第七十八話 勇者の悲哀
「……すまない君達。どうやらアレクはあの後相当に恐ろしい目にあったらしくてね。ほぼ全裸の状態で魔窟の入り口付近で蹲って震えているのをギルド本部に保護して貰ってからずっとあんな調子なんだ」
宝石樹の洞窟前。いよいよ攻略を始めようというその瞬間に出くわした勇者とそのご一考は、今から高ランクダンジョンに潜るとは思えない程にパーティ内の雰囲気がぎすぎすしていた。というか勇者アレクが一方的に怒りをぶちまけるのをメルルとヒイバが延々聞き流す形で街からここまでやってきたようである。
「言うなっ! 僕がどれだけ必死で逃げ出して来たかわからないからそんなことが言えるんだ! いいか? 明らかにヤバい色のプロテインを無理やり飲まされた僕がむさ苦しいおっさんの腕で全身をまさぐられそうになっていた時助けてくれた女性冒険者。あいつらがとんだ曲者だったんだっ! おかしいと思ったんだ! あいつら次から次へと湧いてきてどんどん増えていきやがって! 装備は超一流、身のこなしもただ者じゃない雰囲気を纏ったあんなに若い女冒険者がゴロゴロいてたまるか! 挙句『横槍が入る前に今すぐ既成事実を作って逃げられなくした方が良い』とか言い出して……。ギルド内だぞ!? 真昼間のギルド内で奴ら僕をひん剥いておっぱじめようとしやがったっ! ……あの天使、いや天使のような女性が奴らの正体を教えてくれて、救ってくれなければ僕は今頃サキュバスに囚われた人間より酷い目に合っていたに違いない……」
「むしろその状況からよく無事に逃げ出してこれたなお前……。その天使? ……って誰のことなんだ?」
どうやら誰かに助けてもらって命からがら逃げだしてこれたらしい勇者アレクに、その助け舟を出したという『天使』が一体誰なのか気になったアッシュはアレクの気持ちを逸らす目的も兼ねて尋ねてみる。
「よくぞ聞いてくれた! 実は僕も名前がわからず仕舞いなんだ……。なにせギルド中の冒険者を巻き込んだ騒ぎの最中だったからな。制服を着ていたからギルドの受付嬢だってことは間違いないんだが……」
「一体あの後何があったんだよ……。ギルド嬢か、俺が知っているのはエリスとドリーっていう二人だけど、その『天使』様はどんな女の人だった?」
方やぴっちりと制服を身に纏った、みるからにバリバリの敏腕受付嬢と言った風貌のエリスに方や気だるげで見るからにやる気のない、制服さえ意図的にルーズに着こなしている癖に仕事だけは妙にテキパキこなすドリー。他にも何人か受付嬢がいるのは見ているが、他はどうやら魔窟耐性が整っていない普通の女性ばかりのようで、大体魔窟の住人と直接やりとりをするのはエリスかドリーのどちらかで他は裏方というのが魔窟ギルドの方式のようであった。
「そうだな……。めんどくさそうに間延びした声と、それとは裏腹に素早く僕の手を引いてギルドの外まで連れ出してくれる優しさのギャップが素晴らしい女性だった。……あとめっちゃおっぱいが大きかった」
「何故そこで僕とヒイバの胸元を見て悲しい表情を浮かべるのかなぁ、アレク」
「アレク、ほんと最低」
息を吐くように仲間二人の神経を逆なでしていく勇者アレクを穢らわしいものを見る目で睨むヒイバとメルルに目もくれず、アレクはアッシュに縋りついた。
「なあ、君はあの天使が誰なのか検討が付くのか!? 僕は感謝の気持ちと溢れんばかりのこの想いをあの素晴らしい女性に伝えたくてしょうがないんだ! 頼む! 名前だけでも教えてくれ!」
「……他に似たような受付嬢がいない保証はないけど、俺の知ってる人で合ってるならそれはドリーって受付嬢だと思う」
「あのギルドの裏方はほとんど表に出てこないからな。恐らくその受付嬢はドリーで間違いないだろう」
オリビアのお墨付きが貰えたことでその受付嬢がドリーだと判明したアレクは、先ほどまでの怒りはどこへやら、しまりの無い笑顔でるんたるんたとスキップをしながらドリーへの感謝の言葉やらドリーへの思いの丈やらを天に向かって叫び始める。
