第九十五話 復活と封印
「貴様ァアアアァアァアッ! よくも、よくも魔王様をっ!」
「うひょー! アレクサンダー! みんなー! そのままこっちまで帰っておいでーっ!」
ドルカが例によってユグドラスティックのフルスイングによってかっ飛ばした大根が、漆黒の宝石にぶつかり、器用に足? の間に挟み込むようにしてキャッチしたかと思いきや着地点で待ち構えていた残りの大根達が優しく受け止める。
そのまま宝石を抱えた大根を神輿のように担ぎ上げて駆け出した大根達に、怒りで身体中からどす黒い魔力をゆらゆらと吹き出しているディアボロスが次々と凄まじい魔法の嵐を浴びせかける。
「くすくす……。アッシュちゃん見たあの顔? 500年ぶりの主との再開を大根に邪魔された時のあのディアボロスの顔! あぁ……! やっぱりアッシュちゃんもドルカちゃんも最高よぉっ!」
「言ってる場合かっ! こうなっちまった以上今は勇者たちが回復するまでどれだけ時間を稼げるかだ! ドルカ、大根の種を袋ごと寄越せっ! あと香水もだっ!」
「うひょー! あれだねアッシュ君! あれをやるんだね! うひょー!」
祭りの始まりを察したドルカが期待に満ちた顔でアッシュに袋と香水を手渡す。顔も見ずに受け取ったアッシュは、その袋を迷わず逆さにひっくり返し、足元に大根の種をぶちまけたかと思いきや、その種の山に目がけて成長促進剤である香水の瓶の中身をだばだばとかけていく。
その顔に迷いは無かった。それもそのはずである。ディアボロスとの対峙でさえ命を賭す覚悟で進むことを決意したのに、部屋の外からちらっと様子を伺っていたら聖域に隠されていたのは財宝ではなく魔王の封印。あまりの事態にマヤリスとオリビアでさえ本気で覚悟を決めて身構え目を離したその隙に、『うひょー! でっかい宝石だー!』と何も話を聞いていなかったドルカが単独で魔王が封印されていた宝石の横取りを決行、そしてあっさりと成功してしまったのである。やけくそ以外どうしようもないという開き直りが、アッシュの頭脳を冴えわたらせていた。
「ドルカ! ユグドラスティックを種の山にぶっさせ! 出し惜しみせず全力で行くぞ!」
「うひょー! みんなー! アレクサンダー達と一緒にあの黒いのをやっつけろー! あはははー!」
大根の種の山に目がけて思いっきり突き刺さったユグドラスティックは、その聖なる魔力によって香水に秘められた成長促進の力を増幅させていく。
世界樹の魔力をたっぷりと吸収してすくすくと育った大根達は、ドルカの指示を受け、わちゃわちゃと今まさに魔法の嵐の中を掻い潜って逃げまどっているアレクサンダー達に合流し、宝石の在処を隠す集団と、ディアボロスの身体に這いあがって動きを止める集団、そして勇者たちの壁となりディアボロスの攻撃の余波から守る集団と3つに別れ、それぞれの使命を果たすべく統率の取れた無駄のない動きで駆けだしていく。
――ディアボロス……? 気のせいでなければ、妾なんか足が割れた大根に運ばれてない……?
「魔王様ァッ! 今! 今お助けします故にお待ちくださいッ! 貴様等ァ! 私を本気で怒らせた報いを見せてくれるッ!」
自分目がけて群がって来る無数の大根、そして漆黒の宝石を抱えて逃げまどっている大根達、そのそれぞれに対して何十という数で同時展開した火球の魔法を放とうとするディアボロスであったが、それらの魔法が放たれるその前に、ドルカのフルスイングによってかっ飛ばされた大根達が身を挺して発動を阻害する。
「いいぞドルカ! その調子でどんどん大根をかっ飛ばせ!」
「うひょー! 任せてアッシュ君! いけいけー! してんのーをやっつけろー! うぉー!」
「展開された魔法は衝撃を受ければその場で発動する。発動直前の魔法に干渉して暴発狙いは魔法戦の基本戦術。流石はアッシュちゃん、わかってるわねぇ……」
大根がぶつかったことにより暴発した火球は、ディアボロスの傍で次々と爆発し、その爆発の余波によって別の展開中であった魔法を巻き込んで更に巨大な爆発となっていく。
「ディアボロス! 自分の魔法で焼かれる気分はどうだっ!」
「……!? アッ君下がって!」
オリビアがアッシュとドルカの襟首を掴んで飛びずさる。ドルカとアッシュが元々立っていた位置関係の問題でドルカはアッシュにしがみつく形となり、二人分の体重が服の首回りにかかったアッシュはオリビアに引っ張られた服の繊維が自分の首に食い込んでミチミチ言う音と、それによって傷ついた身体がドルカから供給される生命力で即時に回復するという嫌な感覚が身体を駆け巡る。その最中、辛うじて開いた目に映ったのは、その場に取り残されていた大根達がディアボロスの放った火球によってほくほくに焼き上がって吹っ飛ぶ姿であった。
「あーっ! 大根達がほくほくにーっ!」
『そんなことを言っている場合か』『そもそもたった今までその大根達を使い捨て感覚で誘爆誘ってたのは良いのかよ』と突っ込もうとするアッシュであったが、オリビアがまだアッシュの襟首を掴んでシャツが首に食い込んだままであり、それが言葉として発せられることは無かった。
「無傷……? いや、あれは自分で放った魔法を吸収している……?」
「邪魔をするなァッ!」
自らの魔法を喰らってもなお傷を受けた様子がないディアボロスを冷静に分析していたマヤリスであったが、そうこうしている間にも、ディアボロスが繰り出した追撃の火球が迫りくる。
