第九十一話 刹那の再開
出来れば書籍として欲しいだなどというご感想を頂いてしまい、有頂天になってしまったのでそのテンションのまま書き上げました……w
やっぱり読んで下さる方からのお言葉が一番執筆のモチベーションに繋がるものなんですね
ありがとうございます!これからも頑張ります!!
「なあマヤリス……。これで本当に封印は解けてるのか?」
「ええ、そのはずよ。現に、壁に描かれている紋様から光が消え、脇にあった祭壇も朽ちて崩れ去ったわぁ。」
そう言いながらアッシュは、目の前の壁の中央、丁度人が2~3人横並びで歩けるほどの幅の分だけ色の違う土で塗り固められ、複雑な紋様が描かれた『扉』を眺める。
扉と言ってもそれはただ、恐らくその向こうに伸びているであろう通路とこの部屋を隔てる為に土を塗り固めただけの代物で、初代巫女の封印が解けた以上、その壁はアッシュやドルカが小突いただけでも崩れ去ってしまいそうなほどに脆く見えた。
「……なあ、ふと思ったんだけどさ。初代勇者と巫女がここに宝を隠したんだよな? しかも『鍵』は本来勇者の血筋か行方知らずになっていた世界樹の最後の一枝であるドルカの麺棒しか持ってない聖なる魔力だったわけで、それってつまり……」
「つまり、初代勇者が自分の子孫の為に遺したとんでもないお宝が眠っているってことよね! 本当にドルカちゃん様々ねぇ!」
初代勇者が子孫の為に遺した財宝をかっさらってしまって良いのか。そんな罪悪感に駆られるアッシュをよそに、マヤリスはきらきらと無邪気な子供のような、まるで花が咲いたような笑みで言った。
「うふふふ……! 私達が何食わぬ顔で実はこんなお宝が隠されてましたって後になって教えるの……! 勇者様に初代勇者の遺物だなんて教えずにそ知らぬふりして見せびらかすの……! 楽しみ、楽しみだわぁ……!」
やはりマヤリスは悪女であった。この一見年下に見える、というか毒で成長を止めているらしく外見自体はあどけない美少女そのものであるこの悪女は、何故こんなにも無邪気そうな可愛らしい笑顔でここまで腹黒いことを言えるのであろうか。言っていることが物騒だったり非情だったり腹黒だったりイカれてさえいなければ、一瞬目が合っただけで心を奪われてしまいそうな、儚げで可憐な令嬢のような容姿だというのに。アッシュは残念なような、むしろそういう面があることで異性としてではなく仲間として振る舞えることに安心するような、複雑な気持ちでいっぱいであった。
「そうかぁっ! 剣! 初代勇者様が見つけたものすごい剣! 勇者様が残したお宝ならものすごい剣があるかもしれないっ! わたしが振るっても壊れない本物の剣!」
「うひょー! お宝! いよいよお宝だよアッシュ君! えっとねー、私はねー、ものすごい大きなお家を買ってさっきのでっかいほーせきじゅーみたいなかっこいー置物を玄関においてねー! それでアッシュ君と末長く幸せに暮らすの! うひょー!」
それぞれが思い思い財宝に想いを馳せる中、アッシュが思うことは何にせよこれで借金を返すことが出来るという、ただそれだけであった。
ドルカの巻き添えを喰らう形で膨れ上がった借金とも、この冒険を終えればようやくおさらばである。たった5日間の事とはいえ、アッシュにとって100万という単位の借金は思い出すだけで気の遠くなるような額であり、しかもその借金を返し終えない内にディアボロスが街を襲撃するようなことがあれば指名依頼で強制的にディアボロス討伐の最前線に駆り出されるという目に見えない死までのカウントダウンのようなおまけまでついてきていたのである。冒険者登録した初日から始まったこの悪夢のような借金返済生活も、もうあとほんの少し、無事に帰ることさえできれば全てが終わる。
アッシュにとってはそれが全てであり、心の支えであった。
「みんな、まだ実際に手に入れたわけでもないのに気が早いぞ……? 最期の最後まで油断せず、気を引き締めて行こう。……じゃあ、この壁壊すぞ?」
「あー! アッシュ君ズルい! 一緒! 一緒に!」
「そうだよアッ君ズルいっ! わたしも一緒に壊す! せーの! せーのでやろっ!」
「おいお前ら幅的に4人同時は入らないって! というかマヤリスも何も言わなかったくせに何しれっと壁壊すノリに加わってるんだよちょっと待て俺の足踏んだの誰だようわっ足がもつれて転ぶ! 転ぶって! あっ……」
――ガラガラガラ……!
