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第八十八話 オリビアお姉ちゃんお触り禁止令

「そう言えば、さっきちらっと言ってたけど、部屋の外にいた宝石獣達は全員倒してくれたってことで良いのか?」


 なんとか塩の塊と大根を食べきり、青白い顔をしている勇者アレクにアッシュが尋ねる。


「ああそうだ。……というか、君達は一体どんな方法でここまで辿り着いたんだ? マヤリス=カブトリトにオリビア=バルバロードがほぼ消耗していないように見えるのはまだわかる。……いや、それも信じがたいことではあるのだが、それ以上に君とドルカ=ルドルカだ。何故君達がこんな所まで、無傷どころか疲れた様子さえ見せずに辿り着けているのか全く以て理解が出来ない。あの二人は、この勇者である僕や英雄の末裔たるヒイバ、メルルの3人体勢でもかなりの苦戦を強いられるこのダンジョンを、まともに戦力にならない人間二人を抱えて消耗無しでここまで潜れるだけの実力者だとでもいうのか?」

「いや、それはなんと言いますか……」


 まさか『今さっきお前が食べていた大根を囮にしながらほぼ戦闘無しでやってきました』『体力の消耗についてはドルカはほぼ無尽蔵、俺もそれを分けてもらえばいくらでも回復できます』って言ってもわかってもらえないよなぁ。

 そんなことを考えつつ、答えに詰まっていたアッシュを見て、メルルが言った。


「おいアレク! 人様のパーティに妙な詮索するんじゃないと何回言えばわかるんだ。勇者だからってなんでも許されるとでも思っているのか君は! それも、備蓄まで分けてくれた恩人相手だぞ? 何を考えているんだ全く……」

「あ、いや、それはそうなんだが……。悪かったよ……」

「まあ、俺達の様子を見たら誰でもそう突っ込みたくなるっていうのはわかるから、そんなに気にしなくてもいいぞ……?」


 昨日と今日だけで何回目になるかわからない、勇者が説教されて縮こまっている様子を眺めて何とも言えない気持ちになったアッシュが、思わずフォローを入れる。


「なんだ……。君、意外と良い奴じゃないか! 安心してくれ、君が取り逃がしたディアボロスは必ず僕が倒してみせる。この初代勇者から受け継ぎし剣、サンダーソードに誓ってな」


 そう言いながら、勇者アレクは腰に下げた剣をすっと抜き、天に向かって掲げた。その状態でアレクが剣に魔力を流していくと、アレクの右手から刀身へと、魔力の流れに沿って剣が淡く光り出し、『バチバチ』という音を立てながら稲妻を発し始める。


「生憎、今は礼として返せるものが何もない。だからせめて間近で見てくれ。これが初代勇者から代々受け継がれてきた、かの伝説の聖剣の輝きだ」

「アレクってばせっかく補給できた魔力の無駄遣いしてる……」

「他の誰かが使うならいざ知らず、初代から今まで代々勇者の血族に受け継がれる中で勇者の血筋に最適化されたこの剣の消費魔力など微々たるものだ。ヒイバだって知ってるだろうが」


 淡く、青い光と雷を発する聖剣。それはアッシュも幾度となく勇者の物語を見聞きして知っていた。ある人曰く、それは天の雷の体現であると。また別の人曰く、それは勇者の持つ正義の心の体現であると。その雷は、切りつけた相手はもちろん、刃を掠めた相手や刃同士で打ち合った相手をも焦がし、焼き尽くす。

 あらゆる攻撃が通用しないかと思われたかの四天王ディアボロスを両断せしめたのも、初代アレクサンダーが振るったのがこの剣であったからこそであると言われている、紛れもない伝説の剣の輝きが、そこにあった。


「これが、あの伝説の……!」

「はは、それだけ喜んでもらえたなら何よりだ。もし良かったら、実際に手に持ってみてくれてもいいんだぞ? 勇者にのみ振るうことを許された聖剣だ。こんな機会は二度とはないだろう」

「えっ!?」


 『良いのか?』と喉まで出かかった言葉が、アッシュの口から発せられることはなかった。


――ガクンッ!


