第十八話 野に放たれたやべぇ奴
本日二度目の投稿です。
7月31日 話数にミスが合った為修正。
「……ですから、恐らくはドルカさんが渡したという腕輪が原因でアッシュさんの体内に流れる魔力がドルカさんのものに変わってしまっていたようなのです」
魔窟ギルド、ギルド本部との通信室にて。エリスはドルカとアッシュの元に起きた謎の現象について、直属の上司であるギルドマスターに報告をしていた。
『要するに、ギルドに過失はないってことだろ。魔窟の連中が作った妙ちくりんなものをバカな新人が勝手に身に着けて勝手にそういう状態で登録しに来やがった。要するに自己責任で当ギルドに過失は無いってことだ。そいつらそんな腕輪渡し合うってことはどうせこの先パーティ組んで活動するんだろ? 何の支障もねぇじゃねぇか』
「ですからっ! それではあまりにもアッシュさんが可哀想ですし、何より想定外とはいえエラーはエラー、情報の修正の許可を……」
『他に用が無いなら通信切るぞ。いつも言ってんだろうが。冒険者相手に必要以上に肩入れしてたら身がもたねぇって。魔窟に放り込んでようやくわかってきたかと思ったが、結局てめぇはてめぇだな、エリス。いいか、ギルドに過失は無いんだから余計なことはするんじゃねぇ。これは上司命令だ。じゃあな』ブツッ
「ギルドマスター! ギルドマスターっ! あぁもうあのくそ爺っ!」
何やら聞き覚えのある声で、部屋中に女性らしからぬ怒号が響き渡っている。キンキン鳴り響く女性の叫び声で目を覚ましたアッシュは、ぼんやりとした頭にガンガン響くその声に顔をしかめ、身体を起こそうと身をよじると、アッシュは何が何だかわからないままずるりとその場から転げ落ちてしまった。
「うわっ!」
「あぁ、アッシュさん! 良かった、目を覚まされたのですね」
思わず声を上げたことで、ギルドマスターに対し思いつく限りの罵詈雑言を叫び続けていたエリスは、今までの怒りをどこへやったのか、一瞬で表情を切り替えて柔らかい口調と微笑を浮かべてアッシュに話しかけた。
声がした方向を向こうとして初めて気が付いたが、どうやらアッシュは横に並べた椅子の上に寝かされていたようだ。それを知らずに身をよじったアッシュは床に転げ落ちてしまったというわけである。
「ごめんなさい、この部屋にはベッドが無いものですから、代わりに椅子を並べて横になって頂いておりました。調子は如何ですか?」
「ああエリスさん。大丈夫です。それにしても、一体俺はどうして……」
徐々に頭がはっきりしてきたことで、自分が恐らく気を失ってしまった様子であることや、その原因について考えを巡らせていく。
「あぁそうだ。俺の、俺の50万ペロが何故かマイナスになってて、それで……」
あまりにも衝撃的過ぎた事実に再び気が遠くなり、再び後ろに倒れこみそうになるアッシュだったが、さっと駆け寄ったエリスが後ろから抱きとめる形でアッシュを支えてくれた。
「アッシュさんお気を確かに! 私の方でドルカさんに話を聞きながら色々調べてみたのですが、結論から申し上げます。その腕に着けておられる腕輪の効果でドルカさんとアッシュさんの魔力が完全に同調していて、その結果ドルカさんの借金がアッシュさんの冒険者カードに移ってしまったようなのです。というより、ドルカさんとアッシュさんは名前こそ違いますが同一人物として登録されてしまったようでして、これからもドルカさんの実績や所持金といったあらゆる冒険者としての情報はアッシュさんの情報に統合されてしまう状態なのです」
「全部、ドルカと一緒?」
「はい。ドルカさんが得た報酬をギルドに預けようとすれば、そのお金は全部アッシュさんのカードに入ってしまいますし、ドルカさんがもし冒険者カードを使って借金をすればその借金もアッシュさんのものになってしまいます。この街ではお店に冒険者カードで魔術ネットワークにアクセスをする設備があれば、冒険者カードを使って買い物の支払いや借金が行えるようになっておりますので、今後のお金の使い方についてはよく話し合って頂いた方が良いかと思います」
その説明を聞いて真っ先にアッシュが思い出したのは、ショイサナに来てすぐに全財産の80万ペロを訳の分からないアイテムを買い漁る為に一瞬で使い果たし、挙句の果てにお金が足りなくなったからと借金をして賭場に勝負に出かけ、イカサマで全部スッて一文無しになったドルカのあり得ない金銭感覚であった。
「あんなやべぇ奴と財布が共有? 半日で80万ペロ散財して100万ペロの借金を背負うような筋金入りの馬鹿と? お財布が共有?」
