第九十四話 復活
「這い寄る雷ッ!」
アレクの剣から放たれた雷は、天から降り注ぐのではなく、地を這う蛇のようにうねうねと、それでいてすさまじい速度で進んでいく。
「させぬ! ……ヌァアアアァッ!」
躱されても良いと牽制目的で放ったアレクの魔法をディアボロスは真正面から受け止め、聖なる雷に身を焼かれる。
――一体どうなっているんだ。
勇者アレクサンダーは、初代勇者からの因縁の相手であるはずのディアボロスを睨み付ける。
「……貴様、一体何が目的だ?」
500年前。魔王と共に世界中に混沌と恐慌を齎した恐るべき悪魔。けして油断してはならない、死力を尽くして初めてまともに切り結ぶことが出来るはずの相手。
そのディアボロスが今、自らが傷つくことを厭いもせず、明らかな時間稼ぎを行っている。
「アレク。そんなことは後で考えれば良い。正体はわからないけど、アレを守っているのは明確だ。ここはひとつ、あいつじゃなくてあの樹の方に一発でかいのをお見舞いしてやろうじゃないか」
そう言いながらメルルがあごでしゃくって示した先にあったのは、うぞうぞと気味悪く蠢く謎の球体……もとい、無数の宝石獣達がわき目も振らずに群がり一つの肉塊のようになってしまっている特大の宝石樹であった。先ほどの魔法もそうだ。アレクはディアボロスに躱されたとしてもその延長線上にあるあの宝石樹に群がる魔物共を少しでも削れればとわざと範囲の大きな魔法を放ったのに、ディアボロスはそれを避けるよりも自らの身を挺して受けきることを選んだ。
「私もそれが正解だと思う。……あれ、何かおかしいよ。このダンジョン中の魔物がここに殺到して群がったにしては、なんだかサイズがおかしいと思わない?」
ヒイバのその言葉に、アレクはなんとなくチリチリと脳裏に浮かんでいた違和感の正体はそれだと思い至る。
そうなのだ。あの肉塊は自分たちが決死の思いで結界を維持し続けて何とかやり過ごしたはずの、無数の魔物の群れの行き着く先のはずにしてはあまりにも小さかった。
今こうして立っているこの部屋はそれなりに広いとはいえ、それでもあのように折り重ならずにひしめいていたのであれば、この部屋中を魔物が埋め尽くしていてもおかしくない量の魔物がいたはずだ。それが一カ所に群がっているというだけでこうまでもスペースが空くだろうか。
「ククク……。どうした勇者! 手を止めて考え事か? この私を前に随分と舐めた真似をしてくれるではないか」
そう言って放たれたのは禍々しいどす黒さを帯びた火炎の球が6つ。それぞれが轟々とうねりをあげてアレク達に飛来する。
「ヒイバッ!」
「任せてっ!」
即時展開された巫女の結界は強固で、ディアボロスの魔法をものともせずに3人を守り続ける。
「フハハハッ! 当代の巫女も中々やるではないか。その守り、どこまで続くかな?」
巫女の結界はいかなるものも通さず防ぎきる代わりに、こちらからも手を出すことができなくなる。まるでそれが狙いだと言わんばかりに、ディアボロスは次々と絶え間なく火炎球を繰り出していく。
「やはり、何かがおかしい……! ヒイバ! 一瞬でいい! 結界を解け!」
「わかった! ……いくよ、3、2、1、今っ!」
「援護は任せてくれたまえ!」
「頼むっ!」
ただの一言で意図を正しく理解し、最高のタイミングで最適なサポートをしてくれる。
勇者アレクは、ヒイバが結界を解いたその刹那、張り詰めた弓に撃ち出された矢のように一直線に駆け出した。このまま突き進めば間違いなく被弾する軌道にある火球を、アレクは気にも留めずに更に加速する。それを見越していたメルルの氷魔法がアレクの顔の横すれすれの軌道、凄まじい速度でアレクを追い抜いていき、火球と正面から衝突する。
炎と氷。相反する属性の衝突により生まれた水蒸気を目くらましにして、アレクは軌道を変える。仲間達との絆と信頼が目に見える形となって勇者アレクの道を切り拓いていくその様は、まさしく勇者と英雄の恐るべき連携の賜物であった。
「チィッ! 目くらましとはっ!」
「気付くのが遅かったな」
振り下ろされた聖剣は、寸分の狂いもなくディアボロスの胸部に輝く水晶球を捉え、罅を入れた。
「四天王ディアボロス。500年前の貴様はこんな一属性一辺倒の戦いではなく、同時に幾多の属性魔法を操り初代を苦しめたと聞く。……貴様のような魔族でも耄碌するものなのだな」
唯一の弱点にして本体である水晶に罅を入れられて、たたらを踏んで後ずさり、膝を折ったディアボロスを、アレクは一切の油断無しに鋭い視線で睨み付ける。
「ククク……。いかにこの身を造り替えようとも、その聖剣の一撃を受けきるには至らぬ、か……」