「……うるさくてごめんね? アレク、いつも変だけど昨日帰ってきてからいつも以上におかしいの」
「……十中八九ダグラスに飲まされたプロテインのせいね。あれ、気分を高揚させて気持ちよくトレーニングが出来るように理性のタガが外れる成分が含まれているみたいだから。……ホワイトリリーの連中、ダグラスがあのプロテインを飲ませた所を見計らっていたんでしょうね。恐ろしい話だわぁ」
そんなことを言いながらも暴走するアレクを恍惚とした表情で眺めて笑っているマヤリスに軽く引きながら、アッシュは言った。
「……そんなことより、だ。どうやら勇者様ご一行もここの攻略が目的みたいだけど……?」
「うひょー! ヒイバちゃんにメルルちゃんと一緒に冒険!? やったー!」
1人勝手に早合点して魔窟産のプロテインでテンションがおかしくなっているアレクの真似をしてアレクの後ろについてぴょんぴょんスキップし始めたドルカに、マヤリスが冷静に言葉を返す。
「いや、こういう時はよほど普段から仲良くやっているパーティ同士でもない限り、別行動が原則だ。戦士たるもの、自分の背中を預けて良いのは自分の目で見定めた相手だけだ。……仮にそれが当代の勇者であってもな」
「僕もその意見に賛成だ。昨日は『いつか道が交差する』だなんて言いはしたが、だからといって必ず行動を共にする必要なんてどこにもない。……それに、どっちみちアレクがあの調子のままこのレベルのダンジョンに潜ろうという程僕たちも馬鹿じゃあない。……ここに辿り着くまでに平静を取り戻すのを期待していたんだがね。そうか、魔窟産のプロテインのせいだったのか……」
「あぁっドリー! ドリーかぁ! なんと素晴らしい名前なんだ! ドリー! 君は僕を救ってくれた天使! 救いの女神! 僕を救ってくれたドリーの為にも僕はこのダンジョンを見事攻略し、ジュエルシードを彼女に捧げよう! 特大のジュエルシードがあしらわれた指輪を贈られて断る女性はいない! いける! これはいけるぞぉ!」
明らかに常軌を逸した様子の勇者を、哀れなものを見る目でヒイバが呟く。
「アレク、人に優しくされ慣れてないからああやってちょっと優しくされただけですぐ相手の女の人のこと好きになっちゃうんだよね」
「……勇者というだけで無条件に期待され、頼られる。英雄の末裔である僕たちでさえ周囲の扱いに辟易しながら暮らしてたっていうのに。伝説の勇者の末裔だなんてその背にのしかかる重圧は僕らの比じゃないだろう。……その名誉や期待に見合うだけの暮らしをしていたかと思いきや実際はその真逆だったと知った時は驚いたよ。先々代の勇者、アレクの祖父がギャンブルに入れ込んで身を崩し、初代が建てたという屋敷は借金のカタにされて押収。初代勇者が開拓したというはずのショイサナにとても居られる状況じゃあなくなって逃げるように街を出て清貧生活を始め、抜け殻のようになってしまった先々代を尻目に幼い頃から必死で稼いでなんとか暮らしに困らない程度にまで借金を返し終えたのが今僕の前でスキップしているアホの父親、要するに先代勇者様ってわけさ。何も知らない周囲からは望んでもいないのに勇者勇者ともてはやされて壁を感じ、家に帰っても両親はあくせく働いていて滅多に家に帰らない。……そりゃあ、本人がどんなにアレな奴でも優しくしてあげたくなるってものだろう?」
ショイサナに長年潜み陰から街を牛耳ろうとしていた四天王ディアボロス。その恐るべき魔の手は、先々代の勇者にも及んでおり、しっかりとその力を削ぐことに成功していたらしい。その恐ろしさを再認識したアッシュは、目の前にぽっかりと穴をあけているこのダンジョンを何とか無事に攻略し、借金を返し切ることを固く胸に誓うのであった。
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次話の投稿は明後日8時の予定です。
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