ悪の手先め! 吾輩の筋肉に酔いしれるがよい!」
凄まじいスピードで走りながら恐ろしいことを口走るダグラスだったが、途中から背負っているアッシュの存在は忘れたようだ。本来の目的であるドルカの発見と賭場に向かう前に引き留めること、そして万一間に合わなかった場合にはなるべく早く賭場の場所を突き止め、ドルカが借金をこれ以上増やさないうちに連れ戻すこと。市場でチンピラ相手に暴れるついでに周囲に筋肉を見せびらかすことしか考えていないダグラスを見て、アッシュはもう既に心が挫けそうだった。
しかし、ダグラスの足は速い。元々が2メートルを超えそうな身長である上に、恐ろしいまでに鍛え上げられた筋肉は鋼の鎧をまとっているかのように隆々としている。その筋肉たるやアッシュの胴回りよりもダグラスの腕の方が太いのではないかと思えるほどである。
その筋肉の塊のような巨体で、ダグラスは一歩一歩を飛ぶように踏み進めて走っていく。アッシュが振り返って道を見てみると、砕かれた石畳がダグラスの足跡をくっきりと残しており、道の遠くまで伸びているのが見えた。
「ダグラスさん、あの、急いでくれてるのはとても助かるんですけど、その、道が砕けてます」
「いつものことである! エリス殿には道は走らずゆっくり歩くよう厳命を受けているが、まあそんなことは後で修繕費用を払えばいいだけなので気にしなくて良いのである! それに、先ほどから言っているであろう! 吾輩のことはさん等付けず『ダグラス』でいいのであるっ! 吾輩はアッシュ殿を一人の漢として認めたからこうして手助けしているのである! その関係は対等! 敬語も不要であるっ!」
「いつものことなんですね……」
よく見ると道行く人々が皆諦めた表情で砕けた石畳を見ている。どことなく新人っぽい冒険者の一団に至っては何故かハイタッチしながら喜んでいる。
「恐らく明日から石畳の修繕がギルドの依頼に並ぶので見逃さないようにすると良いのである! あれは新人冒険者には報酬も高めでおススメの依頼である!」
「ショイサナで冒険者になるって、こういうことなんだな……」
「む? アッシュ殿も早速冒険者としての在り方に慣れてきたようであるなぁ! 吾輩もこうして目をかけた甲斐があるというものである! 吾輩の指導力も捨てたものではないのである! どうだアッシュ殿、ドルカ嬢も一緒に吾輩のクランに「それは結構です」」
一度入ったが最後、アッシュもドルカも恐ろしいまでに筋肉を鍛え上げ、その筋肉で全てを捻じ伏せる冒険者ライフが始まるのだろう。主食はプロテイン。メイン装備はワセリン。想像するのもおぞましい。
「アッシュ殿は軸がぶれない御仁であるなぁ! この街で生きていく上で最も必要なことは目の前で何が起きても自分を見失わないことである! アッシュ殿は良い冒険者になりそうで益々期待が持てるというものである! やはりここは是非にでも吾輩のクランに「遠慮しておきます」」
「つれないのである……。む……? アッシュ殿!」
「だから俺はダグラスのクランには」
「違うのである! 市場に着いたのである!」
「え、もう?」
慌てて首を伸ばしてダグラスの背中から前を覗いてみると、確かに市場はもう目の前に迫っていた。体感ではあるが、ギルドを出てからここまで来るのにわずか数分。アッシュとドルカが不純喫茶まで逃げ込むまでに走った時間の優に十分の一にも満たない時間で市場まで着いてしまった。
「流石Sランク冒険者、あっという間に着いてしまった……。ダグラスさ、じゃなくて……。ありがとうダグラス! さて、これで今から「悪を成敗するのである!」ちげぇよドルカを探すんだよ!」
「そう言えばそうであったな」
「忘れんなよ!」
「ヌハハハハ! まあ良いではないか。ここまでの道中でドルカ嬢を見つけられなかったということは、ドルカ嬢が寄り道でもしていない限りもう既に奴らの拠点に先に乗り込んでいるということ。どの道悪党を探し出して蹴散らすついでに居場所を吐かせることに変わりはあるまい」
「できれば悪党を蹴散らす方を居場所を吐かせるついでにしてもらえればと思います」
ダグラスにとっては既にドルカを追いかけるという目的は完全にお飾りの大義名分と化してしまい、自分の正義を盛大に見せびらかすパフォーマンスとして悪役をぶちのめすことしか頭に無いらしい。一見常識的に見えても結局は魔窟の冒険者ということなのだろうか。もしかしたら、ピッチピチの三角形の下着何も身に着けていない半裸の筋肉ダルマを一瞬でも常識的だと思ったアッシュはもう既に魔窟に順応し始めているのかも知れない。
「アッシュ殿は繊細であるな! 丁度今の手持ちに、さっとひと塗りするだけで細かいことを忘れてひたすら筋肉を苛め抜きたいという高揚感に包まれる素晴らしいワセリンがあるのだが、試してみますかな?」
「いらねぇよ! そのワセリン何が入ってるんだよ!?」
「依存性は低いと聞いているので心配はいらないのである」
「ちょっとでも依存性がある時点で絶対に使わねぇよ!」
「つれないのである……。時にアッシュ殿」
「今度は何だよ!?」
「奴ら、もうこちらを見ておりますぞ。吾輩が居るのでどうしたものかと迷いあぐねいているようである」
「え? ど、どこに!?」
アッシュは慌てて辺りを見回すが、周りには品物を売り買いする人々、物珍しそうにあちこちを見回している旅人、そして突如現れた筋骨隆々の半裸野郎に目を奪われる人、人、人、人……。アッシュにはダグラスの言う『奴ら』がどこにいるのか見当もつかない。もちろん元々敵う相手だとは微塵も思ってはいなかったが、その時見せた鋭い眼光に、ただ頭がおかしい筋肉バカではない、Sランク冒険者としてのダグラスの実力を垣間見たアッシュであった。
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