「え……っ!?」

「あー! アッシュ君が吹っ飛んだー!」


 アッシュを押しのけ、というか肩を掴んで真後ろにぶん投げる勢いで勇者アレクの前に身を乗り出してきたのは、オリビアである。その目はらんらんと輝き、伝説の聖剣に完全に釘付けとなっており、もはやそれ以外のものは何も目に入っていないのではないかと思わせるような異様な雰囲気を纏っていた。


「触っても……いいの?」

「え……? い、いや別に構わないが……」


 おずおずと手を伸ばしてきたオリビアに、勇者アレクが聖剣を手渡しそうになった瞬間、オリビアが音もなく動いた。


「はいはいごめんなさぁい。私達はこの辺で失礼させて頂くわぁ」


――シュッ。


 部屋の壁に叩きつけられたアッシュが回復という大義名分の下抱き着いてきたドルカの肩越しに見たものは、マヤリスに何かを嗅がされて身体の力が抜け、その場にへたり込んでしまったオリビアの姿であった。


「マヤリスちゃん酷い……! わたし、わたしの聖剣がぁ!」

「はいはい、わかったから離れましょうね?」

「ううぅうぅううぅ! あの剣なら! あの剣なら絶対平気だと思ったのにぃ!」


 身体に力が入らず、ふにゃふにゃにへたり込んだままのオリビア首根っこを、マヤリスががっしりと掴みながらずるずると引きずって歩いていく。


「ねぇ! アッ君も、アッ君も酷いと思うでしょっ!?」


 その後ろをどうしたものかという表情で追いかけるアッシュに、引きずられたままの状態で、オリビアが訴える。


「……万が一お前が触れたことであの勇者の聖剣が粉々に砕け散ったらどうするつもりだったんだ?」


捨てられた子犬のような潤んだ瞳で見つめてくるオリビアには目を合わせず、アッシュは淡々と答えた。l


「壊れないもん! 伝説の剣なら絶対平気だもん!」

「そのノリで実家の宝剣ぶっ潰して今に至るって自分で言ってたのに何一つ学習してねぇじゃねぇか! マヤリスがすんでの所で止めてくれて助かったわ!」

「ううぅうぅううぅ! アッ君までそんなこと言う……!」


 口ではそう言いつつも、万が一自分が勇者の剣さえ折ってしまっていれば、その弁償には一体いくらの大金を積めば良いかわからない程であることに思い至ったオリビアは、ほっぺたを膨らませ、むくれながら大人しく引きずられていた。

 なおドルカは、引きずられていくオリビアがちょっと楽しそうに見えたので真似をして大根達に引きずってもらおうとしたものの大根5体で人間一人を引きずって歩けるわけもなく、何を思ったか逆に大根達を自分の肩掛け鞄の上にぎゅうぎゅうに座らせて、自分が引きずる側になって実に楽しそうに歩いていた。

 大根も大根でドルカが数歩歩くごとにどれか一体は鞄から零れ落ちるのだが、その度嬉しそうに走って追いついては鞄に飛び乗り、さながらおしくらまんじゅうのように鞄の上という狭い空間を取り合ってわちゃわちゃと遊んでいた。


「さて、そろそろいいかしらねぇ……。ここから先はまた宝石獣達が出てきて危険なエリアに差し掛かるし」


 そう言ってマヤリスは、懐から小瓶を取り出して蓋を開け、オリビアの鼻元に持って行く。

 その瞬間、驚く程スッと立ち上がったオリビアは、あれだけ力が入らなかった身体が一瞬で元通りになったことに驚きながらも、両手を握ったり開いたり、ずっと引きずられていたお尻についた埃を払ったりしながら身体に異変がないかを確かめ始めた。


「ほんと、一歩間違えていたら今までの儲けが全部吹っ飛ぶところだったわぁ。オリビア、貴女壊す武器は自分で買ったものだけにするか、せめて自分の財布で何とかなる範囲の相手を選んでやって頂戴?」

「だからっ! わたしだって壊すつもりじゃないもん! ううぅううぅう……」


 せっかく身体が自由になって一番最初にすることが蹲って泣くことになってしまったオリビアをほったらかして、アッシュはマヤリスに尋ねた。


「で、これからどうする? ドルカの狙っていた宝の手がかりも皆無に近いし、宝石樹の果実もそこそこは集まったんだろ?」

「そうねぇ……。出来ることといえば、行きとは違うルートを通りながらその宝の在処を探ってみるっていう所かしら? 勇者さん達が言っていたでしょう? 初代勇者が攻略したであろう痕跡が残っていたって。宝の隠し場所があるとしたら、勇者さん達が通ったルートのどこかだと思うのよねぇ」


 そう言ったマヤリスが視線を送って見せた先には、壁一面に蔦が生い茂る通路であった。その壁の角を見ると、一カ所だけ不自然に蔦が打ち払われており、蔦が剥がされ露出した壁には、何か鋭い刃で抉られたかのような古い傷跡があった。


「これ、ひょっとしてさっきの部屋で倒れていた大樹に残されていた太刀筋と同じ……?」


 500年前、初代勇者が残していった痕跡の数々。彼は何の目的があってこのダンジョンに潜ったのであろうか。目の前に残る、その足取りの証拠を目の当たりにしながら、アッシュはついつい思いを馳せてしまうのであった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


次話の投稿は近日中の予定です。

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ぜひぜひよろしくお願いいたします。

twitter@MrDragon_Wow

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