第七十七話 勇者と英雄
更新する日は毎朝5時から起きてその日の投稿分を書いてるのですが、最近区切りの良い所まで書こうと思うと気が付けばあれこれ描写を追加してどんどん膨らんでいき、結果として時間が守れなくなりつつある……
大変申し訳ないのですがご理解いただけますと幸いです……!
「じゃあ、アレクもいなくなっちゃったし、私達はこれで失礼します」
「うちのアレクが迷惑をかけてすまなかったね」
あれよあれよと『剥き出しの筋肉愛好家』のダグラスに連れて行かれ、ギルド内のバーのカウンターの一角、よりによって一番端っこの壁際に座らされ、その退路を塞ぐようにダグラスがその隣に座った状態で肩まで組まれて縮こまっている勇者アレクサンダーを、まるでこの場からいなくなったかのような扱いで撤収しようとするメルルにヒイバ。
「……おい、良いのかよ?」
「いいのいいの。そもそも今日だって僕らは無理やり連れてこられたんだ。アレクだってわかってくれるさ」
そう言って肩を竦めるメルル。
「……そのアレクさん、勧められるがままにプロテインを一気飲みさせられてるんだけど」
「たまには良いんじゃないかなぁ。アレク、好き嫌い多くて野菜全然食べないんだもん」
メルルに続き、おっとりとした外見からは想像が付かないドライさを見せるヒイバ。
「……上半身ひん剥かれてワセリン塗ったくられそうになってるんだけど」
「うひょー! 勇者さんの躱し方気持ちわるーい! 筋肉のおじさんの両手をヌルって躱してる! 何あれー! うひょー!」
両手にいっぱいワセリンを掬い取り、ヌラッヌラのテラッテラになったダグラスの両手を身を捩って必死で躱し続ける勇者アレクに、ドルカのテンションは最高潮であった。
「うわぁ……。あのアレクが防戦一方だなんて……。巻き込まれなくて本当に良かった……」
「おじ様すごーい! メルルちゃん見た!? 見たあの動き! 両手を動かす度に背筋が脈打ってる!」
この惨状が本来、魔窟に迷い込んでしまった冒険者達の辿る道なのだろうか。そしてそれを助けようともしないこの二人の選択は、二次被害を防ぐ為と考えれば最良の決断なのではないだろうか。そんなことを考えるアッシュに対してメルルが言った。
「……心配してくれるのはありがたいがね、大丈夫だよアッシュ=マノール。あんなポンコツでも、彼は勇者だ。あの程度の困難、自力で乗り越えてもらわなければ困るんだよ」
「なんだかんだでアレク、戦いの場では頼りになるもんね」
そう言った二人の目に、今までのひたすらに罵倒し蔑んでいた冷たい視線とは違う、明らかな信頼と畏敬の念が浮かぶのを、アッシュは見た。
「……本当に、口さえ開かなければ彼は一流の勇者なんだよ。じゃなけりゃあいくら英雄の末裔とはいえ、僕たちだって請われるがままに付いて行ったりはしないさ」
「一応勇者が助けを求めてきたら応えてあげてね! って代々伝わってはいるんだけど強制ではないしね。一緒に旅をしても良いかなってギリギリ思える位には良い人だよ、アレク」
「……なんだ、あいつも仲間との絆、持ってるんじゃないか」
当の勇者アレクはというと、いよいよダグラスに全身をまさぐられてワセリンまみれにさせられるその寸前の所で、そのベストなタイミングを狙いすまして『たまたま通りかかった』美しい女性冒険者二人に助けられ辛くもダグラスに塞がれていたバーの角席から脱出した所であった。
「……ほら。そちらの伝説の遊び人の末裔『ドルカ=ルドルカ』程ではないかも知れないけれど、うちのアレクもそれなりに運命の女神に愛されてるのさ」
「……あれ、ホワイトリリーって言ってああやって狙いを付けた若い男性冒険者のピンチに颯爽と駆け付けてそのまま手籠めにしようとするヤバい冒険者クランの連中だぞ?」
「見た目は私達と同い年かそれより下に見えるけれど、実際少なくともその10倍は生きているメンバーがいるのがざらって言われているわねぇ」
ぼそっと呟いたアッシュとマヤリスの指摘に、ちょっと気取った口調で勇者について謳ってのけたメルルの表情が固まった。
「……。アレク、前『勇者として名を挙げて自分のことを大好きな女の子達に囲まれて暮らしたい』みたいなこと言ってたから……」
