第八十三話 アホな成金が豪邸の入り口に飾ってそうな趣味の悪いオブジェ
朝が寒すぎて早起きできない……
暖かくなるまでしばらく更新時間は不定でお願いします……
「……本当にあっさりここまでやって来れちまったな」
マヤリス特製の香水によって魔力の気配を絶ち、本来の計画通りに大根を囮に出来るようになってからのアッシュ達の進度は速かった。
ドルカが懐から種を取り出しては手のひらサイズのマンドラ大根まで成長させ、アッシュに手渡す。手渡された大根に宝石樹の香水を吹き付けてはドルカに向かってぽいっと放り投げると、ドルカはそれをユグドラスティックのフルスイングで虚空目がけてかっ飛ばす。
生まれたばかりの癖に妙に察しの良い大根達は、途中からアッシュが投げるというよりはアッシュの手のひらから自らの足? でドルカに向かってぴょこんと飛び出していき、フルスイングされたユグドラスティックをその足? でしっかりと捉え、己の意思で空の彼方へと飛んでいく。
実際彼らの回避スキル、逃走スキルはサイズの小ささも相まって中々のものらしく、数多の攻撃を掻い潜って宝石獣達の足の間をすり抜けて、同じように大量の魔物を引き連れて正面から逃げてきた別のマンドラ大根と示し合わせたかのように追いかけてきた魔物達を正面衝突させたり、一番強そうな個体の背中にちゃっかり飛び乗って同士討ちを狙ったりと想像以上の活躍を見せてくれた。
数え切れないほどの種が手元にあるとはいえ、マンドラ大根の種のストックも有限である。ただの野菜の癖して妙に愛嬌のある大根達を文字通り囮の捨て駒にするのもほんのちょっと心が痛むのは事実なわけで、空の彼方に大根達をかっ飛ばすのが楽しくなってきてしまったドルカに大根の大量生産体制をストップさせる方が苦労した位の状況であった。
そんなわけで当初の計画通り囮作戦によって宝石樹から宝石獣が引き離されている間に、マヤリスは悠々と木登りをして宝石樹一本一本を巡回。手ごろに実った果実をてきぱきと採取することに成功したというわけである。
「本音を言えばもう少し欲張っても良かったかなぁとは思うのだけれど。私達、宝石獣を間引いているわけでもないし、さっきの勇者ちゃん達の分も残しておいてあげないと可哀想だし、ねぇ?」
このショイサナ近辺でも指折りの危険な洞窟は、腕に覚えのある一流冒険者の身に許された、いわば一つの稼ぎスポットとして敢えて残されている状態である。それは、この洞窟が生態系として完結していて、宝石獣達が外に漏れ出るといった可能性がかなり低く、リスクに対するリターンがかなり多いと判断されたからである。この洞窟にふらふらと吸い寄せられていった魔物達は、宝石樹に寄生された『先客』の餌となるか、自分達も宝石樹に寄生されるか、そのいずれかの運命を辿ることとなる。宝石樹に寄生された魔物達は更なる魔力を求めて周囲を徘徊するようになるわけであるが、この洞窟は深層に近付くほどに魔力が濃くなり、蔓延る宝石獣も強く、実る宝石樹の果実も大粒になる構造となっており、自然と宝石樹に寄生された魔物達は奥へ奥へと誘導されていくことになる。
その、奥へ奥へと誘い込む香りを発している果実を根こそぎ採り尽くしてしまった場合、宝石獣達は何処を目指すようになるか。この洞窟へのアタックが許されるだけの冒険者というのは、それだけの経験も知識も、修羅場も経た上でその境地に辿り着いている。宝石樹の洞窟から宝石獣達が溢れ出てこないのは、そういった冒険者達の自然な配慮があってのことなのだ。
そもそも、この洞窟に潜って生還するどころか、果実を根こそぎ採り尽くせるだけの実力を兼ね備えたパーティなどショイサナの500年の歴史を辿っても数えるほどしか出てきていないという話でもあるのだが。
「そして、最奥に辿り着く頃には哀れな魔物達はすっかり宝石樹の苗床として完成。己の身体に、ゆっくりと宝石樹が根を張り枝葉を伸ばしていくのを待つだけになる、と」
深層になればなるほど宝石樹に寄生された魔物のサイズと強さが上がっていき、その果実を喰らった証である体表に浮かび上がる樹皮の鎧の面積や、身に纏った魔力の量も増えていく。奥に行くほど量と質が反比例して数が少なくなっていった宝石獣達であるが、最下層でアッシュ達を待ち受けていたのは、最早樹皮で形作った禍々しい人形とでも言うべきか。生きているのかどうかさえ定かではない『魔物だったもの』の成れの果てであった。
「……あそこまでいくともう後は宝石樹の養分となって死ぬだけ。だから侵入者が現れない限りは樹の根元でじっとしているのだと思うわぁ」
