第九十三話 いつも通りが一番強い
かなり間を空けてしまってすいませんでした……!
「それで、実際の所どうなんだ? 勝算があるって言ってもただ突っ込めばいいだけってわけにはいかないだろ?」
相手は500年前、初代勇者に苦戦を強いた恐るべき魔族である。こちら側には当代の勇者が付いているとはいえ、何も考えずに挑んで無事で帰ってこれる相手ではないはずだ。
そう考えたアッシュに対するマヤリスの答えは、予想外のものであった。
「その通り。……と言いたい所だけれど。実は私、そこまで苦戦しないんじゃないかとも思っているわぁ」
「……は? おいおい待てよ、相手はあの四天王だぞ……?」
いきなり何を言い出すのか、と詰め寄るアッシュを適当に受け流しながら、マヤリスはオリビアに尋ねた。
「ねえオリビア? 貴女と剥き出しの筋肉愛好家のダグラス。戦ったらどっちが勝つかしら?」
まさか自分に話が振られると思っていなかったオリビアは、今こそ自己アピールのチャンスだと言わんばかりにアッシュとドルカの方をチラチラ見ながら答えた。
「わたし!? ……えっとねえっとねぇっ! わたしとダグラスだと単純な力比べならわたしの方が強いかなぁ。でも、ダグラスの方が技術は上だからその分で本気で戦ったら五分五分になると思うなぁっ!」
――剥き出しの筋肉愛好家のダグラスと五分五分の実力。
その言葉の意味にアッシュはすぐに察しがついた。
「ダグラスはあの時、決定打こそ与えられなかったけど単体でディアボロスの攻撃を捌き切っていた……。それも、魔法の流れ弾がこっちに飛ばないように気を付ける余裕まで見せながら……!」
「くすくす、わかったかしらぁ……? そして、私の見立てでは勇者ちゃんとお仲間さんのその二人。恐らく一人一人が私達レベルとまではいかなくともそれに準じた実力はあるはず。アクが強過ぎてそれぞれが好き勝手に戦うのが関の山の私達とは違って、あの子達の強みは個々の戦力を束ねた連携にあるはず。1対1では私達に軍配が上がっても、魔窟の連中を適当に3人集めて3対3で戦うことになったら向こうが有利……って位にはあの子達も強いのよねぇ」
協調性が皆無の魔窟の連中と違って、勇者とその仲間達には明確に『勇者』という司令塔とその指示に従い、補佐を行う各分野のスペシャリストという明確な役割分担が存在している。物理も魔法も扱える超万能アタッカーの勇者に、たった一発の魔法で戦局を変えかねない程の火力を誇る魔法使い。そして、その両者をサポートする支援、回復特化の巫女。
500年前、勇者と共に魔王と戦った英雄の末裔たちは、いつか訪れる魔王の復活に備え、有事の際に『勇者を支えること』を目的に500年という長い歴史の間、更に研鑽を積んできているのだ。
「この500年。人間の技術や戦術の進歩はめざましいものだったはず。ショイサナに限らず冒険者達の質はどんどん向上して、そのおかげでショイサナという危険極まりない地域にも関わらず街はどんどん発展し、おおよそ安全だと見做されているエリアも拡大しているわぁ。勇者ちゃん達だって言わずもがな。伝説の初代勇者様より現時点のアレクちゃんの方が強くたって不思議じゃないのよね。ここに来るまでの消耗分が不安とは言え、その分を私たちが補ってあげるだけでも十分戦える位なんじゃないかと思うのよ」
『こんなに美味しい状況って中々ないわよぉ!』と満面の笑みで言い切ったマヤリスに、アッシュは絶句した。
「……さっきの俺の覚悟は何だったんだよぉ!」
「くすくす……。かっこよかったわよぉ? さっきのアッシュちゃん」
「大丈夫! アッ君には私が指一本触れさせないからねっ!」
「ねー! アッシュ君かっこよかったよねー! でもマーヤちゃん! 私アッシュ君はいつもかっこいーと思う!」
そんな何一つフォローになっていない仲間たちの言葉に余計に顔を熱くさせながら、アッシュは話題を切り替える。
「ああもう! ……なんにせよ、ディアボロス自体はその気になればオリビアが一人でも抑えられるし、勇者達に任せていたって万全の実力を発揮できれば十分戦える。俺達の役目は勇者達が万全に戦えるようにサポートをしつつ宝も手柄も美味しいとこ取り! これでいいのか?」
「そういうこと。実際なだれ込んでいった魔物達がどうなっているかとか、そのきっかけになった今もひしひしと伝わって来るこの不気味な瘴気の感じとか、不確定要素はあるのだけれど、それを差っ引いても戦力は十分なんじゃないかしらぁ。……ね? なんとかなる気がしてきたでしょう?」