「……そっそれもそうだ! 魔窟の一流冒険者なら血統としても申し分ないだろう。やったじゃないかアレク、勇者として精々多くの子孫を残してくれ給え」
「本当にほっといていいのか……?」
目の前で繰り広げられる恐ろしい魔窟の洗礼に対し、一歩間違えれば自分もああなっていたのではないかと思うと何かしてやれることはないかと思ってしまうアッシュだったが、とはいえダグラスにせよホワイトリリーにせよ、自身の力で何とか出来る相手ではないことは熟知している。
どうしたものかとマヤリスとオリビアの方に目をやったものの、マヤリスはどんどん深みにハマり込んでいく勇者の姿を見て身体をぞくぞくと震わせて笑っているし、オリビアは長い話に飽きてきたドルカと大根のアスレチックとなって全身に纏わりつく大根&ドルカに恍惚の笑みを浮かべている。
――諦めよう。
アッシュは強く決意した。
「すまないね、わざわざ魔窟の外まで見送ってもらって」
「いや、救えなかった一人を見捨ててきた分残る二人位は……って思って」
「時間も丁度お昼時、わたしたちもご飯を食べに行きたい所だったしねっ! 」
結局そのまま勇者アレクを残し、魔窟の外までメルルとヒイバを見送りがてら自分達もショイサナの市場に昼ご飯を調達しに行こうと歩き出したアッシュ達一行。
見捨てていった勇者アレクに対し、後ろめたさを感じるアッシュではあったが、当の勇者様は、ホワイトリリーの見た目だけは極上の美女たちに囲まれちやほやされて、鼻の下をこれでもかと伸ばしながらだらしない顔をして笑っており、「助けてくれ」という怨嗟の声を残すことはなかった。というかむしろ仲間の女性二人がいると邪魔だと言わんばかりの表情でこちらを一瞥し、シッシッと追い払うような身振りまでしてしまったことでメルルとヒイバ、オリビアが大激怒。マヤリスは最後に残された救いの道を自ら断った勇者アレクの姿を見て喜びのあまり両手で自分の身体を抱きしめながらくねくねと身を捩らせる始末であった。なお、ドルカは何を勘違いしたのか笑顔で「ばいばーい!」と手を振り返していた。
「じゃあ、私達はこれで失礼するわぁ」
「ヒイバちゃんにメルルちゃん! またねー!」
「待って」
そう言って別の道に歩き出そうとしたアッシュ達を、ヒイバが呼び止める。
「なになにヒイバちゃん!」
「……俺達にまだ何か用か?」
「『君たちに』というよりは、アッシュさん以外に、なのかな」
何故か自分だけのけ者にされたことでなんとなくムッとしてしまったアッシュであったが、そう言った直後、ヒイバの身に纏った装束が風もないのにゆらゆらとはためき始め、全身が淡い光を帯び始めたことでそんな感情は消え失せた。
「『オリビア=バルバロード』『ドルカ=ルドルカ』。500年前に勇者に付き従い、共に戦った英雄の名を継ぐ末裔。そして『マヤリス=カブトリト』。貴女からも確かに英雄の血の気配を感じる」
「おい、急にどうしたんだよ?」
「すまない、ちょっと黙って見ていてやってくれ」
その、神聖ながらも明らかに異質な空気を纏い始めたヒイバに思わず声をかけようとしたアッシュを、メルルが止める。
「……500年前。『私達』が封じた魔王の力が、暗い迷宮の底から漏れ出しているのを感じます。……『私達』は急がなければならない。英雄の末裔である貴女達は、きっとその運命の歯車の中にいる。同じ道を歩まずとも、きっとどこかで勇者アレクと貴女達が歩む道は交差する。……だから、油断しないで」
そう言うや否や、ふっと光が消え元の状態に戻ったヒイバの身体を、慌てて支えようとするメルル。
「ふふ……。メルルちゃん、もう大丈夫だって。私だって少しずつ慣れて来てるんだから」
「……そう言ってたたらを踏んだ拍子に石に躓いてすっころんだのはどこの誰だったかな」
「あっもうやめてよー! 私達だけならまだしも人の前でその話はやめてー!」
あっけに取られたままのアッシュ達をほったらかしにしてやり取りしている二人に、目をきらきらと輝かせたドルカが騒ぎ立てる。
「うひょー! ヒイバちゃんかっこいー! ねーねー今のどうやったの! どうやったのー!」
