第八十一話 ドルカちゃんはいつだって想定外の規格外
あけましておめでとうございます。
昨日中に投稿するつもりでしたが、構想を練ったり年越しを満喫している間に年が明けていました。
ご了承ください。
「どういうことだよマヤリスッ!? 囮は!? 囮は大根共に任せて俺達は安全にやり過ごせるって話じゃなかったのかよぉっ!」
「アッシュちゃーん! ごめんなさいねー! でも丁度良いからもうちょっと耐えてー! 今のうちに採集終わらせちゃうからー!」
いよいよ宝石獣達が住まう、宝石獣の潜む領域に到達したアッシュ達一行。マヤリスが打ち立てた、宝石樹の放つ香りを凝縮した特製の香水を纏わせたマンドラ大根を次から次へと生み出していき、それらの大根を囮にして宝石獣達を惹き付けている間に果実の採集を行うという作戦は、驚くほどに失敗であった。
そもそも、宝石獣達の行動原理は至ってシンプルである。より魔素の濃い場所へと向かい、宝石樹が根を張るに相応しい場所で死ぬ。その過程で己の、そして己に宿った宝石樹の糧になる上質な魔力を纏った獲物を喰らうことで、更に己の力を増していく。また新しい宝石樹の果実を見つけた場合、自身に宿る宝石樹の力を更に強固にするために、その果実を他の宝石獣と同士討ちをしてでも奪い取る。
基本的な性質はこれだけである。実際には、宝石樹が既に枝葉を伸ばしている、宝石樹の勢力下にある場所ではそれ以上樹を増やす必要がないため同士討ちを誘発することもなく穏やかに普通の動物、魔物として暮らすといった生態もあるにはあるのだが、それは宝石樹が果実を失い、再び新しい果実を実らせるまでの僅かな期間である。そもそも無数の宝石樹が生い茂り常に果実を実らせている樹が存在するこの洞窟ではほぼ見られない行動であり、ショイサナでも、その隠れた生態を知る者はほぼいない。
「あってめぇ今笑ったな! マヤリスお前必死の俺達を見て笑いやがったなっ!? あぁっやべぇまた宝石獣達がもうすぐ後ろまで来てるっ! オリビア! オリビアもっと急いでくれぇっ!」
「任せてぇっ! アッ君にドルカちゃん! 口を閉じてっ! 舌噛んじゃっても知りゃにゃっ! ううううぅううぅ! 舌噛んりゃぁ……!」
「舌噛むなって注意しようとして舌を噛んでんじゃねぇよ! どこまで残念なんだお前はっ!?」
マヤリスが考案したこの作戦は、それらの宝石獣の生態を逆手に取り、『宝石樹の果実が放つ宝石獣達を惹き付ける香り』によってその行動をコントロールする、というものであったのだが、この作戦には予想もつかないような欠陥が存在していたのだ。
――それは。
「うひょー! 見てみてアッシュ君! あんなに色んな魔物さんが全員こっち見て追いかけて来てるー! 面白―い!」
「うるせぇっ! その宝石獣達全員『お前』を狙ってるんだよっ! 俺もお前もオリビアに抱えられてなかったら一瞬で食い散らかされて終わりなの! わかってんのかお前はっ!」
腰に差した世界樹の一枝。そしてその世界樹の魔力を浴びて無尽蔵の魔力をその身に宿すこととなったドルカの存在であった。
「いやぁ、まさか何十倍にも凝縮した宝石樹の香りよりドルカちゃんの魔力の方が引き付ける力が強いとは思いもよらなかったわぁ……。そういう意味では昨日あのタイミングでオリビアを仲間に引き入れられたのは最良。オリビアなら両脇にアッシュちゃんとドルカちゃんを抱えながらでも余裕で逃げ続けられるものねぇ。さっすがドルカちゃんの豪運、って所かしらねぇ……。それはそれとして、想像以上にあの子達が宝石獣を引き付けてくれているのは確か。私は私の役割をさっさと果たしてしまいましょっと」
よりによって後ろ向きの状態でオリビアに抱えられ、宝石獣達の獰猛な顔が目の前まで迫って来るのを否応なしに見せつけられる状態でわーわーぎゃーぎゃーと悲鳴を上げながら逃げまどう3人を対岸の火事でも眺めているかのような涼し気な表情でしげしげと眺めていたマヤリスは、そう独り言ちるや否や、ひょいひょいと軽やかな身のこなしで目の前にそびえ立つ宝石樹の幹を昇っていく。
宝石樹の幹は、無数の細い(と言っても人間の胴回り程の太さはある)幹が不気味に捻じり合わさり、うねるような形で天に伸びている。これは、苗床となる宝石獣が複数の果実を喰らい、その身に根を宿した結果であり、この1本に見える大木は、実は細い幹の数だけの苗が育った宝石樹の群生なのだ。
