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第九十二話 決意と覚悟

「おいおいおいおいどうすんだよなんであいつがここにいるんだよ!」

「落ち着いてアッシュちゃん。これはチャンスよ?」


 4日前に散々苦しめられた四天王との予想だにしなかった再会に取り乱し始めたアッシュに、マヤリスはいつも通り余裕たっぷりと、柔らかな笑みを浮かべ、目を細めながら言った。


「今あいつは勇者様と同じ部屋に流されていったわぁ。それにあの様子だと宝石樹に寄生された魔物達は四天王といえど支配下にはないのもわかった。私達は勇者様とディアボロスが潰し合って両方消耗しきった所を見計らってのんびり後から財宝もディアボロスを討伐したっていう実績も、ついでに勇者様を間一髪助けたという貸しまで全部掻っ攫っちゃえばいいのよ」

「相変わらず発想が外道過ぎはしませんかねぇ……?」


 堂々と一石三鳥の美味しいとこどりを提案するマヤリスに、いくらディアボロスへの恐怖で取り乱していたとは言えそこまで非情にはなり切れない、とアッシュは突っ込んだ。


「もしまともに対峙することになったとしても、こちら側には曲りなりとも当代の勇者が付いている。ヒイバにメルル、わたしとドルカちゃんを含めれば英雄も末裔も4人いる計算だ。それに負けず劣らずの戦力が更に2人。勝てない相手ではない」

「そうだよアッシュ君! こないだはムキムキと私、アッシュ君の3人とアレクサンダーでやっつけた相手だよー? 今回はリビ姉にマーヤちゃんにゆーしゃさん達! よゆーよゆー」


 ここぞとばかりに武人然とした顔でそれっぽいことを言うオリビアに、いつも通りの何も考えていないドルカの言葉を聞いている内に段々と頭が回り始めたアッシュは、改めて冷静に状況を分析し始めた。


「そうか……。相手が四天王ってことで慌てちまっていたけど考えてみたらこっちには勇者が居るのか。というかあいつ自身ディアボロスの相手は自分に任せろみたいなことを言っていたし、そういう意味では俺達は精々あいつのサポートをすればいいだけ。そう考えれば、いけるのか……?」


 と、そこまで考えてふと素朴な疑問が浮かんでくる。


「というか、今やっと落ち着いたけどさ、ダンジョン中の宝石獣がこの先に向かって行ったんだよな? それだけの量の魔物が入れるようなスペース、この先にあるのか……?」


 そのアッシュの疑問に、マヤリスは即答する。


「多分ないんじゃない? だから今、勇者もディアボロスも相当に面白いことになってると思うのよねぇ……。初代勇者がわざわざこんな所に何を隠したのかと思っていたのだけれど、まさかまさか子孫の為に部屋を封印してまで宝石樹を育てていたとは思いもよらなかったわぁ……! 超特大のジュエルシード、確かに魔術的な触媒としてはこれ以上は考えられない程の逸品ですものね。ダンジョン中の宝石獣が目の色を変えて殺到するほどの、500年間外界と隔絶された状態で成長し続けた宝石樹……。一体どれほどの大きさなのかしらぁ……!」


 勇者パーティとディアボロスが宝石樹に群がる魔物達でもみくちゃにされているであろう地獄絵図など全く気にも留めない物言いに思わず突っ込もうとしたアッシュであったが、口を開こうとするアッシュを遮るように、オリビアが言った。


「なにこれ……? あんなにたくさんいたはずの魔物の気配がどんどん消えていく……?」

「おいおい何だよ急に……」


 次は一体何が起こるっていうんだよ。その言葉を告げるより先に、アッシュも気付く。


――ゾワリ……。


 それは、4日前にディアボロスと初めて対峙した時と同じ、いやそれ以上の、この場に居るだけで命が脅かされるという確信めいた悪寒。


「これ、瘴気……? それも、ここまで濃密だなんて……! Sランク指定のダンジョンの最奥部でさえここまで酷くなかったわよ……?」

「なんだ、なんだこれ……! 息が、息が吸えな……っ!」


 瘴気に慣れていない一般人がいきなり強い瘴気に晒された場合、その多くは失神する。それは、空気中に漂う瘴気という異質な存在を身体が拒絶して、まるで水中にいるかのように錯覚してしまうことによる酸欠が原因であることが大半である。