何故かちゃっかり大根達まで加わり、4人と5体がおしくらまんじゅう状態で足がもつれて壁に激突、その勢いで倒れ込むように封印の壁を破壊するというあまりにも締まらない形で、初代巫女が築き上げ、500年の間封印を守り続けた壁は崩れ落ちた。
――ゴウッ!
500年という気が遠くなるような年月は、風の流れをも堰き止めていたのであろうか。悠久の時を経て解き放たれた通路の奥から一陣の風が突き抜け、アッシュ達を風がうなる轟々という音が包み込み、そしてそのままの勢いでダンジョン中へと駆け抜けていく。
――ふわり。
轟々という風の音が止み、ようやく目を開け立ち上がることが出来たアッシュの鼻腔を、甘ったるい、脳が痺れるような香りがくすぐる。
「……っ! いけないっ! 今すぐ部屋に戻って! 部屋の端に固まって! 早く!」
「えっ……?」
「……っ! アッ君ドルカちゃん! ちょっと運ぶよっ!」
「おっ? おーっ?」
突然何かの危険を察知し警戒態勢に入るベテラン二人に、何が何やら事情が全く呑み込めないままのアッシュであったが、オリビアに抱えられて隠し部屋の隅、入り口側の端の角に陣取った直後、異様な音と振動によってアッシュもまたその異常事態を察知することとなる。
――ドドドドドドド……!
「なんだ、この音……? 地震……? いや、地響き……っ!? これ、全部魔物の足音かっ!?」
「ええそうよ……! アッシュちゃんも嗅いだでしょ、あの香り。あれ、宝石樹が魔物をおびき寄せる為の香りよ……! それも、私が濃縮精製した特製の香水なんか比べ物にならない強さのね……」
珍しく表情から余裕が消え、真剣な面持ちのマヤリスの言葉に、アッシュは狼狽える。
「ちょっと待てよ! この奥、500年の間勇者に封印されてたんだろ? 誰も入れなかったんだろ!? それなのに、何で宝石樹が入り込んでるんだよ!? それに、いくら植物って言ったって500年もの間何の栄養も無しに生き永らえるものかよ?」
「アッ君……。わたしには難しいことはわからないけどね。さっきから、ものすごく嫌な気配をあの奥からビンビン感じるの。なんだかよくわからないけど、わたしも気を抜いたら怖くなっちゃう位の何かが向こうからわたしたちの様子を伺ってるの……!」
――ドドドドドドドドドドドド!
そんなことを言っている間にもどんどんと押し寄せる魔物達の足音は大きくなっていき、アッシュ達は怒鳴るような大声で声をかけあう。
「うひょー! なにこれなにこれー! 声が震えるー! あ゛あ゛あ゛あ゛ー! あはははー!」
「これ! ここに居て! 大丈夫なのかよ!」
「ここから離れようにも! あれだけの香り! 魔物は! ダンジョン中からここ目がけてやってくる! やり過ごすしかないのよ!」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
最初にやってきたのは、小さな鼠型の宝石獣であった。恐らく、果実そのものを食したことはなく、宝石樹の根っこを齧ってみたり、上位の宝石獣達が果実を奪い合って争い、相打ちとなった死体を喰らったりといった形で宝石樹に寄生された、この洞窟内の生態系では最も底辺に位置する魔物達。特定の縄張りを持ちえない彼らだからこそ、目の前の小さな果実の取り合いに気を取られる必要がなく、いち早く押し寄せることが出来たのであろう。
一体一体が手のひらよりやや大きい位のサイズの生き物が、まるで押し寄せる波のように一目散に駆けて行く様は異様の一言であり、その波打つ絨毯のような魔物の群れの一体一体が、どんどんと強力な、大きな魔物へと変わっていく様はおぞましく、轟々という音の圧も相まってアッシュの心を震え上がらせるには十分すぎる光景であった。
――アアアァアァア!