「きゃー! かわいいっ! 何今の!? ヒイバちゃんがきらきらきらって! 神々しいオーラが立ち込めて! いいなぁわたしもあんな素敵な女の子オーラ出してみたいなぁ」
おいちょっと待てドルカだけじゃなくて何故オリビアまでそっち側に回っていやがる。ことあるごとに目を輝かせては飛びついていくドルカに加え、どうやらかわいいものに目がないらしいオリビアまでもがきゃいきゃいとはしゃぎ、そのテンションの高まりを敏感に察知した大根達が手を取り合ってぴょんぴょん跳ねている二人の周りで一緒になって飛び跳ねながら踊り始める混沌とした光景に、ハッと我に返ったメルルとヒイバが居住まいを正す。
「あっ! ごめんね、説明もせずにほったらかしにしちゃって。今のは、巫女の『先祖卸し』っていう魔法? 儀式? えっと、なんかそういう感じの奴で……」
「……要するに、君達にヒイバの『ご先祖様』が直々にお言葉を授けてくれたのさ。500年前、勇者と共に戦った伝説の巫女様がね……。言われた言葉、よく覚えておくと良いよ。どうやら一緒に旅を共にする仲間にはならなさそうだけど、僕たちはきっとまたどこかで出くわすことになる。……それも、魔王の手先と相まみえるその時に」
ヒイバのふわっとした説明を引き継いで、口調や雰囲気と相まってびしっと決めてのけたメルルであったが、その後ろでヒイバが「そうっ! それっ! さっすがメルルちゃん!」と目を輝かせて喜んでいるわ、相変わらずドルカとオリビアはヒイバの『先祖卸し』の神々しさにテンションが上がりっぱなしだわで空気は完全に緩み切っていた。
「まあ、そういうわけだからな! 僕は注意したからな! またどこかで会おう! その時はよろしく頼むよ!」
あまりの締まらなさに逆にちょっと恥ずかしくなってしまったメルルは顔を赤らめながら、ヒイバの手を引いてずんずんと去っていく。
「……魔王に勇者、そして英雄の末裔か。……なんだか俺だけ場違いだったな」
そんなことをつい漏らしてしまったアッシュに、マヤリスが優しく微笑む。
「何言ってるのアッシュちゃん? 私もオリビアも、それにドルカちゃんも。アッシュちゃんがいたからこうして仲間としてまとまっているのよ?」
「そうだぞアッ君。わ、わたしはそもそもアッ君のお嫁さんにしてもらう覚悟で仲間に入れてくれと願ったんだからなっ!?」
ふっと漏らした本音に対し、立て続けにかけられる嘘偽りのない優しい言葉。柄にもなく顔を赤らめ、表情を崩してしまったアッシュに、そんなことはお構いなしにドルカが飛びつく。
「えへへへー! メルルちゃんとヒイバちゃんには勇者さんがいたけど! こっちにはアッシュ君がいるもんね! 明日の冒険も頑張ろうねアッシュ君! うひょー!」
「……うん。ありがとな、ドルカ。……それに、マヤリスとオリビアも」
背中に飛びついてきたドルカを引っぺがすふりをして、照れくさそうな表情を浮かべて二人から顔を背けたアッシュに、マヤリスとオリビアは優しい笑みを浮かべる。
「……そうね、今日はもう美味しいご飯を食べて、ゆっくり身体を休めて明日に備えましょうか」
「そうだな。休養は戦士にとって欠かすことのできない大事なものだ。明日のダンジョンアタックに向けて皆で英気を養おう」
そう笑い合って、アッシュ達もまた人気の少ない魔窟の入り口から、騒がしいショイサナの市場へと姿を消していった。
――そして、その翌日。
「『道は交差する』……。確かにそう言ってたけどさ」
「おいお前らっ! お前らも知ってたのか! あいつらが本当はとんでもないババァ達だってわかってこの勇者である僕を放って行ったのかっ!?」
――翌日の昼、宝石樹の洞窟の前。
準備万端でいよいよ洞窟に潜ろうかというアッシュ達は、早速勇者様御一行と顔を合わせることになるのであった。
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次話の投稿は明後日8時過ぎの予定です。
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