そう言って微笑むマヤリスに、横からドルカが口を挟む。
「難しいことはよくわかんないけど、アッシュ君がいれば何が起きても大丈夫だと思う! ねーアッシュ君!」
「お前はちゃんと話を聞いてたのか! 俺達はあくまで勇者達のサポート! 仮に俺達が戦うことになったとしても俺やお前は前に出たら一瞬で消し炭だからな! 絶対に前に出るなよ!」
勝算があるとはいうものの、それは油断した状態でも勝てる相手という意味では断じてない。それをこのアホの娘は理解しているのだろうか。
「ドルカちゃん、アッシュちゃんが『心配だから俺から離れるなよ』ですって」
「うひょーアッシュ君! 私ずっとアッシュ君の傍にいるからね! うひょー!」
マヤリスの言葉でテンションが最高潮に達したドルカに纏わりつかれたアッシュは、マヤリスに『なに適当なこと言ってくれたんだ』と抗議の視線を送ったのだが、当のマヤリスはどこ吹く風といった様子で言った。
「ああそうだ、アッシュちゃんにこれを渡しておこうかしら」
「またそうやって露骨に話を切り替えやがって……。っておいこれ……!」
ぽんと手渡されたそれを、一体どんな薬、いや毒の類だろうかと視線を手元に落としたアッシュは、その見覚えのあるムサい筋肉の塊のような男が輝かんばかりの笑顔でポージングしている独特過ぎるパッケージを見て全力で突っ込んだ
「これ、さっきあいつらが大量に捨てていったダグラス愛用のワセリンじゃねぇか! なんでだよいらねぇよ!」
「あら、でもそれ凄いのよ? 塗るだけで魔法に触れても発動しなくなるみたい。まあ、魔法を無効化しようと思ったらワセリンを塗った肌で直接魔法を受けないといけなかったり、魔素に干渉しなくなるってだけだから触れる時は衝撃を与えないように注意しなきゃいけなかったりっていう難点もあるみたいだけれど。あと自分も魔法は使えなくなるわね」
「呪いのアイテムじゃねぇか」
なお、このワセリンを愛用しているダグラス自身は、元々魔法は一切使わず、際どいぴちぴちの下着一枚というほぼ全裸(本気を出す時はそれさえも脱ぎ去る)スタイルで相手の魔法を大胸筋や尻といった人体の中でも屈指の柔らかさを誇る部位で優しく受け止めることによって、魔法無効化どころか反射まで可能にしているのだが。
「……アッ君、脱ぐの?」
「脱がねぇよ! ……一応、俺だって魔法で支援できそうならするつもりだしな。ドルカと一緒にいれば魔力が尽きる心配はしなくていいんだ。万が一の時の回復くらい頼ってもらえるようにはしておきたいだろ」
そう言いながら、効能だけは強力であるとわかった以上捨てることはないだろうと手渡されたワセリンを背中に張り付いているドルカから垂れ下がって顔にぺしぺし当たって鬱陶しいことこの上ないホールディングバッグに仕舞い込んだ。
「……他に何もないなら、これで準備は万端ってことでいいよな?」
「ええ、私からはもう何もないわぁ。オリビア? 貴女はどう?」
「わわ、わたしっ!? えっと、えっとねぇっ。……『勇なるは剣より鋭く。賢なるは鎧より硬い』。どんな剣や鎧よりも、知力胆力こそが戦士の強さであるというわたしの一族の家訓だ。恐れることはない。アッ君は既にわたし達と並び立つに恥じない知力胆力を備えている。わたしは、アッ君になら安心して背中を任せられる。共に戦い、お姉ちゃんと共に勝鬨の声を上げようではないか」
「ああ……うん」
せっかく良いことを言っていたのに結局最後まで真剣な口調を維持できず、自ら台無しにしてしまったオリビアに、アッシュはどう返せばいいかわからなかったのでスルーすることにした。
「……えっ、それだけ? わたし頑張ったよっ? 頑張って結構良いこと言ったよね? わたし頑張ったよね?」
「……よし、じゃあ行こうか」
「おぉーっ! アッシュ君! 手! てー繋ごうよてー!」
強大な敵が待ち構えていようとも、なんだかんだでいつもの緩い空気のまま、いつも通りのノリでアッシュ達は歩き出した。
だからこそ思うのだ。
――きっとこの空気のまま、誰一人欠けることなく戻って来れる、と。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
次話の投稿は近日中の予定です。
ここまで来たので第二章完結まではさくさくと進めていきたいと思っております!
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