第八十七話 味にうるさい勇者
※食料の計算がおかしかったので修正しました。
またまた遅ればせながら更新しました!
よろしくお願いします!
「ハズレはハズレだもん! 一番奥にならあると思ったのになかったから」
「あるだのないだの、君は一体何の話をしているんだ! こんなとっくの昔に活動停止したダンジョンの最奥に何を探しに来たっていうんだ?」
――早速鋭い質問を飛ばしきやがってこのポンコツ勇者め。
アッシュは内心で舌打ちをしながら、さて何と返事をしたものかと考えていると、それを察したマヤリスが助け舟を出す。
「このダンジョンがとっくの昔に停止しているのはわかっていたけれど、誰かが攻略したという情報も無かったでしょう? どの道質の高い果実を狙おうと思ったら奥へ奥へと進む他ないわけだし、それは貴方も一緒でしょう?」
「……いや、まあそれは確かにそうなんだが」
「おいアレク! また君は人様のパーティに迷惑をかけているのか!」
そう言いながら部屋に入ってきたのはメルルとヒイバの二人である。怒り心頭といった様子で駆けこんできた勇者アレクとは対照的に、二人の顔からは明らかな疲労が見て取れる。
「アレクー、予想外に消耗しちゃったから休憩を取ろうって言ったのはアレクじゃない! なんで先に走っていっちゃうかなぁ! 先に行くにしてもホールディングバッグは置いていってよね! 物資を持ってるのはアレクだけなんだから!」
「メルル、ヒイバ、すまなかった。ただこれは勇者である僕にとって由々しき問題で会って」
「由々しき問題なのはこっちも同じだと思うが。君が『初代の痕跡を見つけた! 一番奥にも何かあるに違いない!』と言って無理やりここまで引っ張ってきてくれたおかげで、君も僕もヒイバももうほとんど魔力がすっからかんじゃないか! ボス部屋の前に居たあの宝石獣達、同士討ちでボロボロの所に不意打ちで大技ぶっ放して何とかなったから良かったけど、もし相手が万全な状態だったら死んでたのはこっちだぞ!? それに帰りはどうするつもりなんだ!? ボス部屋に魔物の気配がなくてむしろ安全だからそこで買い込んだ食料を取ってゆっくり休もうって言ったのは一体誰だった? なあアレク、教えてくれたまえよ」
笑顔でこそあるがその裏に怒りを隠しきれていないメルルの様子に、ようやく我に返ったアレクが冷や汗を流し始める。
「メルル! それにヒイバも! 悪かった! 悪かったから! 食料だな、今出す! 今出すからちょっと待ってくれ!」
パーティメンバー二人に冷ややかな視線を送られつつ、アレクは慌てて懐からホールディングバッグを取り出し、ごそごそと中を漁り始めた。
「ほ、ほら、一昨日用意した干し肉! あれは結構質の良い物だったろう? あれを食べて一旦みんなで落ち着こうじゃないか、なっ!? ……あれ?」
そう言って取り出したアレクの手に握られていたのは、何やら見覚えのある小振りな瓶であった。
「アレク……何それ」
「いや、おかしいな干し肉を出したつもりが間違えて別の小瓶を取り出してしまったようだ。ちょっと待ってくれ、干し肉もちゃんとこの中に……」
再び取り出されたアレクの手には、何やら赤黒い不気味な色をした飲み物が入ったボトル。
「それ、昨日アレクが飲まされてた奴……」
「えっ……? ちょっと待て、ちょっと待ってくれ!」
何かに気付き、顔面を蒼白とさせたアレクが、ガサガサとホールディングバッグをひっくり返して中身を全て辺りにぶちまける。
「……なあアレク。これは一体どういうことだい?」
ひっくり返されたホールディングバッグから出てきたのは、無数の小瓶とボトル。それ以外のものは何一つ入っていなかった。
「これ……ダグラスが愛用してるプロテインとワセリンじゃねぇか」
足元に転がってきた小瓶とボトルを手に取ったアッシュがぼそっと呟くと、アレクは顔面を真っ青にしながらぶるぶると震え、頭を覆い出した。
「何故だっ! 昨日僕は一体何をしていたというのだ! そもそもあの筋肉ダルマにはプロテインを無理やり飲まされたあとすぐにホワイトリリーとかいうババァ共に捕まって、それで……。え……? 記憶が飛んでいる……?」
「よくわからないけど。……アレク、結局の所、私達の食糧を全部どっかにやっちゃって、代わりにその凄い色してるプロテインとワセリンしか持ってきてないってこと?」
ヒイバのその問いに、アレクはただただうなだれることしかできずにいる。
「……なあ、君達。うちのアレクが迷惑をかけた直後にこんなお願いをするのは非常に気が引けるんだが、食料やポーションの類に余裕があったら少し分けてはもらえないだろうか」
そう言ったメルルの表情は、余りにも悲壮であった。
「……こんなに分けてもらえるとは思わなかったし、有難いことに間違いはないんだが」
「あらぁ? 何かご不満なのかしら、勇者様?」
丁度自分達も一息つくところだったから、と物資を分けるついでに一緒に休憩を取ることにしたアッシュ達と勇者アレクサンダー一行であったが、勇者アレクの表情は強張ったままであった。
「何故、僕に回される食料はこれなんだ?」
そう愚痴を漏らしたアレクの手には、串に刺されてほくほくに焼きあげられた、立派に育ったマンドラ大根が握られていた。
「ごめんなさいねぇ、一人二食分、合計八食用意していたはずが、何故か一人分足りなかったのよねぇ」
そう言って、マヤリスは部屋の隅に背中を寄せ合ってあからさまに何かを隠してますと言わんばかりの二人に視線を送る。