「きっと大丈夫です! アッシュさんが気を失っている間に私からも色々きつく言っておきましたから! 早々変な行動は起こさないはずです!」
力なく床にへたり込んだままのアッシュを何とか正気に戻そうと励ましながら肩を揺さぶるエリス。その時、エリスの必死の励ましとは真逆の、いやに間延びした、しかし明らかに不機嫌さが伝わって来る甘ったるい、鼻につくような声が部屋に響き渡った。
「ねーえまーだー!? ギルドマスターと通信終わったならさっさと受付戻ってきてほしいんですけどー! 私一人であいつらの相手すんのもう嫌なんですけどー!」
そう言いながら部屋に入ってきたのは長い金髪を後ろにまとめて結い上げている女性であった。来ている服はエリスと同じギルドの制服のはずなのに、その着こなしと言うか、もはや着崩していると言うべきか。意図的にギリギリまで丈を短くしているのであろうスカートと、膝上まで伸びている白のハイソックスの間には、ほっそりとした白い太ももがのぞいている。
床にへたり込んだままだった為ついつい目線の位置に合った太ももに目をやってしまったアッシュは、慌てて太ももから目線を上げていくと、今度はわざとらしくボタンが外されこれでもかと言わんばかりに谷間を主張している胸元が目に飛び込んできた。身に着けている衣服の一つ一つは全てエリスと同じもののはずなのに、何故ここまで異なる印象を受けるのか不思議な位のけばけばしい、ギャルっぽい出で立ちである。
「私に仕事押し付けといて何いちゃついてんのよ! なぁにー? エリスってもしかしてー、こういういかにもペーペーの若い男の子が好みだったのー?」
「ち、ちがっ! もう、ドリー! そういう誤解を招くような発言はやめなさいっていつも言ってるでしょ!」
「相変わらずエリスってかったーーーーいのね。それよりー、あんたもさっさと受付戻ってってば! 私ってばあんたがいない間に年増と筋肉のケンカも止めてやったんだからね! 感謝してほしいんですけどー?」
ドリーは言うことを言ったらもう用は無いと言わんばかりの様子で、そのまま手をひらひらさせながら受付に戻っていく。突然横槍を入れられたことでかえって冷静になることができたアッシュは、エリスに小さくお礼を言いながら立ち上がった所で、ドルカがいないことに気が付いた。
「エリスさん、なんか忙しいみたいなのに色々ありがとうございました。ちょっと冷静になれたので、これからのことはドルカと話し合ってみます。……それで、ドルカは今どこに?」
そう言われた所で、エリスもアッシュに指摘されたことではたと気が付いた様子で、恐らく受付に直接つながっているのであろう、ドリーが戻っていった部屋の入口の方に目をやりながら答えた。
「つい先ほどまでは冒険者の方々がたむろしているあの机の辺りに居たはずなのですが……。ドリーが見ていたはずなのでちょっと聞いてみますね」
そう言って、そそそと受付の方に立ち去ったエリスであったが、何やらドリーと二言三言交わすや否や、血相を変えてアッシュに駆け寄ってきた。
「アッシュさん大変です! その、ドルカさんなのですが、ギルドを飛び出して行ってしまったみたいで……。」
顔を真っ青にしながらそう告げたエリスの顔は真っ青であった。その顔を見たアッシュは一番最悪な事態を想定してエリスに負けない位青ざめながら、震える声でエリスに聞き返した。
「それって、もしかして、ドルカが俺に借金を押し付けるだけ押し付けて逃げたってことですか?」
恐る恐る聞いたアッシュに対し、エリスはこう答えた。
「逆です。ドルカさんは『ちょっとギャンブル屋さんに行ってアッシュ君のお金を取り返してくる!』と言って飛び出していったそうです」
「ドルカぁぁぁああぁ!」
「アッシュさん、落ち着いて! ドルカさんは今無一文なんですよね? そしたら賭場に行っても賭けるお金が無くて帰って来るはずですから! 大丈夫ですから!」
「……さっき、ちらっとドルカがチンピラに追われてるって話はしましたよね?」
「え、ええ。でも、それは借金絡みの話ですよね? アッシュさんの貯金で返済出来てしまったことになっている今、そのチンピラ達とドルカさんに何の関係が……」
今にも飛び出してドルカを追いかけに行きそうなアッシュを必死で止めるエリスであったが、アッシュからの返答は余りにも予想外の、そして最悪のものであった。
「ドルカは、その賭場のチンピラに目を付けられて追われる身なんですよ!」
「えぇっ!?」
――一方、ドルカは。
「おじさーん! またお金借りに来たよー!」
――軍資金を調達していた。
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