そんな轟音の最中。
「……? 今! 誰か喋ったか!」
「アッ君! 今なんて言ったの!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ー! あ゛あ゛あ゛あ゛ー! おもしろーい! あははははー!」
「うるせぇお前はちょっと黙ってろこのアホッ!」
「アッシュちゃん! この声! 私達じゃないわぁ!」
魔物達の足音の中、必死で叫びながら意思疎通を図るアッシュ達。
――俺達じゃないなら、誰の声だ……?
「ヒイバー! メルルー! 気合いだ! 気合いで持ちこたえるんだ!」
「アレク! わかってるから! わかってるからちょっと黙って!」
「こっちは結界を維持するのに必死なんだ! 君は少し黙っていたまえ!」
――それは、つい先ほどまでそこにそびえ立っていた結界の紋様と同じものが描かれた球体。
唯一違うとすれば、それは土壁ではなく、魔力によって作られた膜のようなものの表面に描かれており、その力の源が祭壇ではなく当代の巫女自身であったということだろうか。
「あー! 見てみてアッシュ君! 勇者だ! 勇者さんがなんかボールの中に入って流されてく! いいなーあれ楽しそう!」
「馬鹿かお前は! あれの何処が楽しそうなんだ血相抱えてたじゃねぇか! っていうか完全に巻き込んじまってるじゃねぇか!」
恐らく、最奥部からの帰還途中、突如背後から魔物の群れが押し寄せてきて、咄嗟に結界を展開、その場でやり過ごそうと考えたであろう勇者たち一行は、何とも哀れなことにその結界ごと魔物の群れに飲み込まれ、担がれるような形でここまで流されてきてしまったらしい。
「ど、どうするアッ君! 勇者さん達に先を越されちゃったよっ!?」
「そんなこと言ってる場合かっ! 今あの中に飛び込んだら俺達だって一瞬でもみくちゃにされて終わりだろうが!」
――オ゛ォオオォ゛オオォオォォ゛!?
そして、また別の声。
「今度は誰だよ!? 俺達と勇者以外にまだ誰かこのダンジョンに潜ってやがったのか!」
「えっなになにー! またさっきの見れるの!? どこどこー!?」
――ドドドドドド!
轟音の中、徐々に近づいて来る野太く、底冷えのするような無機質な声。アッシュはその声をどこかで聞いたことがあるような気がしたのだが、その声の主のイメージと、今雄たけびを上げている声に滲む焦りのトーンがどうにもかみ合わず、その人物を思い出すことが出来ずにいた。
――オォ゛オオォッ! このクソ共がァッ! ええいどけっ! どかんかァッ!
「……あっ」
「オオォオォオオォ゛ッ! ……ヌッ!?」
文字通り怒涛の勢いで駆け抜けていく宝石獣の群れの中。先ほどの勇者達と同じように結界を張ってやり過ごそうとしたのは良いものの、結界ごと持ち上げられ担ぎ上げられ流れに飲み込まれてしまった哀れな被害者がここにも一人。
「あー! こないだのしてんのーさんだー! あはははー!」
「えっ!? あの流されてきたあれが!? あれがそうなのアッ君!?」
「くすくす……。かっこわるーい」
――また貴ぃ様らぁかァーーーッ! アァーッ! ァーッ! ァー……!
勇者たちご一行とは打って変わって禍々しい紋様の描かれた結界に覆われた、初代勇者を苦しめた魔王直属の側近、四天王ディアボロス。
魔物の波にもみくちゃにされながらも、しっかりばっちり目が合ってしまったアッシュは、隣で呑気に手を振り返すドルカを横目に、『え? この後あの中に行くの? この流れで戦わなきゃいけないの?』という笑えばいいのか絶望すればいいのかよくわからない光景に、ただただ唖然とするのであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
次話の投稿は近日中の予定です。
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