「マヤリス避けろっ!」
必死のタップでようやく首絞め状態から解放されたアッシュが叫ぶ。しかしマヤリスはその場から微動だにせず、迫りくる火球に対して、ただその美しい脚で足元にわちゃわちゃしていた大根達を掬うように蹴り上げ、火球にぶつけることで相殺をしてのけた。
「くすくす……。ちょっとだけお行儀が悪かったかしらぁ?」
そう言ってアッシュに向かって微笑んで見せるマヤリスに、ディアボロスが吠える。
「大根、大根また大根……! 一体何なのだこの召喚魔法は! ええい煩わしい! 全て一度に燃やし尽くしてくれる!」
ディアボロスが天に掲げた右腕をぐるりと回すと、その動きに引きずられるように空間が熱で歪み、炎が噴き出してくる。噴き出した炎はみるみるうちにディアボロスを取り囲む壁となり、ディアボロスが両腕をバッと広げると同時に、それは辺り全てを焼き尽くすかのような勢いで広がり始める。
「おぉー! みんなーほくほくになる前に逃げろー! あははははー!」
「あいつ、魔王様とか言っておきながら見境なしかよ!」
「フハハハ! 私の力は元を正せば魔王様の一部! この魔法が魔王様を傷つけることなどあり得ぬのだ!」
押し寄せてくる炎の壁から必死で逃げ惑う大根の群れ。その先陣を切る形で駆けだしていたアッシュ達の正面から、何故かアッシュ達に向かって逆走してくる大根が5体。
「あれはっ! アレクサンダー達か!」
「えっ? 見分けがつくの……?」
無数の大根達がわちゃわちゃと蠢く中でアッシュは迷わず一体の大根を拾い上げる。その大根の足? にしっかりと挟み込まれた大粒の宝石を目の当たりにしたマヤリスは、一体どんな観察眼をしていればそんなことが可能なのかと内心舌を巻く。そんなことはいざ知らず、アッシュは堂々とディアボロスに啖呵を切った。
「ディアボロス! お探しの魔王様はここだぞ? 俺達をこれ以上攻撃していいのか!?」
――まだ魔王の封印は完全に解けたわけではなく、身動きが取れない状況である。
ご丁寧に魔王本人が教えてくれたことである。それならば、こうして人質としてディアボロスの動きを縛り、有利な方向に持って行くことが可能なのではないか。再封印については、ディアボロスさえ何とかしてしまえば当代の勇者達に丸投げしてしまえばいい。なにせ彼らは魔王を倒すという使命を帯びて500年もの間、代々腕を磨き続けてきた本物の英雄なのだから。
予想外の事態の中で、アッシュはどこまでも冷静に状況を判断していた。
「……ッ! 小癪な真似を……!」
視線だけで心臓を射貫くのではないかという程の凄まじい形相を浮かべながらも、ディアボロスは魔法を解く。
それを見たアッシュは、わざとらしく満足気な表情を浮かべながら、ディアボロスに見せつけるようにゆっくりと大根の股に挟まっていた宝石に手を伸ばす。
「ディアボロス、お前の負けだ。勇者達と俺達の7人。魔王を人質に取った状態でどこまでやれるか見せてもらおうか」
「……フフ。フハハハハハ……! ハハハハハハハハ……!」
気が狂ったかのように笑い出すディアボロスに、アッシュは底知れない恐怖を感じて、叫ぶ。
「何がおかしいっ! お前の主はこの通り、こっちの手にあるん……!」
――ククク……。随分と間抜けが居てくれたものよのぉ。
「アッ君!?」
「アッシュちゃん!」
――身体が動かない。
宝石に触れた指先から、おぞましい何かが身体に流れ込んでくる。
「フハハハ……! 負けたのは貴様等だ、人間どもよ。よもや自ら魔王様の依り代となるべく身を捧げてくれるとはな。欲を言えばもっと強靭な肉体を持つ者の身体を奪って頂くことが理想ではあったが、まあよい。貴様等を倒し、最後に生き残っていた者に改めて乗り換えて頂けばよいだけのことだからな……!」
――流石に大根を依り代にする気にはなれなかったのでな。ほんのわずかな時間とはいえ妾の依り代となれることを光栄に思うがよ……。
「見てみてアッシュ君! この宝石、ここにピッタリ!」
そう言いながらアッシュの手からひょいッと宝石を奪い取ったドルカは、5日前、市場で勝手にはめ込んで抜けなくなってしまったせいで強制的に買い取る羽目になった麺棒の先端の、宝石の台座にはめ込んだ。
――えっ。
――ショアアアァアァア……!
その瞬間、アッシュは糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちると同時に、身体に流れ込んでいた瘴気が消え失せたことを理解した。
「くすくす……。魔王、再封印されちゃったみたいねぇ?」
「アッ君、ドルカちゃん流石っ! これで心置きなくあいつと戦えるねっ!」
その場に倒れ込んだアッシュの背中を、何も考えていない顔のドルカが満面の笑みでゆさゆさと揺さぶり、ユグドラスティックの先端にまるで最初からその為に誂えたかのようにしっくりとはまり込んでいる大粒の宝石を自慢げに見せつける。その背中に触れた手のひらから流れ込む世界樹の魔力が、身体を蝕んだ瘴気さえもを浄化してくれる感覚を覚えながら、アッシュはドルカ=ルドルカというアホの娘の豪運の底知れなさに、力なく笑うしかなかった。
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