「何がおかしいっ! 貴様が背後の宝石樹で何をしようとしていたかは知らないが、その前に貴様を討ってしまえば同じこと。勇者と英雄の力を見誤ったのが貴様の敗因だ」
そう言い放ち、とどめの一撃を繰り出そうとしたその瞬間。
「アレク! 下がれっ!」
――ドクン。
メルルの言葉に条件反射のように後ろに飛びずさったアレクは、たった今自分が蹴った地面が割れ、そこから禍々しい瘴気を帯びた宝石樹の根が飛び出してくるのを見た。
「ククク……。フハハハハハッ! 間に合わなかったのは私ではない。貴様だ、勇者……!」
――ドクン。
宝石樹に群がっていた魔物達が、何かに縛り付けられたかのようにぴたりと動きを止める。その足元から無数の幹が伸びて魔物達を捉え、ぎちぎちと嫌な音を立てながら宝石樹が呑み込んでいく。
「……ねえ、メルルちゃん。宝石樹ってあんなにアグレッシブに魔物を吸収するものだったっけ?」
「いや、私の知る限りではそんな生態ではなかったはずだ。これは一体……?」
――ドクン。
「ディアボロス! 貴様何をしたっ!」
アレクの激昂に、ディアボロスは嗤う。
「長い、長い雌伏の時であった。まさか、何の監視も付けず、魔物も人も関係なく喰らう宝石樹の生態を利用して天然の要塞を造り上げ、更にその奥地に聖域を以て封印しているとはな」
「何の話だ!」
「クク……。並の結界では保てぬはずと思い、聖都を探らせたが違った。勇者の屋敷の地下に丁寧にダミーまで用意しおったせいで、流石の私もすっかり騙されてしまった」
――ドクン。
宝石樹が脈動する度、辺りに禍々しい瘴気が満ちていく。
「私の質問に答えろ! ディアボロス!」
「そう急くな。もうじき終わる」
――ディアボロス。大儀であった。
その声を聞いた瞬間、勇者アレクサンダーは理解した。
この声の主は己の宿敵だ。500年の時を経て、再び相まみえてしまったのだ、と。
「魔王……ッ!」
「えっ!? こ、これが……っ!」
「なんてことだ! そういうことだったのか!」
凄まじい瘴気の奔流の中、メルルは事態を正確に理解した。初代勇者が打ち倒したという魔王は、死してなお瘴気をまき散らし、その瘴気を纏って何度でも復活するという災害のような存在であった。その魔王の瘴気を封じることに成功したからこそ、初代勇者とその仲間たちは伝説として語り継がれることとなったのだ。
「宝石樹……。魔物の魔力を吸い上げて成長し、果実に魔力を集める性質を利用して魔王の瘴気を封印していたのか……!」
漏れ出る瘴気をそのままにして部屋ごと封じたとしても、その漏れ出た瘴気から魔王は新しい身体を造り上げて復活する。漏れ出る瘴気そのものを封じるために、初代勇者は宝石樹の特性に目を付けたのだろう。
「人間とは何と愚かなことか。我をも欺いた勇者の機転が、たった500年かそこらで失伝してしまうのだからな」
――ディアボロス。こちらへ。
「……直ちに」
悠々と勇者たちに背を向けて宝石樹の下に歩き出したディアボロスに、呆然と立ち尽くしてしまっていたアレクは我を取り戻し、切りかかる。
「させるかっ!」
「もうその剣は通じぬ」
――ガインッ!
ついさきほど、ディアボロスの身体ごと切り裂いてダメージを与えたはずの聖剣が、ディアボロスが振り返りもせずに無造作に突き出した左腕に弾かれる。
「なん……だと……!?」
「魔王様の瘴気に満ちたこの場で、そのような聖剣の力頼りの剣戟で私を傷つけられると思うな、小僧」
ディアボロスはそのまま突き出した左手から瘴気を放つと、アレクは何の抵抗も出来ないまま吹き飛ばされてしまう。
「ぐあぁっ!」
「アレクッ!」
「今回復をっ!」
慌ててアレクの下に駆け寄る二人に見向きもせずに、ディアボロスは宝石樹へと向かって行く。
――ふむ。長き眠りから覚めたとはいえ、まだ身体を生み出し自由に動き回るには至らぬ、か。勇者の奴もやってくれたものよのぉ。
「魔王様が肉体を取り戻し、再び世界を混沌に陥れるその時まで、私が魔王様の手となり足となりましょう」
――不便をかけるな。だが、このままならない現状。有難く貴様を手足として使わせてもらうぞ。
宝石樹の下に辿り着いたディアボロスが、両手を恭しく大樹に差し伸べる。すると、大樹の幹が割れ、中から拳ほどの禍々しくも美しい漆黒の宝石が姿を現した。
「……このようなお姿になってしまわれたのですね。魔王様……」
――気にするな。力さえ取り戻せば元の妾の身体などすぐに造れよう。
そして、大粒の宝石はそのまま大樹からせり出すように零れ落ち、ディアボロスの手の上めがけて落ち……。
「うひょー! 今だよアレクサンダーっ!」
――横から吹っ飛んできた大根に掻っ攫われた。
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