「……一応まだ、生きてはいるのだろうな。あれだけの個体になると最早、純粋な力で言えばドラゴンをも超える。一対一ならまだなんとかなるだろうが、ざっと見回しただけでも7体。戦っている真横から別の個体が襲い掛かってきたらと思うと、わたしでもおいそれと手を出そうとは思えないな」
そんなことをひそひそと囁き合いながら、アッシュ達は宝石獣に気配を悟られないよう、異様なサイズに成長した宝石樹の合間を縫って進んでいく。もし手ごろに熟した果実が成っていればその香りの強さは尋常ではなく、上層の小振りな果実を奪い合っていた無数の宝石獣達がこのフロアに流れ込んできてとんでもない争いになるはずである。即ち、今この場に生えている7本の宝石樹は果実を付けていないのだとアッシュは結論付ける。
「もしこれだけ立派に育った宝石樹の果実を採って帰れたなら、売り込む先は王家クラスねぇ。一生分どころか私達全員末代まで遊んで暮らせると思うわぁ。……生きて帰れればの話だけれど」
「わたしたちが通ってきたルート以外のエリアも含めたこのダンジョン全ての宝石獣達を相手にして生き残れればという話になるがな」
魔窟のベテラン二人をしてそう言わしめる程の洞窟を、自分のような冒険者登録して5日目の新人が、『このダンジョンの魔物が相手なら持っていても持っていなくても同じ』と武器さえ持たず、必要な荷物はホールディングバッグに詰め込んだだけのほぼ手ぶら状態で歩いている現実感の無さと、地面に無数に散らばるバラバラになった骨や樹皮状の何かをバキバキと踏み歩いていく生々しい感触に、アッシュはもしかして今目の前の光景は夢か何かなのではないかとさえ思えてきてしまう。
「ねーねーアッシュ君! あの樹でできた魔物の人形みたいなのかっこいー! あれ持って帰っておうちに飾ろうよ! ここでいっぱい木の実採って帰ったら大金持ちなんでしょ? でっかいお家買ってあれ入り口に飾ろう!」
「アホかお前は! ああ見えてあれは生きてるの! 俺達どころかオリビアやマヤリスでさえ手を出したらヤバいって思う程の魔物なの! 樹に寄生されて目や耳で獲物を探すことさえできなくなってるからこうして刺激しなければ素通りできるってだけ! お前なんかマヤリスの香水がなければ魔力を嗅ぎつけられて一瞬で喰われて終わりなの!」
「そうなの? ちぇー、あれお家にあったら絶対かっこいーと思ったのになー」
そもそもあんな禍々しい樹の化け物を家の入口に飾るとはどういう発想なのか。魔王でさえもう少しインテリアには気を遣うのではないだろうか。
ドルカへの突っ込みで思考が現実に戻ってきたアッシュに、マヤリスが言う。
「……そんな気はしていたけれど、やっぱりここが最下層のようね。見て? ここがダンジョンの最奥部。ダンジョンコアへと続く部屋への扉のはず。このダンジョンの最深部まで攻略したという報告はこの500年の歴史の中には残されていないのだけれど、このダンジョンはその当時から既に活動を停止していたことが確認されている。恐らくは宝石樹に蝕まれた宝石獣がダンジョンマスターもダンジョンのコアも破壊してしまったというオチなんでしょうけれど。それでもこの500年の間、ここまで辿り着いて自分の目で最深部まで確認した冒険者はいないはず。そう思うと、なんだかドキドキしちゃわない?」
いつもの悪戯っ子のような笑みではなく、純粋な知的好奇心から来る、大人びたミステリアスな微笑。その言葉の内容に加え、マヤリスはこんな顔も出来るんだなぁとついつい見惚れてしまったアッシュに、オリビアが言った。
「ねぇねぇっ! わたし頑張った!? 頑張ったよね!? この中にもしダンジョンのボスがいないなら安全なはずだから! そしたらわたしのこといっぱい褒めてくれるよねぇっ! ねっ! アッ君そうだよねぇっ!?」
「ねーねーアッシュ君! やっぱりあの人形持って帰ろ? あれだけいっぱいあったらきっと1個くらい触っても平気なのあるって! あれに一杯飾り付けてピカピカにしてでっかいおうちの入り口に置こうよー!」
「頑張ってたし助かったのは間違いないから! 今はちょっと黙ってこの目の前のロマンに浸らせてくれないかなぁ! 本当にどこまで残念なんだお前らはっ!」
文字通り前人未到の、500年手付かずだったダンジョンの最深部。その埃をかぶった重厚な扉を前にしても、アッシュ達は相変わらず騒がしく締まりのないやり取りを繰り返すのであった。
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次話の投稿は明後日午前中の予定です。
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