「アッ君落ち着いて! ここは水の中じゃないの! ちゃんと意識を強く保てさえすればいつもと同じように呼吸は出来るよっ! ……そうだっ! ドルカちゃん! ドルカちゃんは平気っ!?」


 いきなり濃密な瘴気に当てられて息が出来なくなってしまったアッシュの背中を必死でさすりながらオリビアはドルカは大丈夫かと顔を上げた。なお、当然こんな状況で力加減が出来るわけもなく、アッシュは背中に絶えず受け続ける凄まじい衝撃によって瘴気関係なく物理的に息が吸えない状況に陥っている。


「あははははー! アッシュ君がみんなを綺麗にしようとしてくれたのに、結局魔物さんの大行進で私達まで埃まみれだー! お揃いだー! あははははー!」

「ドルカちゃんは大丈夫みたいね……。流石世界樹。ドルカちゃんの周りだけ瘴気が近寄ることさえできていないわぁ。アッシュちゃんも瘴気に慣れるまでドルカちゃんの傍に居れば大丈夫そうね。……というかオリビア、そのままじゃアッシュちゃん、瘴気関係なく死ぬわよ?」

「えっ……?」


 ドルカの安否に気を取られたが故にただでさえ不器用なオリビアがアッシュからよそ見をした結果、オリビアはアッシュの背中というかもはや身体全体をゆっさゆっさとえげつない速さで揺さぶる状態になっており、頭がぐわんぐわんと揺さぶられる度に力なく前後左右にスイングし、1スイングごとにどんどんとアッシュの顔色は青から土気色へと変色し始めていた。


「あぁーっ! アッ君ごめんねごめんねぇっ! わたし、そんなつもりじゃなくてぇっ!」

「大丈夫だよリビ姉! アッシュ君は私がくっつけばいつだって元気いっぱいだから! とりゃー!」


 すかさずアッシュに抱き着いたドルカから流れ込む生命力により、アッシュの顔色が先ほどの逆再生のような形で元の健康的な肌色に戻っていく様を眺めつつ、マヤリスは言った。


「何にせよ、この先に進むのであれば相当な覚悟と準備が要りそうねぇ……。アッシュちゃん、貴方はどうしたい? 正直言って、収入面から考えたら今まで収穫できた宝石樹の果実の分で十分お釣りが返って来る位にはなっているわ。死にかけから復活して早々悪いのだけれど、リーダーとしての考えを聞かせて貰えるかしら?」

「ゲホゲホッ……! ぜぇ……ぜぇ……。……えっ俺今死にかけてたの!?」


 ようやく背中に受け続けたえげつない衝撃から解放され、まともに呼吸ができるようになったアッシュがマヤリスの耳を疑うような言葉に思わずオリビアの方を向くと、オリビアはサッと目を逸らした。


「まあまあいいじゃない助かったわけだし。それよりもアッシュちゃん、どうする? もう帰る? それとも……」

「行くに決まってるだろ」


 アッシュの言葉に、迷いはなかった。


「俺とドルカがいなかったらさ、きっとマヤリスもオリビアも、何のためらいもなくディアボロスの下へ向かうだろ?」

「……まあ、そうね。さっき言った通り、美味しい所だけ横から掻っ攫う絶好の機会ですもの」

「勇者さんのお手伝いをして、ご褒美にお宝の中からとびっきりの剣を貰うチャンスだよぉっ!」


 その言葉を聞いて、アッシュは自分の中の迷いや恐怖に一区切りをつけるかのように大きく息を吸い、一息にそれを吐き切ると、言った。


「俺は、マヤリスやオリビアのお荷物は嫌なんだよ。俺やドルカがいるからあれはできない、これはできない。そんな形の仲間なんてごめんなんだ。元々、心のどこかではわかってたんだよ。あのままディアボロスと会わないまま終われるわけがないってことくらい。……だから、行く」