そのフォルムは皮が腐り落ちたゾンビの腕や頬に見受けられる剥き出しの筋繊維を、ひいては宝石樹がその大きさに成長するまでに啜ってきた血肉をも彷彿とさせ、冒険者達はその不気味さに身を震わせるのだが。
「よい、しょっと……。この樹、登りやすいのは良い所よねぇ。やっぱり四足獣でも這い上がって果実を採りやすいようにって進化してきたのかしらぁ」
マヤリスにとっては体の良い足掛かりであり、恐怖や生理的嫌悪といった感情は微塵も感じずにただただするすると樹を登っていく。むしろその顔には楽し気な微笑さえ浮かんでおり、傍から見るものがいたのであれば、それはまるでお転婆な貴族令嬢が幼い頃を思い出して木登りに興じているかのような、年頃の美少女があどけない幼子の一面を覗かせる美しい光景のようにさえ見える。……登っている木が不気味に捻じれている大木で、その根元に養分となった無数の魔物達の骸が堆く積み上がっていなければの話であるが。
「さて……。この樹に果実は、1、2、3……。うーんジュエルシードに加工できるレベルまで熟しているのは4つって所かしらねぇ。4つかぁ……。このサイズなら私が加工したあのにギルドに納品すれば1つ50万ペロ、オークションに1個ずつ流していけば1つ100万ペロくらいまでは狙えるかしらぁ? こんな浅いエリアにしては結構育ってたわねぇ。まあ、年々宝石獣達も強くなっててどんどん手が出せなくなっていってるっていうのはやっぱり本当みたいね。一応これで、このまま引き返してもアッシュちゃん達の借金を返してお釣りが来る位にはなったわけだけれど……。くすくす……。せっかくの楽しい楽しい冒険ですもの、アッシュちゃん達にはもうちょっと頑張ってもらおうかしらねぇ」
ダンジョンに生息する木々の多くは、自身の成長に必要な光や水を得る為に、大気中の魔素を吸収して自ら光を放ち、水を生み出すように進化したものが数多く存在する。宝石樹もその例外ではなく、豊かに生い茂った葉は淡い光を帯びており、ダンジョンとしての機能が失われ、光を生み出す機構が停止したこのだだっ広い洞穴を照らしているのは宝石樹を始めとした無数の草花や苔の類である。
そんな淡い光を帯びた枝葉の中に柔らかな微笑を携えて佇む美少女の姿は、その樹のフォルムがすこぶる不気味なものであるという事実を差し置いても、やはり様になっていたようで。
「おいマヤリスッ! 何お前のんびり佇んでやがるっ!? こっちは必死なんだぞ! なんでのんびり見てられるんだよぉ!? 採り終わったの!? 採り終わったならさっさと降りてきてどうすればいいか教えてくれよぉ! ひいぃ! 掠った! 今鼻の先をぶわって魔物の爪が掠ったってぇ! オリビア! オリビアお姉さまもっと早く走ってお願いします!」
「……くすくす。やっぱりアッシュちゃんって面白いわねぇ。流石にあのままじゃオリビアもアッシュちゃん達を気にして思うように戦えないでしょうし、魔力の気配を絶つ香水でもドルカちゃんに調合してあげようかしらぁ……」
いつも通りただ遊んでいるかのような無邪気さではしゃぐドルカに、アッシュに頼られた嬉しさでキリっとした表情を見せながらも口元が歪み「んふふふふ……!」と笑い声を漏らしながら時に走り、時に壁や宝石樹を蹴って空を舞いながら、両脇にアッシュとドルカを抱えた状態で宝石獣達の猛攻をひらひらと掻い潜り続けるオリビア。命の危機を察知して必死の形相でマヤリスに助けを求めているのはアッシュただ一人だけである。
「おいマヤリスゥ! えっなんでのんびりしてんの!? 何それ何の道具だよ!? えっ今から調合すんの!? 何を!? 何でっ!?」
そんな怨嗟の声を鼻歌交じりで聞き流し、アッシュにひとつひとつひらひらとわざと見せつけるようにしながら道具を広げ、鼻歌交じりで魔力の気配を遮断する香水の調合を始めるマヤリス。その顔にはいつにも増して柔らかな微笑が浮かび、美しい翡翠のような目は美しく細められ、アッシュが悲鳴を上げる度、その身体はぞくぞくと背徳的な喜びで震えるのであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
正月でバタバタする為、次話の投稿は明後日のつもりですが多少前後する可能性があります。
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