「な、何でなのかなぁドルカちゃん! おかしいこともあるもんだよねぇっ!」
「そ、そそそそうだよねリビ姉! あっそうだ! アレクサンダー達が食べちゃったのかも!」
――こいつら二人、一食分ずつつまみ食いしやがったな。
あまりにもわかりやすすぎる二人の様子をしらーっとした目で見つめていたアッシュであったが、それはそれとして自分もお腹が減っているのは確かなので、呆然と二股に分かれたほくほくの大根を眺めているアレクから視線を逸らしつつ、自分のサンドイッチにかぶりつく。
一般的に、魔力は自然回復を待つ以外に回復する方法はないと言われている。よく市場に出回る魔力回復のポーション等の薬物は、厳密には使い減らした魔力の回復ではなく、体内に魔素を含んだ物質を取り込むことでその魔素を自分の魔力と同等に行使する、いわば自身の魔力の代替物として機能するに過ぎないものが大半である。ごく稀に市場に出回る、文字通り減らした魔力を元通りに全快まで回復させるポーションは、『魔力復活の』呼称を分けることで便宜上使い分けられてはいるものの、世界中から冒険者が集まるこのショイサナにおいてもそうそうお目にかかれる代物ではないのが実情であった。
その一方で、自然回復の速度を高める方法というものもまた広く知られている。いわゆる睡眠などの休憩はもちろん、修練を積んだ魔法使いであれば瞑想に耽ることで睡眠以上に効率良く魔力を回復させることが可能と言われているが、どういった方法を取るにせよほぼ必須とされているのが、エネルギーの補給。要するに十分な食事であった。
魔力とは生命力とは別に体内に宿る神秘的なエネルギーの総称であるが、結局の所その出処は生命力と同じく自身の体内であり、十分な食事は必要不可欠なのである。一流の魔法使いに近付けば近づく程、その在り方がいわゆる線の細い華奢なイメージから離れ、装備の重量の差こそあれど前衛で剣を振って戦う戦士達と同じペースで歩き続け、戦士達に引けを取らない量の食事をぺろりと平らげるようになっていく。当然前衛の戦士達も内功という形で魔力を消費するわけで、冒険者達にとって食事というのはそれだけ重要なものとなっている。
「だから流石に申し訳ないと思って、貴重な調味料を分けてるでしょう? 『魔力復活の岩塩』。最近は魔窟でもめっきりお目にかからないのよ?」
「僕は勇者なんだぞ! 何が悲しくて岩塩と大根を交互に齧って魔力を回復させなければいけないんだ!」
――『魔力回復の岩塩』。それは悪魔の発明であった。
岩のように固まった塩の中に、魔素を封入して固定化させる。固定化に成功した岩塩は、体内に取り込むだけで己の魔力に変換され、魔力切れぎりぎりのふらふらな状態からも万全のコンディションまで回復可能。塩というお手軽な原料であり、制作コストも安い、料理の味付けに使うだけで良いとあって、魔窟で発明された当初は魔窟だけでなくショイサナ中の冒険者の間にまで瞬く間に広まったのだが、それから程なくしてこの岩塩は市場から姿を消すことになる。
――そう。この塩だけで魔力を十分に回復させようと思ったら、1食で親指と人差し指でわっかを作ったらすっぽり収まる程のサイズの岩塩を喰らわなければならない程に吸収効率が悪かったのである。
いや、これでも普通のポーションに比べたら遥かに吸収効率は素晴らしいのだ。普通のポーションであれば大ジョッキ2杯分くらいの液体を一気に胃に流し込む必要がある所を、この岩塩であれば一口で放り込める量で回復が可能なのである。そして、液体故に劣化や入れ物の破損のリスクがあるポーションに対し、岩塩は保存が効く。
そういう意味でも非常に重宝される調味料ではあったのだが、この岩塩は非情なまでに冒険者達の数少ない娯楽である食の楽しみを奪い去ってしまった。
なにせ、魔力が回復すれば怪我が直せる。体力の回復も内功で可能となる。危険が付きまとうダンジョンの一角や夜の森で、無理に野営してまでその場に留まらなくとも岩塩を齧りながら歩けば完全に回復できてしまう。
そんな強行軍で無事に冒険から帰った後、お気に入りの宿で冷えたエールを煽りながらお気に入りの料理を食べる。その瞬間に、冒険者達は絶望するのだ。
――直に塩を齧っていたせいで舌が馬鹿になっていやがる。せっかくの料理が、美味しく感じられない……。
結果として、この岩塩は今でも細々と売られてはいるものの、一度でも塩を直に齧りながらの行軍を試みてしまった冒険者達にとってはある種のトラウマとなってしまい、手を出す者がいなくなってしまったのだ。
「でも、魔力を手っ取り早く回復させられる手段、これしか持ってなかったし……」
「じゃあ今さっきヒイバとメルルに渡していたのは何だったんだ! あれはどう見ても魔力復活のポーションだったじゃないか! 僕は!? 僕の分は無かったのか!」
そう抗議をするアレクに、冷ややかな声色でメルルとヒイバが言う。
「アレク、せっかくアッシュ達がご厚意でストックしていたアイテムや食料を分けてくれたんだ。感謝こそすれど文句を言うとは何事だ」
「そうだよアレク。そもそも悪いのは全部アレクだし」
「くそっくそっ! わかってるよ! だからこうして我慢して食べてるじゃないか! 畜生!」
悲痛な表情を浮かべて文句を垂れながらも、背に腹は代えられないと塩を齧っては大根にかぶりつく勇者の姿は、それはそれは情けなく、哀れであった。
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