 その言葉を聞いて、美しく輝く翡翠色の瞳を柔らかく細め、口角を上げながらマヤリスは尋ねる。


「この先、何が待ってるかわからないのよ? もしかしたら、私もオリビアも、自分の身を守るのが精いっぱいで、二人の安全を保証が出来ないかも知れない……。それでも、行く……?」


 アッシュは、笑った。


「馬鹿言うなよマヤリス。……マヤリスはさっき、俺に行くか退くか、その選択を委ねたんだ。俺は知ってる。マヤリスは勝算が無い所に何の考えもなく俺達を連れて行ったりはしない。だから俺は、マヤリスを信じただけだ。こんな新人丸出しの俺に、選択を委ねてくれるんだろ? その信頼に応える為に、俺は命を差し出す覚悟を決めた。それだけだよ」

「はいはーい! 私も! 私もだいじょーぶ! マーヤちゃんは凄いかっこいーからきっとあのしてんのーも何とかしてくれると思う!」


 アッシュに抱き着いたまま調子よく便乗してきたドルカの頭を苦笑交じりでぽんぽんと撫でてやりながら、アッシュは言った。


「まあ、一撃でやられない限りドルカが助けてくれるしな。この5日間で何回死にかけたかわからないけどこうして生きてるんだ。そのドルカがこの街に来るきっかけになった宝だろ? やっぱりお目にかかってみたいじゃないか」


 そう言ったアッシュに、マヤリスは蠱惑的な笑みを浮かべ、言った。


「くすくす……! だからアッシュちゃんは最高なのよぉ! そうそう、そうこなくっちゃつまらないわぁ! ね、オリビア? 貴女もそう思うでしょう?」

「……わたしは? アッ君、わたしは信じてくれないの……?」


 両目に涙をなみなみと湛えたオリビアが、アッシュをじぃっと見つめる。


「い、いや、オリビアも信じてるぞ……? ……ただ、ちょっと力加減を覚えてくれないとつい今しがたも死にかけたってだけで、オリビアの強さは頼りにしてるに決まってるじゃないか! 現に死にかけたし」

「ううぅうぅううっ! わざとじゃない! わざとじゃないのにぃっ!」


 いっつもいっつも何かかっこいい事を言って頼りにされてるマヤリスはズルい。オリビアはそう思った。


「まあまあオリビア。実際、ディアボロスとまともにやりあうことになったら一番頼りにしなきゃいけないのは間違いなく貴女よぉ? もし貴女がディアボロスを討ち取ってくれたなら、アッシュちゃんもきっと貴女を見直すんじゃないかしら」

「それだぁっ! わたし、わたし頑張る! ディアボロスをこの手でやっつけるぅっ!」

「うひょー! 私も私もー! 私だってアレクサンダー達と一緒に頑張るよー! ね、アッシュ君!」


それぞれがそれぞれの形でやる気を出す中、アッシュもまた考えていた。この先に待ち受けているであろう戦いの中で、自分にできることは何か。

 先ほど、偶然とはいえ成し遂げたドルカとの合体技。


――たった一撃でもいい。あの四天王に、一矢報いてやる。


 そもそも、アッシュが借金を背負った全ての原因はあの魔族なのだ。アッシュの心は復讐に燃えていた。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


次話の投稿は近日中の予定です。

面白いと思って頂けたようでしたら、お手数ですがなろうログイン後にブクマ、評価など頂けると嬉しいです(評価は最新話ページ最下部に表示されます)!

ぜひぜひよろしくお願いいたします。

twitter@MrDragon_Wow

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